医学界新聞

 

【連載】

英国の医学教育から見えるもの
オックスフォードからの便り

[第6回] 英国のGPと医学教育

錦織 宏(英国オックスフォード大学グリーンカレッジ・名古屋大学総合診療部)


前回よりつづく

 英国の医療において,プライマリ・ケアを担う重要な役割を果たしているのが,General Practitioner(以下GP,家庭医の意)です。英国の全国民はいずれかのGP(もしくはその診療所)に登録することになっており,このGPを介さずに専門医にかかることはできません。GPの診療範囲は全科にまたがっており,基本的に健康に関するどんな問題にも対応してくれます。そして必要に応じてGPの紹介のもと病院に行き,専門医を受診するという流れになります。

 私は日本で総合診療医として働いていたこともあって,GPの診療をぜひ一度経験してみたいと思い,オックスフォード滞在中に2か月弱ほど診療所研修をさせていただくことにしました。患者さんの医療面接・身体診察を行い,それを指導医にプレゼンテーションして診断や治療方針のディスカッションをするというのは,ずいぶん久しぶりの経験です。自分が今まで主に病院の内科に勤めていたこともあって,内科疾患に関してはそれほど問題なく対処できたのですが,皮膚や筋・骨格系の問題を抱えて来られた患者さんの診断・治療には正直苦労しました。また,小児の健診や合併症のない妊娠初~中期の管理,お年寄りの往診などもGPの診療範囲に入っており,改めてその幅の広さに驚きを覚えました。

 と同時にやや失望したこともあります。それはGPがあまり身体診察を重視しておらず,また実際あまりとってもいないということです。渡英前GPを身体診察のエキスパートのように考えていた私にとって,この事実はかなり衝撃でした。実際に私が研修を行った診療所の指導医も診察時間のほとんどを医療面接にかけていました。また別のGPの友人にも“History is everythingだよ,Hiroshi!”と言われ,「うーん……」とうならざるを得ませんでした。患者さんもGPには相談をしに来るという印象で,「これでは法律相談事務所ならぬ医療相談事務所ではないか?」とさえ思ったのです。

 ただ医療相談の専門だけあって,GPのコミュニケーションスキルは相当高いものがあります。患者さんの健康に関するあらゆる問題を傾聴し,家族背景も考慮しつつ対処法を丁寧に説明していく姿は,まさに「コミュニケーションのプロ」とすら思えます。そしてGPのこの「高いコミュニケーションスキル」はそのまま「高い教育スキル」へと繋がっていきます。「教育というコミュニケーション」という言葉があるように,医学教育の現場には高いコミュニケーション能力が欠かせませんが,そのスキルの高いGPは教育者にとても向いています。また,患者中心の視点に強いGPと学習者中心の視点が求められる医学教育との親和性も,GPをよい教育者にたらしめているのでしょう。オックスフォード大学も含めた多くの大学でたくさんのGPが教育の仕事に携わっていることなどを考えると,英国の医学教育には“GP led Medical Education”という一面があるとも言えるかもしれません。

 この観点から日本を見てみると,教育に関わっておられる開業医の先生方は少なからずおられますが,コミュニケーションスキルの高い先生方を中心により多くの方に関わってもらうと,教育資源の観点からもよりよいのではないかと思えます。また,大学総合診療部の運営として医学教育を専門とする方法は,一つの選択肢として間違いなくあるとも感じました。

次回につづく