医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評特集


中耳・側頭骨解剖アトラス

須納瀬 弘,小林 俊光 著

《評 者》小松崎 篤(東医歯大名誉教授)

鮮明な写真と懇切な記載で複雑な構造を立体的に把握

 この度,須納瀬弘,小林俊光両博士の『中耳・側頭骨解剖アトラス』が上梓され熟読する機会に恵まれたので,本書の推薦と共に感想を述べてみたいと思う。

 従来,われわれ耳鼻咽喉科医が対象としていた疾患の中でも,中耳・側頭骨を中心とした疾患は,頻度から言っても慢性中耳炎の手術が大きな地位を占めていた。しかし,近年の趨勢として中耳のみならず,内耳,内耳道,さらには頭蓋底へと手術対象が拡大されつつあるのが現状である。このような趨勢の中にあって,邦文で書かれたこの分野の解剖アトラスは,残念ながら欧米諸国に比してきわめて少ないと言わざるをえない。

 実地臨床に即したよい解剖アトラスを作成するには,まずその部の解剖学的な背景を熟知していることが条件ではあるが,それだけでは十分でない。同時に図,写真が鮮明であり,また的確さが要請され,これは手術経験に裏打ちされているものでもある。このような観点から,今回上梓された『中耳・側頭骨解剖アトラス』は,上記の要求を十分満足させるものである。

 須納瀬,小林両博士ともこの分野の世界的な権威であるイタリアのM. Sanna教授と面識が深く,特に須納瀬博士はSanna博士の下に留学する機会があり,彼の持っている卓越した手術を年余にわたりじかに見ることができたことは,本書を作成するうえで大きな参考となったものと思われる。本書が上梓される前に須納瀬博士はSanna教授と彼のグループと共に,『Middle Ear and Mastoid Microsurgery』(Thieme)を出版している。450頁の大書であるが,その多くの部分は須納瀬博士の手になっていることをSanna教授から直接聞いており,その点でも彼の見識がわかると言ってよい。

 卓越した耳科領域の外科医であるSanna博士は,同時に手術指導にも熱心で,中耳のdissection courseをたびたび開催して後進の指導に当たっている。本書の彼の序文にも書かれているごとく,側頭骨は人体の中でも最も複雑な部分でもあり,それだけにこの分野の疾患に対して手術を行うためには3次元的な知識が要求される。私自身,彼の著書をご本人から何冊かいただいているが,どの著書の中にもとおり一遍の記載ではなく,術者の立場にたっての懇切な内容の記載があり,常々感銘を受けているところでもある。このような彼の基本的なスタンスの流れのうえに立ち本書は記載されているため,複雑な構造から成り立っている中耳・側頭骨の手術を行う耳科医にとって参考になること大であると信じ,ここに推薦する次第である。

A4・頁104 定価10,500円(税5%込)医学書院


呼吸器疾患研究の展望
基礎から臨床まで

相澤 久道,一ノ瀬 正和 編

《評 者》黒澤 一(東北大保健管理センター/東北大病院内部障害リハビリテーション科)

基礎知識から研究ノウハウまでさまざまなニーズに応える

 テクノロジーの進化によって研究手法は多様化しており,経験したことがなければなかなか理解しにくい状況になっている。学会で見聞きして名前は知っていても,実際にどのようなことをやるのかは知らないでいることが多いのではないだろうか。

 2004年の臨床呼吸機能講習会は福岡で行われ,C2コース(呼吸器研究者育成コース)が初めて設置された。編者の相澤久道先生はそのときの会長で,C2コースのコンセプトを提示した「生みの親」でもある。同じく編者の一ノ瀬正和先生はC2コースの初代主任として,コースの内容を作ることに尽力されたと聞いている。

 今回,発刊されたこの本は,講習内容をさらにUp-dateし,一冊にまとめたものである。初めてこの本の内容に触れる人ばかりでなく,実際のコースの受講生にとっても,執筆された各先生方のご講演がこのように本の形としてまとまったことで,プラスの意味が大きいのではないだろうか。

