医学界新聞

 

【連載】

英国の医学教育から見えるもの
オックスフォードからの便り

[第5回] オックスフォード大学での留学生活

錦織 宏(英国オックスフォード大学グリーンカレッジ・名古屋大学総合診療部)


前回よりつづく

 今回は学問の街オックスフォードでの留学生活全般についてお話しします。

 英国の首都ロンドンから北西にバスで1時間半ほど走ると,美しい尖塔の街オックスフォードが見えてきます。人口は約14万人で中心部はほぼ歩いて回れるほどの小さな街ですが,その中に多くのCollege(学寮)があり,街全体が大学そのものであるとも言えます。また学問の街としての歴史は古く,およそ11世紀にまでさかのぼるとも言われています。日本との縁としては,やはり皇太子殿下や雅子さまがそれぞれMerton CollegeとBalliol Collegeで学生生活を送られたことでしょうか。芝生に寝転がって本を広げている学生を見ると,改めてオックスフォードの学習環境のすばらしさに気づきます。

 オックスフォード大学の特徴の一つが前述のCollege制です。学生・教官・研究者は皆,学問分野ごと(例えば教育学)の所属以外にCollegeにも所属を持っており,そこでいろいろな分野の研究者と交流できるコミュニティが形成されています。ハリーポッターの映画に出てくるようなダイニングホールでは,キャンドルライトのもと,ディナー会が毎週行われ,そこでいろいろな研究者と会話を交わしながら,自分の専門分野を紹介したり他の分野について学んだりすることができます。このような特徴を持つオックスフォード大学では,専門家を育てるよりもむしろ,広く深い一般教養のある人間を形成することに重きを置いていると言えます。

 ほとんどの学生はCollege所属の寮に住んでいるのですが,私は客員研究員の立場のため,自分で家を借りることになりました。治安がいいこともあってオックスフォードは不動産の価格がやや高めですが,ビクトリア王朝様式の家も多く,住宅街の外観は何ともすばらしい雰囲気です。大家さんとの交渉もうまくいき無事に住むところは決まったのですが,次は英国料理に閉口することになりました。特に外食すると日本と比べて値段は倍で味は半分以下というところで,かなり満足度は低めです。自宅の炊飯器が始動してからはほとんど外食に出ることがなくなってしまいました。

 留学生活で皆が同様に抱えるのが語学の問題です。私のように医学教育を学ぶ場合にも「医学教育関係者とのディスカッション」や「学生や研修医へのインタビュー」などで語学力が必要になることも多く,英語でのコミュニケーションができるに越したことはありません。また純粋な語学力だけでなく,社会や文化に関する知識が足りないことも会話を難しくさせる要因ですが,これには時間をかけた慣れが必要であるとも言えます。

 第二次世界大戦の影響もあって日本ではアメリカ英語が広く使われていますが,英語発祥の地のイギリス英語にはまた異なる趣があります。英国には礼儀正しいことを重んじる文化があるためか,イギリス英語には婉曲的な表現が多く使われる傾向があります。また文脈や行間を読み取る能力も求められ,何か一つ伝えるにも単語だけ言えばよいわけではありません(頼みごとをするときには“May I…?”をよく使います)。デリケートな話題に触れた時には,さんざん長話になった結果,結局何が言いたかったのかよくわからなくなることもしばしば経験します。

 ツールとしてではないイギリス英語に接して興味深くも思ったのですが,同時にやはり「われわれ外国人はBroken Englishが使えればよいのでは?」とも感じました。

次回につづく