医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評特集


《神経心理学コレクション》
頭頂葉

酒田 英夫,山鳥 重,河村 満,田邉 敬貴 著
山鳥 重,彦坂 興秀,河村 満,田邉 敬貴 シリーズ編集

《評 者》岩村 吉晃(川崎医療福祉大教授・感覚矯正学)

臨床の権威3人を前に講義
脳科学に関わる人の必読書

 人気の『神経心理学コレクション』にまた新たな一冊が加わった。酒田英夫教授の『頭頂葉』である。この書は,同コレクション既刊の彦坂興秀教授の『眼と精神』に次いで2冊目の『課外授業』で,神経生理学者の酒田先生が,このシリーズの編集陣をなす山鳥重氏,河村満氏,田邉敬貴氏という神経心理学の第一人者たちに2日間にわたって行った集中講義の記録である。本書が世に出るまでに2年余の歳月が流れた。遅かった理由は酒田先生の超完璧主義である。しかしその結果,本書は非常に内容の濃いものに仕上がった。

 酒田先生は1960年に東大医学部を卒業,大学院生として同付属脳研究施設,時実利彦教授のもとで神経生理学を学んだ。その後,大阪市大生理学浅沼宏教授の共同研究者として,ネコ運動野と体性感覚野の単一ニューロン記録と微小刺激研究に従事。やがてカリフォルニア大の萩原成長教授のもとに留学,そしてジョンズ・ホプキンス大に移りMountcastle教授のもとで,無麻酔サル頭頂葉体性感覚野の単一ニューロン記録という当時最先端の神経生理学を学んだ。

 帰国後は,京大霊長類研究施設,東京都神経科学総合研究所,日大医学部生理学教室で単一ニューロン活動記録により一貫してサル頭頂葉の機能を追求した。はじめは第5野における体性感覚統合と姿勢図式のメカニズムがテーマであったが,東京都神経研時代にMountcastle教授の研究室に再留学,帰国してからは酒田先生の興味は体性感覚から視覚へと移り,以後,一貫して頭頂葉における視覚の高次機能,特に空間視のメカニズム解明に取り組むこととなった。酒田先生は東京都神経研や日大医学部生理学教室に積極的に外国の一流研究者を招いて共同研究を行い,また多くの若い研究者が国内外から彼のもとに集まってめざましい研究成果をあげた。こうして酒田先生は頭頂葉研究の国際的リーダーの一人としてのステイタスを確立した。本書には酒田先生のこの30余年にわたる華々しい頭頂葉研究の成果が凝縮,しかも非常にわかりやすく記述されている。

 本書の中心テーマは頭頂葉の視覚機能,特に空間視の問題である。それは空間とそこに存在する事物の視覚的認識である。しかし問題は視覚にとどまらない。三次元空間の知覚が成立するとき,まずその中心に位置する自己身体の認識があり,視覚と体性感覚,聴覚,平衡感覚との統合があり,そして空間の事物に働きかけるための眼球運動や手の到達運動の随意的制御がある。本書ではこれらの重要な問題がすべて取り上げられている。

 冒頭に酒田先生の頭頂葉研究のきっかけとなった学生時代の恩師,秋元波留夫先生の失行失認の講義,Mountcastle教授の思い出などが語られる。その後,随所でGibson,von Holst,Marrなど,心理学や認知科学の大家の研究が紹介される。それらは実に教育的である。酒田先生はこれらの研究からいろいろとヒントを得たと謙虚に述べるのであるが,彼は本書の中で一貫して,サル脳のニューロン活動とヒトの知覚とが一致する様を見事に示す。また,神経系は論理的という主張を豊富な実例をもって示している。これらは「酒田頭頂葉学」の真髄であり,本書にはそれがこれまでになく明快に表現されている。

 頭頂葉の機能をめぐる国際的な論争と各研究者の立場が紹介されているのもいい。Mountcastle教授のドグマチックな運動指令説,これを引き継いだAnderson氏の運動意図重視の考え方,Goldberg氏の注意へのこだわり,そして酒田先生の頭頂葉の役割は知覚であるとの主張,これらのいきさつから頭頂葉機能研究の進展ぶりが明らかになる。ここで忘れてはならないのがMountcastle教授の弟子であり,酒田先生の共同研究者でもあったHyvarinen氏の先駆的功績である。彼は頭頂葉における視覚と体性感覚の統合について独創的研究を行ったが,惜しくも早世した。

 歴史的に見れば頭頂葉研究は患者たちの臨床観察で始まった。これらの臨床知見もまた酒田先生の研究をガイドした重要な要素である。臨床の権威である3人の「生徒」たちを前に酒田先生が頭頂葉の破壊症状記述の歴史を語り,これらを神経生理学的知見に基づいて説明する様は見事であり,迫力がある。臨床症状は破壊巣が大きいこともあって,いくつかの徴候の集合であることが多いが,酒田先生をはじめとする生理学者の実験結果によって,部分徴候の責任部位が示唆されるのが小気味よい。臨床家は日常,一人ひとり違う症状を持つ患者に対面する。これらを独創的に理解しようとするときには,伝統的な臨床記述の呪縛から抜け出さねばならないであろう。その際,酒田先生の記述は大いに参考になること受けあいである。

