第2698号 2006年9月11日


カスガ先生 答えない
悩み相談室

〔連載〕  15

春日武彦◎解答(都立墨東病院精神科部長)


前回2694号

Q やっと勤務医になって働き始めました。雰囲気もいいし,自分の希望通りの領域なのは喜ばしい限りなのですが,ふと周囲を見渡してみると,どのドクターも実に研究熱心なことに気がつきました。それもノルマや出世といった下心ではなく,単純に研究を楽しんでいるようです。しかも彼らは,研究に加えてテニスで全国大会レベルだったり,ペンネームで推理小説を書いていたり,ヒマラヤに登ったりと実に人生が充実している。それを見ていると,僕のような無趣味で退屈な医者は,やがて日々の重圧に耐えられなくなって燃え尽きてしまうのではないか? と,心もとなくなってしまいました。(研修医・♂・内科勤務医)

医者の生きがい

A なるほど,やたらと洗練されていたり学問が趣味みたいな人たちばかりの医局ってありますね。ぜんぜんそんな雰囲気などない医局もありますけど(わたしの勤務しているところ,とか)。

 研究のための研究となると,たしかにマニアの世界かもしれません。あるいはマッド・サイエンティストの。しかし,ある程度臨床の経験を重ねていけば,自然に,例えば症例Aと症例Bとのあいだに意外な共通点があることにふと気づき,さらに症例Cでもそのことを裏づけるデータが出てくる,といった具合に「体験を通して見えてくるもの」に遭遇するようになります。まさに仕事の醍醐味であり,それを同業者同士の話のタネとするか,個人的な経験則として胸に仕舞っておくか……せっかくだから論文にしてみようといった発想も,医局の雰囲気次第で出てくるものです。それはある意味で遊びに近いもので,ですからあまり「論文を書く=研究熱心」などと崇め奉らなくても大丈夫です。

 では趣味のほうはどうか。そういったものがあれば燃え尽きずに済むほど臨床医の世界がシンプルとは思えませんが,こんな例はどうでしょうか。心身症気味の患者さんに向かって,「ま,できるだけストレスを避けるようにして生活してください。自然に親しんだり,モーツァルトに耳をかたむけたり,とにかくリラックスが肝心ですな」などと言う医者。たしかに正論ですが,ストレスを避けてリラックスした生活が送れるくらいなら,医療機関のドアを叩くことはないでしょう。まったく空疎な助言しかしていない。ただの阿呆です,こういう医者は。

 こういった寝言を恥ずかしくもなく平然と語れる者は,心が貧相であります。気の利いた患者さんからは馬鹿にされます。まともな趣味を持ち,まっとうな感性を備えた人たちと接することは,ひょっとしたら,あまりにも愚かなことを口にしたりそれを恥とも思わぬ精神に堕すことを防げる可能性はあるかもしれませんね。多少なりとも頓智のあることを言えなければ,臨床医としては失格だと思います。そういう人は,燃え尽きる前に,失速します。

 口が上手いとか,そういったことではなくて,「ミもフタもないようなことは言わない」医者になりたいものです。地に足のつかないアドバイスをして平気な医療者になったらオシマイで,そのためには相応の機転やユーモアの類は大切だと考えます。となれば,いささか気取った趣味を持っていたり,「ひねり」を利かせたことをしたがる心性は,案外と医師の嗜みとして大切かもしれません。度を越すと,嫌味な俗物にしか映りませんけど。

次回につづく


春日武彦
1951年京都生まれ。日医大卒。産婦人科勤務の後,精神科医となり,精神保健福祉センター,都立松沢病院などを経て現職。『援助者必携 はじめての精神科』『病んだ家族,散乱した室内』(ともに医学書院)など著書多数。

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