 実は,この本を読んでいるうちに,留学時代を思い出してしまった。自分が関与した実験内容の記事を読むのは懐かしくもあったが,それにも増して,研究所の中のいろいろな研究者のいろいろな実験風景をのぞく楽しみそのままの気分を味わうかのような感覚であったのだ。北海道大学の別役智子先生のレーザーキャプチャーマイクロダイセクションは何回も名前をお聞きしていたものであったが,実際に本でその内容とこれからの発展性を知ることができた。機器の種類も複数機種あると初めて知った。顕微鏡をのぞくご自分の「目」の負担が大変だと別役先生ご自身が話されていたように記憶しているが,さすがにそのご苦労をなさったことまでは本には書かれていなかった。関東中央病院の岡輝明先生が書かれた「組織学的観察の基礎と特殊染色」は非常に参考になる項であった。肺の組織固定や染色は難しいことは十分に承知していたが,大学院生や留学生時代に組織で苦労した際にこの本があれば随分違っただろうなと感じた。慶應義塾大学の浅野浩一郎先生の「呼吸器疾患の遺伝子解析」も非常に勉強になった。分子生物学的手法は小生にとってはあまり経験がないので,普段論文で見かける内容がわかりやすくなって嬉しい。冒頭に述べた学会での「虎の巻」としても役に立つ。筆者は,ELISAというものが抗体を使ったアッセーであることは知っていた。しかし,白状しておくと,山下哲次先生の執筆部分を読むまでは抗体がウエルの底にもついているという初歩的なことも知らなかった。

 一読してみて,本書は,呼吸器疾患の病態解明と新治療法開発に必要な基礎知識と,研究手技のノウハウを網羅した本ということができる。研究の方向性を見出すために,また研究途次に読む論文の数々で使われている研究手法の基礎知識を知るために,臨床での疑問を解決する方法を考えて実際に研究を計画するために,今行っている研究をさらにステップアップするために,などさまざまなニーズに応えてくれるものと思う。

B5・頁232 定価4,935円(税5%込)医学書院


慢性うつ病の精神療法
CBASPの理論と技法

古川 壽亮,大野 裕,岡本 泰昌,鈴木 伸一 監訳

《評 者》井上 和臣(鳴門教育大教授・精神医学)

慢性うつ病への新しいアプローチ

 『慢性うつ病の精神療法CBASPの理論と技法』はCognitive Behavioral Analysis System of Psychotherapyという,慢性うつ病のために開発された新しい治療法を紹介した訳書である。邦訳では「認知行動分析システム精神療法」となるが,古川壽亮教授の監訳者序にCBASP(シーバスプ)とあるので,ここでもそう表現したい。

 昨年あるシンポジウムの準備中にnefazodoneとCBASPの併用に関する論文に出会ったものの,CBASPがわからずに困惑し,出版されたばかりの本書を手にとった。

 第3部「CBASPの歴史など」から読む。CBASPは1994年秋まではバージニア州立大学で原著者James P.McCullough教授と数人の同僚たちだけの精神療法にとどまっていたが,慢性うつ病を対象とする大規模臨床試験の際に,Beckらの認知療法とKlermanらの対人関係療法を凌いで選択されたという。その経緯は第10章「米国におけるCBASPの登場」に詳しい。

 次は第12章である。認知療法と対人関係療法との比較精神療法論が,病因学/精神病理学と治療目標,さらに治療者の役割,転移の使用,変化を促す動機付け要因の使用,知覚の焦点と行動変容技法から詳述される。結論として,「CBASPの独自性は,慢性うつ病の成人が持つ特有の病理と切り離して理解することはできない(傍点:評者)」となる。

 第1部「CBASPと慢性うつ病患者の精神病理」に戻る。慢性うつ病に特有の病理とは認知・情動成熟過程の停止である,とされる。患者は,正常な小児が発達途上で示す,Piagetの前操作的思考の段階に留まっている。前因果論的に考え,周囲の論理的思考から影響を受けず,自己中心的で,共感が欠如し,情動制御が不可能で,自分の行動と外界への影響の関連を認識できない。早発性の慢性うつ病では成熟過程での虐待が病因論的に関与している。そして,患者は自らのうつ病に対し責任がある,という。

 CBASPの概要を読み終え,第2部「CBASPの方法と手順」に進む。前操作的思考を形式操作的思考へと修正し,「こうすれば,ああなる」という思考法に習熟するため,状況分析がなされる。何ごとにも始まりと終わりがある。4コマ漫画を描くように,患者の対人関係場面は切り取られ,登場人物の台詞が書き込まれる。次に,患者の解釈(認知)と行動が確認される。患者の行動がもたらした現実の結果を,患者が期待した結果と比較する作業がこの後に続く。そして,第7章「状況分析の修正段階」となる。

 予定の紙数が尽きそうである。紹介の筆の届かなかった部分を含め,第3世代の認知行動療法CBASPのAからZまでを自家薬籠中の物としたい臨床家に,多くの訳者が関わりながら,大変読みやすい文章になっている本書をぜひ薦めたい。