 本書の最後に頭頂葉機能,特に空間視と近代絵画との関わりが熱っぽく語られる。その話題の中心はセザンヌが描いたサンヴィクトワール山で,これが写真で撮影した像より大きく描かれている理由が説明される。またフェルメールが奥行き知覚や光と影,テクスチャをたくみに利用したことも指摘されている。エッシャーのだまし絵も登場し,あわせて画家の創作心理の秘密を解き明かそうと試みられる。実は酒田先生自身,学生時代美術部に属し油絵を描いた。彼の絵は確かセザンヌの絵に似ていたように思う。巻末には「空想美術館」まで設けられており,絵画への想いはいつまでも尽きることがない。

 本書は臨床神経学,神経心理学分野で活躍する専門家職業人にとって必読の書であることは言うまでもない。さらに,医学以外の分野で脳科学に関わる研究者や学生にとっても重要である。それは本書が,今日の脳科学隆盛の基礎を築いた神経生理学,特に無麻酔サル脳からの単一ニューロン活動記録がいかにパワフルであり,多くを教えてくれるかを改めて示しているからである。

A5・頁280 定価3,990円(税5%込)医学書院


慢性うつ病の精神療法
CBASPの理論と技法

古川 壽亮,大野 裕,岡本 泰昌,鈴木 伸一 監訳

《評 者》伊豫 雅臣(千葉大大学院教授・精神医学)

精神医療従事者の必読書!

 うつ病は近年一般の方々にも広く知られるようになってきました。その治療についても,抗うつ薬と休養により改善し,また周囲の人たちはうつ状態のときには励まさないということも知られてきています。そして,うつ病は一過性の「心の風邪」とも表現されることも多い疾患となっています。

 しかし,本当にそうなのでしょうか。確かに上記のように回復していく方々が多くいらっしゃる一方で,慢性化する方々も多く存在するのが現実です。監訳者の古川氏らは,うつ病患者の10―20%以上の人で2年以上持続し,慢性化すると報告しています。また薬物療法や休養が重要であるとともに,精神療法も重要であることが,特にBeckにより開発された認知療法が広まるにつれ認識されてきています。しかしそれでも治療に難渋し,限界を感じる精神科医は多くいると思われます。

 2000年にKellerらはNew England Journal of MedicineにCBASP(Cognitive Behavioral Analysis System of Psychotherapy)を用いた慢性うつ病の驚くべき治療成績を報告しました。また本書でも紹介されていますが,12週プログラムの完遂者は薬物療法との併用で85%において有意に効果的であったとされています。精神科臨床に携わる者として,この報告だけをもってしてもCBASPは身につけるべき技法であるとの印象を受けます。

 本書ではCBASPの考え方に基づいた慢性うつ病患者の精神病理と,その治療法についての理論が前半に記載されています。成熟発達の停止が病因であるうつ病を,「個人×環境」の相互作用という視点で捉え,治療として,社会的問題解決能力と,社会的相互作用の営みにおける共感的反応性を促進するという独自の特徴を持っています。確かに独自であるかもしれません。しかし,熟練した精神科医はこの理論に強い共感を抱くものであり,決して特殊な考え方ではないことにも気づくと思います。また,後半には治療方法と手順が記載されています。精神科医や臨床心理士が習得すべき技術として精神療法があるということに異存を唱える人はいないでしょう。しかし精神療法は対象患者や状況,治療者の特性や患者・治療者間の関係性などさまざまな要素が影響し,普遍的なものとして確立していくのは困難なものと思われます。本書では,治療方法と手順について,具体的で細やかな記載がなされています。技術の習得と実践においてきわめて有用であるとの印象を受けました。本来は,本書にもあるようにCBASPを身につけるには適切なトレーニングを受ける必要があるかもしれません。また,一般の外来などの治療場面でこれを実践していくには時間的制約もあり困難と考える方もいるかと思います。

 本書を読んだ感想ではありますが,すぐに受け持つ慢性患者全例に試みるのではなく,まず1例だけでも患者と話し合い実践してみてもよいのではないかと思います。そのことにより本書の理論の理解が深まり,また技術も身につき,忙しい臨床の合間にも応用していくことができるようになると思います。

 最後に,翻訳は丁寧になされており,読みやすくなっています。訳者たちの意気込みが感じられるのは私だけではないと思います。うつ病が一般に広く認識されてきている今,精神医療従事者にとって本書は必読の書と思います。

A5・頁360 定価5,775円(税5%込)医学書院


理学療法学事典

奈良 勲 監修
内山 靖 編

《評 者》田口 順子(元JICA・JOCVリハ・福祉分野技術顧問,国際医療福祉大非常勤講師)

