医学界新聞

 

ストレスマネジメント
その理論と実践

[ 第5回 セルフケア(3)心理的距離のとり方 ]

久保田聰美(高知女子大学大学院 健康生活科学研究科 博士課程(後期))


前回よりつづく

 対人サービスの提供者であるナースのセルフケアを考えるときには,相手との心理的距離のとり方も重要です。その相手とは,患者や家族だけでなく,医師や他のコメディカル,そして同じナースでも上司,同僚,部下といったさまざまな立場,職位の違いによりその様相も複雑化しがちです。

二極化の現状――共依存と逃避

 これまで,援助職者の特性として,ナースの「共依存傾向」は,心理職などの多くの専門家に指摘されてきました1-3)。共依存の定義は,研究者によりばらつきがありますが,対人関係への嗜好(依存)に関しての特徴が挙げられます(表)。

 西尾による共依存の14の特徴(文献3)より作成)
*自らを犠牲にして他人を助けたり,世話したりする
*他人の行動,感情,考え方を変えようとコントロールする
*問題や危機が起こっているような状況に身を置きやすい
*依存心が強くひとりでやっていけるという自信がない
*考え方,視野がせまい
*現実,事実をはっきり把握することができない
*コミュニケーションの技術に欠ける
*他人との境界がはっきりしていない
*自分の身体から出るメッセージに気がつかない
*怒りの問題を持っている
*物事を極端に捉え,ほどほどにするということができない
*忍耐強く待つことができない
*罪の意識によくおそわれる
*自己の確立ができていない

 その特徴をみていくと「患者さんの役に立ちたい」という純粋な動機からナースという職業を選択し,真面目に仕事に取り組む人ほどその傾向が強いように思います。人と関わるのが好きで,対人援助の仕事に魅力を感じること,それがナースという職業を選択し,継続していくための大切な要件であると同時に,一歩間違うと「共依存傾向」に陥りやすい環境がナースにはあると言えるのかもしれません。

 一方,最近目に付くのが対人関係において距離をおこうとするナースです。忙しすぎて業務をこなすことで精一杯という環境が影響しているのでしょうか。一部の患者さんからの評判はとてもいいのに,別の患者さんからの苦情を聞くとびっくりするような言動があり,どちらが本来の姿なのか判断に迷うナース。患者さんともまともに話ができない様子なので声をかけてみると「もともと私は人と話すのが苦手なんです」というナース(それならどうしてナースになったの? と聞きたくなることがありますが)など,その背景や要因も様々です。

 共通しているのは,相手との距離のとり方が少し逃げ腰で,その場から逃避しようとしているところです。「そこから逃げても何の解決にもならないのに……」とか,「もう一歩か二歩踏み込んでみたら相手との関係性自体が好転するだろうに」と傍目に思うのですが,その一歩を踏み出すことは本人にとっては至難の業のようです。

 しかし,この共依存と逃避という対照的な現象の根っこは,意外と同じところにあるような気がします。

巻き込まれるのは専門職として失格?

 「患者さんのために」と熱心に,献身的にケアに取り組むナースをみて,「あの人また巻き込まれている」と変に冷めた目でみるナース。一方,ついつい熱くなりすぎて少し感情的に部下を指導している上司をみて,「ほらまたいつもの調子……」とばかりにめくばせするナース。そんなナースは,あなたの近くにはいないでしょうか?

 こうして,他のナースを冷静に批判的に評価している人に話を聞いてみると,患者さんに巻き込まれたり,つい感情的になることはとても悪いこと,極端にいえば「専門職としてのナースとしては失格」のように考えているようです。これは,前述の共依存への恐れのようにも感じます。では,本当に巻き込まれるのは悪いことなのでしょうか? 専門職としては失格なのでしょうか? ケアを提供する看護職として,患者さんやご家族に多少なりとも巻き込まれないとみえてこないことはあるのではないでしょうか? 部下への指導で感情的になるのも,相手を大切に思えばこそという場合も多々あります。

巻き込まれる自分への気づき

 もちろん,巻き込まれすぎて自分を見失う場合や,相手に有無を言わさず怒鳴り散らすなどというのは問題でしょう。しかし,いちばん大切なのは,そういう「自分への気づき」ではないでしょうか。そういう自分を冷静にみつめ,「私はこういうタイプの患者さんには巻き込まれやすい」とか,「私は部下にこういう言い訳をされるのがいちばん苦手だ」とか,「同じ内容でも医師から言われると腹が立たないのに,師長に言われると……」といったふうに自分を理解することのほうが重要なのです。

 そして,自分自身をモニタリングしていくと,意外なところに潜む認知の歪みにも気づくことができます。自分がいつも巻き込まれやすいタイプの患者さんの共通点をみてみると,過去の自分の経験が影響していたり,部下に言い訳されるその言い方の向こう側に問題児であるわが子の姿を映しだしていたり(これは筆者も耳が痛いところですが)と,気づいていくのです。

 このようなモニタリングを続けていくことにより,徐々に自分自身のくせや傾向が理解できるようになるでしょう。そういう訓練を意識的に積み重ねていきながら,自らをマネジメントしていくことが,セルフケアへの第一歩ではないでしょうか。

***

 筆者は,病棟師長時代には,“ナースを巻き込みやすいタイプだけれど何となくパワーをくれる患者さん”をみつけるのが得意でした。そして,そんな患者さんのベッドサイドに行っては,心理的距離をはかりつつお話をさせてもらうという行動を意識的にとっていました。それは,いま振り返ると管理者である前にひとりのナースであることの確認,自分の居場所創りでもあり,ある意味セルフケアの一手段でもあったと思われます。

 ただ,こうした患者さんは,不思議とスタッフにとっては「対応困難な患者さん」とラベリングされていることも多いため,この師長の行動により,「師長さんがあの患者さんの話を聞いてくれて助かる」という評価を受けることもありました。その評価を肌で感じながらも,できれば,「師長にお任せ」という状態から,「どうしていつもあの患者さんと話しているのだろう」という疑問,そして自分自身の心理的距離のとり方への気づきへつながればという思いも徐々に出てきましたが,現実にはそこまでの変化はなかなか難しいものです。

 それでも,そこでまいた種が何かの拍子に芽を出すことがあるのではないかと信じ,種をまき,水をやる作業を根気強く続けていくことも管理者にとって大切な仕事だと,今さらながらに感じています。

 そこで,次項からは,ストレスフルな労働環境で働く部下をケアしていくという「ラインによるケア」の視点からストレス・マネジメントについて考えていこうと思います。

つづく

参考文献
1)信田さよ子:アディクションアプローチ もうひとつの家族援助論,医学書院,1999.
2)遠藤優子:対人援助職の共依存,吉岡隆編:共依存 自己喪失の病,171-179,中央法規出版,2000.
3)西尾和美:共依存症の精神療法,こころの科学59,39-44日本評論社,1995.


久保田聰美
保健師として働く人の健康づくりに関わったのち,近森病院で看護管理者として勤務。同時に産業カウンセラーとしてメンタルヘルス対策事業に取り組む。現在は病院を休職し,研究に専念。