A5・頁360 定価5,775円(税5%込)医学書院


観察による歩行分析

月城 慶一,山本 澄子,江原 義弘,盆子原 秀三 訳

《評 者》磯邉 崇(昭和大病院リハビリテーションセンター・理学療法士)

歩行分析における観察と記録方法を確立する

 観察による歩行分析グループ(Observational Gait Instructor Group)の代表者であるKirsten Gotz-Neumannの『観察による歩行分析』の日本語訳が医学書院から出版された。観察による歩行分析とは「歩行の正常な機能を知り,患者の状態を検査し,確認した機能の逸脱に対し個々の治療プランを立案すること」である。そのためには,「健常歩行のメカニズム(運動学・運動力学)と病理に起因する起こりうる変化に関する正確な知識」と「国際的に活用されている用語の理解」に基づいた「スタンダード化された特別な観察能力の教育とトレーニング」が必要となる。

 臨床における歩行分析は,目による観察とその記録とで行われているが,標準化された方法は確立されていないのが現状である。どのように見るのか? どのように記録するのか?

 本書の中では,歩行分析シートに基づいた観察と記録を臨床の中で繰り返すことを勧めている。このシートは,歩行を2つの時期,3つの機能的役割,8つの相に細分化している。J. Perry博士の「ランチョ・ロス・アミーゴ歩行分析法」に基づく用語を用いて,各相における各関節の角度と動きを観察し,記録していく。観察結果に基づき,(1)問題の明確化と主たる問題点ならびに主たる逸脱運動の特定,(2)可能性のある主たる原因の特定,(3)治療と治療による成果をチェックし,問題解決のプロセスを進めていくのである。

 臨床においての観察は,見るだけにとどまらない。見て解り,記憶にとどめ,表現する(観る・見る・視る⇒解釈⇒記憶⇒表現)ことである。漠然と眺めていてもわかるようにはならない。よくみるためには,解釈の視点を明確にする必要がある。解釈の視点を明確にするためには,記録方法を確立する必要がある。そして,どう表現するのかである。Kirsten Gotz-Neumannのセミナーに参加すると,女史が歩容の特徴を非常に巧みに真似されていることに驚く。デジタルカメラやビデオに頼るのではなく,そこだけ,その時だけ,そのものだけが持つ情報を体感することにより,否応なしに対象に対して,集中せざるを得ない。そうすることには「感情移入の能力,鋭い感受性,客観的に医学と生体力学の絶対的な基礎を理解できる創造力」が要求される。そのような歩行分析は「先入観や固定観念,偏った治療技術に制約されることはない」。

 今後は「データに基づいて信頼できる判断と個々のケースに即した効果的な治療戦略を立てること」,「オープンで事実に即していて,具体的な客観的事実に基づいた判断と実証ずみの治療法を駆使できる理学療法士だけが,患者の望みをかなえることができる」。歩行分析は,理学療法士にとってさまざまなことを要求するのである。

(臨床歩行分析研究会ニューズレター[第53号]より転載)

B5・頁204 定価5,250円(税5%込)医学書院


救急マニュアル
救急初療から救命処置まで 第3版

小濱 啓次 編著

《評 者》益子 邦洋(日医大千葉北総病院教授/救命救急センター長)

救急医療における道しるべとなる良書

 川崎医科大学名誉教授として,現在も救急医療の最前線で活躍しておられる小濱啓次先生の編著による「救急マニュアル-救急初療から救命処置まで」が初版から22年を経てこのたび大改訂された。この間の救急医学の進歩には目を見張るものがあり,数多くの新知見を随所に盛り込んだ最新作が世に出されたわけである。

 小濱教授はわが国で最初の救急医学講座教授であり,それまでわが国の医学医療の中でまったくと言ってよいほど省みられる事のなかった救急医学の学問体系を構築し,救急医のアイデンティティー確立に尽力されてこられた。その意味では,本書の第1版はまさに救急医学のスピリットをふんだんに盛り込んだ名著であり,救命救急センターや救急部で働く若手医師にとってのバイブルであったとも言えよう。従来の各科対応型救急医療では対応できない重度外傷,広範囲熱傷,急性中毒,心肺停止,多臓器不全の患者を前に,手探りでスタートしたわが国の救急医療において,まさに道しるべの役割を果たしてきた。筆者が救命救急センターに配属となり,次から次へと搬送されてくる各種病態の患者対応に苦慮したとき,貪るようにして本書から情報を得ていたことが昨日のことのように思い出される。