日常の記録から研究まで手放せない事典

 理学療法士が誕生して40年余り,わが国最初の理学療法事典が発刊された。理学療法士による理学療法士のための理学療法事典が出版され感慨無量である。

 日本初の理学療法士,作業療法士養成校が国立療養所東京病院付属リハビリテーション学院として創設され,その第一期生であった私たちには理学療法分野の日本語教材は皆無であった。例えば,ADLをどのように訳すのか,どこまでがADLの範疇なのか,その概念や文化による違いはないのかなど,コトバの意味だけではなく,全身を使ったジェスチャーで外国人教師と理解しあったことを思い出す。今は,どのような用語も簡単に入手できる。

 母校を卒業した翌日から第一期生4名が教壇に立った。日本語による教科書を切望し,当時,学院長であった砂原茂一先生のご指導を受けブルンストロームの「Clinical Kinesiology」を教師たちで翻訳,これが日本の理学療法士,作業療法士による初めての出版物となった。

 あれから40数年,奈良勲先生監修のもと,内山靖先生が編集の中心となって,9人のフィールドエディター,298人が執筆者の智恵と経験を結集し,ここに長年,私たちが望んでいた事典が刊行され,実現にいたるまでのご努力に敬意を表し感謝したい。

 関連分野から先ず32万語という膨大な用語を集めて,再三の作業によって最終的には8000語に集約されたその内容は高く評価したい。よく整理された客観的な説明は理学療法中心の専門用語にとどまらず,医学,生物学,情報科学,工学,教育学,社会・福祉学分野の基礎用語を8000語という制約の中に簡潔にしかも濃縮されうまく溶け合っている。

 すべての用語に英語訳がついていること,巻末の欧和索引,800語あまりの略語索引のあることも事典としての活用度が広くてありがたい。

 理学療法学を学ぶ学生にとっては手放せない事典であり,現場のわれわれにとっては日常的な記録から資料作成,研究まで必要な検索に応えてくれる。座右の書が一冊増えたことに感謝したい。

A5・頁912 定価9,450円(税5%込)医学書院


胆道外科における
Cチューブ法ハンドブック

藤村 昌樹 編

《評 者》山川 達郎(帝京大名誉教授/帝京大溝口病院外科・内視鏡外科センター常勤客員教授)

内視鏡外科手術を志す外科医必見の書

 このたび,第一東和会病院院長,滋賀医科大学臨床教授,藤村昌樹博士が『胆道外科におけるCチューブ法ハンドブック』を刊行されました。藤村昌樹先生は,30年来の胆道外科のエキスパートであり,また本邦において内視鏡外科手術が日常の臨床に登場してからは,それまでの経験を生かして,内視鏡外科手術を推進され,多大の成果を学会で報告されてきました。私も胆道鏡を開発して,Tチューブ瘻孔を介しての遺残結石や肝内結石の治療に情熱を傾けた一時代を経験した関係上,藤村昌樹先生がこのようなご著書を刊行されたことはご同慶にたえません。

 今や,総胆管結石の手術も施設によっては100%内視鏡下に行われるようになって,総胆管結石に対する治療戦略は一変しました。しかし小さな創から内視鏡を挿入して拡大した視野の下に精密な手術を行うことができ,かつ低侵襲である内視鏡外科手術の利点を生かす中で,これまでに培われた総胆管結石の治療に関する基礎的理論は変わるものではありません。今回本著を拝読して思ったことは,Cチューブの応用に関しても著者の胆道外科医としての基本的な根拠に基づく考え方がそこここに窺われ,高く評価できる名著であると考えます。

 内視鏡外科手術の時代を迎えた今も,総胆管結石の治療を考える時大切なことは,昔同様,結石の遺残と再発の問題です。総胆管切開兼結石摘出術,経胆嚢管的結石摘出術に続くTチューブドレナージ術,Cチューブドレナージ術や術前・術後乳頭切開術(EST),内視鏡的逆行性乳頭バルーン拡張術(ERBD)などの位置付けを慎重に考える必要があります。すなわち病態にかなった治療法を選択する必要がありますが,最近はCチューブを留置することが確実に多くなってきていることを,私も実感として感じています。私にとってCチューブを腹腔鏡下に留置して問題に思ってきたことは,その固定法でした。固定が甘く,Cチューブが自然抜去してしまうことがよくあったからですが,本書では,そういった技術的なことが詳しくきれいな図を示して解説されていますので,勉強になりました。

 総胆管結石の治療は実に奥が深いものがあります。藤村昌樹先生は,胆道外科に永く携わり,磨いてこられた理論の上にたって,Cチューブ留置法手技を確立されました。本書は,これから内視鏡外科手術を志す外科医には必見の教材であるばかりでなく,総胆管結石の内視鏡外科手術を日常,頻繁に行っておられる内視鏡外科医にも,大変,見て役に立つハンドブックであると思いました。ここにご推薦申し上げる次第です。

B5・頁128 定価6,300円(税5%込)医学書院