医学界新聞

 

【投稿】

バーレーンの医学教育
Arabian Gulf University医学部の卒業試験

武田裕子(東京大学医学教育国際協力研究センター)


 中東の国,バーレーンの名前をご存じの方は多いと思いますが,そこでどのような医学教育が行われているかお聞きになられたことはおありでしょうか。現在日本に駐在されているバーレーン大使Dr. Khalil Hassanは,保健大臣を務められた小児外科医であり医学教育に深く関わってこられました。

 私は今年の6月に,Hassan大使のご推薦をいただいて,首都マナーマにあるArabian Gulf University(AGU)医学部を訪問する機会を得ました。6年生の卒業試験に外部評価者として参加するためです。以前に,Hassan大使のご講演で,AGUがチュートリアルを中心とした斬新な医学教育を実践されていると伺っておりましたので,医学生の方々との出会いを楽しみに,6月10-12日の3日間,試験官の役割を果たしてまいりました。

AGU College of Medicine

 アラビア湾に浮かぶバーレーン王国Kingdom of Bahrainは,奄美大島くらいの大きさの島で人口は80万人弱です。AGU医学部は首都マナーマにあるバーレーン唯一の医学部ですが,バーレーン国立ではなく湾岸諸国立というユニークな大学です。サウジアラビア,アラブ首長国連邦,クウェート,オマーン,カタール,バーレーンの6か国が大学の運営資金を提供し,各国の学生が高校卒業後に入学しています。

実際の入院患者を診察する卒業試験

 AGU医学部では,5年次と6年次の2年間,クリニカル・クラークシップ形式の診療参加型実習が行われています。ローテーションごとに実習態度や臨床能力に関する評価を受け,すべてに合格した学生のみが,6年生の最後に行われる卒業試験に臨むことができます。卒業試験では,まず,3日間の筆記試験(多肢選択式)と10ステーションからなるOSCE(Objective Structured Clinical Examination)が行われます。そしてそれらをパスした学生が,Patient Encounterと呼ばれる実地試験を受けることになります。

 この試験は,内科,外科,小児科,産婦人科の4領域で行われ,試験時間は各40分です。1学年に80名ほどの学生がおり,試験は2日半にわたって行われました。私が担当した内科の症例は,糖尿病性ケトアシドーシスで入院した35歳の男性,鎌状赤血球症のクライシスで入院した20歳の女性,不安定狭心症で入院した冠動脈血管拡張術後の50歳代の男性などさまざまでした。患者さんには事前に了解がとられており,学生の診察を受けるのは1回か2回程度となっていました。

 試験は以下のように行われました。まず,試験の進行係(上級研修医や若手指導医)が,あらかじめ自分がピックアップした患者さんの病室に学生と評価者を案内します。患者さんに各自が挨拶をしてご協力への感謝を述べると,早速試験が始まります。

1)学生は,まず入院までの病歴を10分程度で収集するよう指示され,医療面接を行います。ここでデータ収集能力や患者とのコミュニケーション・スキルがチェックされます。
2)学生が病歴を述べた後,評価者は鑑別診断を尋ねます。プレゼンテーション能力とともに臨床推論の力をみます。
3)次の身体診察では,時間の制約のため病歴(鑑別診断)に即した診察を行うよう指示されます。学生は,診察所見を述べると同時になぜその診察が必要であったかを説明します。
4)評価者は,病歴と身体所見からどのような鑑別診断が挙げられるか,また,その理由を学生に述べさせ,さらに診断確定に必要な検査を尋ねます。
5)学生が挙げた検査について,その患者さんのカルテやレントゲン写真が示され,検査結果の解釈が求められます。
6)学生は,これらの結果をもとに,最終診断やその後の治療方針を述べます。

 この試験と先の筆記試験,OSCE,実習の成績を総合して一定基準に達した学生に卒業資格が与えられ,卒業式で医学士(MD)が授与されます。卒業生は,1年間の初期研修を経て医師国家試験を受験し,医師免許を取得します。

AGUの学生の実力

 私は,20名ほどの学生の試験を担当しました。個人による差は当然あるものの,医療面接における情報収集や身体診察はポイントを押さえて手際よく行われていました。もっとも感銘を受けたのは,検査結果の解釈が臨床像と的確に結びついていたこと,実際に指示が書けるほど,具体的な治療計画が挙げられていたことです。

 例えば,糖尿病性ケトアシドーシスの症例では,検査結果の解釈とともに,補液の種類とその速度,インスリンの投与方法,モニターすべき検査項目や目標とする血糖値のレベル,生活上の注意点まで学生は答えていました。単に教科書の知識を詰め込んだだけでは,こうした臨床能力は身につきません。診療参加型の臨床実習の成果であろうと感じました。2年生から始まるPBL(Problem-Based Learning)-チュートリアルでも,繰り返し症例に即した課題に取り組むそうで,それもよい訓練になっているようでした。

 今回の滞在中に,私は日本の医学教育を紹介する短い講演を行ったのですが,そのなかで,「日本の医学生は米国の学生と違って4年制大学を出ていないのでクラークシップは難しいという議論がある」と紹介しました。それに対して,医学部長のHossam Hamdy教授は,「AGUの学生たちも,ほとんど知識詰め込み型の高校教育を受けて入学してくるが,チュートリアルを実施するなかで,受け身だった学生がどんどん変わっていく」と強調されていました。

外部評価者の役割

 今回は,試験のために,サウジアラビア,レバノン,クウェート,エジプト,アラブ首長国連邦,カナダそして日本から合わせて9名の評価者が招かれていました。アジアからの参加は私が初めてとのことで歓迎されました。

 毎年,卒業試験のために外部から評価者を招くことについて,Hamdy医学部長は,「自分たちの教育の質について評価を受けることが大学のcredibility(信用)につながる。また,このような機会に行われる他国・他大学との情報や意見交換が将来の発展をもたらす」といわれていました。評価者として参加された方々の国でも,卒業試験の時には外部評価者を置くとのことでした。

 私にとってはまったく経験したことのない試験で,評価者が務まるか不安でしたが,意外なことに総括評価としてつけた点数(満点は100点)は,内部評価者の採点とほとんど違いありませんでした。臨床のセンスというものは,国が変わってもそうは変わらないのだと実感しました。

おわりに

 医学教育のグローバリゼーションがいわれるようになって久しいですが,今回,バーレーンの医学教育に触れ,ますますその思いを強くしました。

 AGUは1982年の開学以来PBL-チュートリアルに先進的に取り組み,毎年学生や教員の意見を反映してカリキュラムを改定しているとのことです。OSCE,Patient Encounterにみられるような臨床能力の評価,ポートフォリオの導入などにも積極的に取り組まれていました。

 バーレーンは,湾岸諸国で女性の解放が最も早くから進んだ国といわれているとおり,とても自由な雰囲気が感じられました。女性の社会進出も一般的になっているようで,主婦という言葉は死語になりつつあるほどとのことでした。バーレーンの保健省大臣もAGUの学長も女性であり,何とAGUの学生も7割が女子学生で,イスラム文化の新しい一面に触れた気がしました。

 この報告を終えるにあたり,貴重な機会を与えてくださったHassan大使とAGU医学部長Hamdy教授に,この場をお借りして感謝申し上げます。