 手垢で真っ黒になった第1版と,今回の改訂版を2つ並べてみると,300頁の増加という単なるボリュームのみならず,その情報量の増加に驚かされる。編著者が初版の序でも述べているが,「救急疾患を救急医学の視点で捉え,その病態を十分理解して診断・治療に臨め」とのメッセージが,第3版にも脈々と受け継がれている事が容易に見て取れる。即ち本書は単なる「マニュアル」ではなく,教科書としての重厚さと,マニュアルとしての利便性をともに兼ね備えている。

 平成16年度からスタートした救急部門の臨床研修必修化にも十分配慮して,救急外来(ER)で遭遇する各種症状やcommon diseaseへの対応について,分量を大幅に増やして記述しているのが大きな特徴であり,各所に「メモ」や「ER小講義」を配して,若手医師の理解を助ける工夫がなされていることもありがたい。また,小児および成人の各種皮膚疾患,重症感染症,気管支および消化管内視鏡所見等が口絵カラーとして掲載されており,ER診療の大きな助けとなっている。

 執筆陣は小濱教授をはじめ,氏とともに日夜救急医療を戦い続けてきた,同志の諸先生であり,救急のエキスパートである。その意味で本書は「小濱救急医学」と呼ぶ事もできよう。

 医学医療は日進月歩であり,この第3版が世に出てまもなく,2005年11月に国際蘇生連絡協議会(International Liaison Committee on Resuscitation; ILCOR)が「心肺蘇生に関わる科学的根拠と治療勧告コンセンサス(International Consensus on ECC & CPR Science with Treatment Recommendations; CoSTR)」を発表した。これを受けて,わが国でも新しい心肺蘇生ガイドラインが策定され,2006年7月に『救急蘇生法の指針』が発刊された。

 本書が永遠にわが国の救急医学のバイブルであり続けるために,できるだけ早い機会にマイナーチェンジしていただきたいと願わずにはいられない。

B5・頁1032 定価17,850円(税5%込)医学書院


救急救命士によるファーストコンタクト
病院前救護の観察トレーニング

郡山 一明,竹中 ゆかり 著

《評 者》谷川 攻一(広島大大学院教授・救急医学)

救命に必須の気道・循環 管理のエッセンスを学ぶ

 病院前救護には3つの決定的特徴がある。それは悪条件であること,医療資源が限られていること,そして移動を前提とするということである。したがって,優先順位に基づいた的確な観察と処置が現場活動の骨格となる。この特徴は医療機関内の救急発生現場においても基本的には同じである。

 本書はこのような特徴を持つ病院前救護において,救命に必要とされる観察と基本的手技の実施法のポイントをきわめてわかりやすく説明している。心拍出量の説明では“マヨネーズ”を,肺の酸素化障害の説明には“回転寿司”を例えている。“影絵”,“お年玉付き年賀葉書”,“ピサの斜塔”,そうそう,“山手線”も出てくる。誰にでもイメージしやすい“例え”の中で,観察・処置のエッセンスを的確に紹介している。そして,後半には習得した知識の整理とポイントをより鮮明にするために,シナリオトレーニングができるように細かく配慮されている。その卓越した教育手法には敬服する。

 さて,個人的な話で恐縮だが,著者の郡山一明氏,竹中ゆかり氏とは二人が麻酔科医として医師の道を歩み始めた頃からの古い付き合いである。麻酔科医は単に“麻酔をかける”のみでなく,気道・循環管理のスペシャリストでなければならない。一方,救急救命九州研修所には全国各地からさまざまなレベルの知識・技能を持った標準課程修了救急隊員や救急救命士が集まり勉学に励んでいる。著者らは病院前救護という特色ある分野において,何を,どのように指導することが,より教育効果が高く,かつ病院前救護の質の向上に繋がるのかということについて模索してきた。

 本書は著者らが長年の臨床経験の中で骨身にまで染みついた気道・循環管理のエッセンスを,救急救命九州研修所における指導の中で培われた教育手法に基づいてまとめ上げた集大成と言える。本書は救急救命士,救急隊員のみでなく,臨床研修医や看護師にとっても観察トレーニングの必読書である。そして,教育指導にとっては自らの知識を整理するためのみでなく,効果的な教育手法を学ぶうえでの頼もしい参考書となると確信する。

B5・頁116 定価2,625円(税5%込)医学書院


《言語聴覚士のための基礎知識》
臨床神経学・高次脳機能障害学

岩田 誠,鹿島 晴雄 編

《評 者》松本 博之(北海道文教大教授・理学療法学科)

広範な内容をカバーする本領域に携わる人の必携書

 この度,岩田誠教授と鹿島晴雄教授が編集し発行された『言語聴覚士のための基礎知識 臨床神経学・高次脳機能障害学』を読ませてもらう機会があった。全体を通読して本書は同様の内容を扱った書物に比べて臨床神経学の基礎知識に頁が割かれているのが特徴である。これは高次脳機能障害が主として脳の疾患に起因するので,当然のことながら臨床神経学の基礎を理解することは重要であるとの立場から本書が構成されているためである。まず,神経機能検査法,主要な神経症候について記述してあり,次いで,高次脳機能障害について各症状の特徴と鑑別診断の解説に進む構成になっている。

 その後,神経心理症状の評価とリハビリテーションについて概説してから,認知症,失語,失読,失書,視覚・視空間失認,聴覚失認,失行,情動の障害,記憶障害,離断症候群,前頭葉症状,右半球症状などについてより詳しい解説をしている。さらに,最後の章では言語聴覚士の担当分野として大切な運動性構音障害を取り上げ,実践的リハビリテーションについても紹介している。

 このように述べてくると,本書は通読することで全体を理解する本のように思われるかもしれないが,巻末には欧文と和文の索引が整備されているので索引から必要な事項だけを学ぶこともできる。また,引用文献は大部分が日本語なので読者が必要に応じて容易に原著を参照できるのも便利である。

 本書で臨床神経学から高次脳機能障害学に及ぶ広範な内容を取り上げることができたのは,各分野の適切な専門家38名を選定できたためであり,また,分担者が多いのにも関わらず適宜図や表を配置して読みやすくまとめられているのも本書の特徴である。この2つの点で編集者の意図は成功しており,言語聴覚士や神経心理学を専攻する人はもちろんのこと,この領域に興味のある医師にも知識の整理のために推薦できる良書である。

B5・頁348 定価5,460円(税5%込)医学書院


神経救急・集中治療ガイドライン
Neurological and Neurosurgical Intensive Care, 4th Edition

有賀 徹,堤 晴彦,坂本 哲也 監訳

《評 者》井上 聖啓(慈恵医大教授・神経内科)

神経疾患の救急・集中管理に携わる医師必読の書

 神経疾患の救急・集中管理等について定評あるテキスト,“Neurological and Neurosurgical Intensive Care”が10年ぶりに改版され,2004年に第4版として出版された。有賀徹,堤晴彦,坂本哲也の三氏の監訳でメディカル・サイエンス・インターナショナルから『神経救急・集中治療ガイドライン』としてこのたびその翻訳本が完成した。書評を依頼され,ひととおり通読させていただいたが,本書は決して分厚いものではないが内容は充実しており,“ガイドライン”というより教科書である。

 内容は総論と各論の2部からなり,とくに総論はじっくりと読むべきものでneuro-ICUでの一般原則が説かれている。頭蓋内圧の生理と管理,呼吸・循環管理,電解質異常,発熱・感染,モニタリング,植物状態と脳死といった項目から構成されていて,実地医療の中での考え方がよくまとまっている。それに対し各論は,神経救急全体からみるとやや偏りがあるように思う。外傷,脳卒中,低酸素脳症などに力点があるが,神経内科疾患とくに代謝性脳症,感染症,てんかんなどについては物足りなさを感じる。このことは本書と同じ著書Allan H. RopperそしてG. Bryan Young,Charles F. Boltonらの編集になる名著,“Coma and Impaired Consciousness:A Clinical Perspective”と対をなした神経救急医学書としての位置づけで書かれたものと推察される。この姉妹書もメディカル・サイエンス・インターナショナルから『昏睡と意識障害』として翻訳書が出版されているが,こちらは神経内科学的な立場から編集されたもので,ここに紹介する『神経救急・集中治療ガイドライン』と相補的な内容となっている。この2冊の構成・内容をみると,ここに紹介する翻訳書は,神経集中治療の実践にあたってのknow-howの背景にある理論をわかりやすく解説していることが大きな特徴である。

 各論の最後に「neuro-ICUにおける倫理的,法的側面」という項目も一読を勧めたい箇所である。米国における考え方,判例の紹介であるが,文献も含めて読めばわが国での延命治療の中止,終了に関するひとつの指針を模索するうえで貴重な一章と思う。

 監訳者もいっているとおり,本書は多くの翻訳者が協力して作られたものであるが,総じて,訳文は統一されておりとても読みやすい。監訳をしてみるとわかることだが,多くの訳者のそれぞれの癖をできるだけ均一にすることは大変な苦労である。監訳者に敬意を表したい。また,訳注は多くはないが適切で,これも参考になる。

 集中治療,急性期治療,救急医学に携わる医師にとって,本書は必読のものといえる。

A4変・頁324 定価12,600円(税5%込)MEDSi
http://www.medsi.co.jp/