医学界新聞

 

ストレスマネジメント
その理論と実践

[ 第4回 セルフケア(2) 対処行動を左右する認知の歪み ]

久保田聰美(高知女子大学大学院 健康生活科学研究科 博士課程(後期))


前回よりつづく

 意外と気づくのが難しい自分自身のストレスに気づいても,その対処にはどのような方法があるのでしょうか?ストレスに気づいたとしても「どうせ仕事が忙しいのは変わらないんだし」とか「いくらがんばっても無駄」と決めつけてしまってはいないでしょうか? これを心理学では,「自動思考」とか「認知の歪み」と呼びますが,この歪みを是正することが,セルフケアにおいては重要な視点です。

「離職」というストレス対処

 ストレスフルな環境で働くナースは,バーンアウトしてしまうことも決して珍しいことではありません。そのため,1980年代後半から,“ナースのバーンアウト対策としてどのようなストレス対処が効果的か”という視点での多くの研究成果の報告があります。

 ラザルスらの理論を基盤とした考え方では,ストレス対処は,「問題焦点型」と「情緒(感情)調節型」に大別されますが,そのパターンをさらに分類して,それらに影響を与える要因である個人特性,労働環境や社会資源等との関係をみていく研究デザインが多いようです1-3)。そうした研究結果から得られた効果的なストレス対処とは,「問題焦点型」または「情緒(感情)調節型」のなかでも,自分の感情を抑圧するのではなく,少し距離をおいて冷静に対処するパターンだというのが一般的な見解になっています。

 しかし,本稿のテーマであるセルフケアの視点で考えると,「問題焦点型」の対処としては,その問題によって個人で対処できる範囲を超えている場合も少なくありません。しかもナースを取り巻くストレス要因を考えると,一般的な職務ストレスに加え,患者や医師,他のコメディカルや同僚,後輩,上司など,多様な立場の人々との人間関係が生み出す複雑な職場環境が影響しています。そうした環境で働くナースは,セルフケアによるストレスマネジメントに限界を感じ,最後は離職の道を選んでしまうのでしょうか。別の視点でみてみると,離職という選択肢は環境を変える一手段として「問題焦点型」の対処パターンのひとつなのかもしれません。

 以前,大学院で一緒に学んだナースが「私はバーンアウトしたくなかったから,ターンオーバー(離職)したの」と話していたことを今さらながらに思い出します。ただ,離職希望のナースとの面接を繰り返し経験していると,「離職」を正当化させていくため,特有の認知の歪みを感じることも多いのです。「ここまで思い込んでしまう前に,視点を変える関わりができていれば」と何度悔やんだことでしょうか。

ナースに多い「認知の歪み」

 ある日教育担当師長に呼ばれ,「あなたにA病棟の看護研究リーダーをお願いしたいんだけど」と言われたとします。その時のあなたなら,どんな気持ちですか? 「看護研究だけは勘弁してよ」,「なんで私なのよ」とショックを受けながらも,黙って(しぶしぶという表情をするくらいが精一杯の抵抗で)引き受ける人が多いのではないでしょうか。「師長命令は断ってはいけない」という思い込みがあなたの心の奥にはありませんか?

 次に,ちょっと勇気あるナースならなんとか断る術はないかと「私なんかよりBさんのほうが適任だと思いますよ」と提案する人もいるでしょう。しかし,そこで師長から「今年はあなたにぜひお願いしたいの」と言われると,どうでしょう。「ここまで言われたら断れないか」「Bさんはお子さんも小さいしな」とか,もしかしたら「でもうちもまた,帰りが遅くなる日が続くと大変だなあ」と思いながらも引き受けてしまう人もいるかもしれません。

 ここまでのやりとりを整理してみると,背後には「上司の命令には従わなければならない」や「看護研究のリーダーは私生活を犠牲にしてでもがんばるべき」という思い込み(認知の歪み)が存在しているように感じます。また,はっきりとは現われてはいませんが「自分は看護研究のリーダーができるほどの能力はない」という自尊感情の低さも影響しているようにも思えます。真面目なナースによく見受けられる完全主義的思考も関係しているのかもしれません。

 こうした認知の歪みを,アルバート・エリス4)5)は,「イラショナルビリーフ(非合理的な思い込み)」と呼び,論理療法(ABCD理論)でその修正法を提案しています。「できるなら立派にやりたい。しかし,もし思いどおりにならなかったとしても,それはとても残念ではあるが,この世の終わりというわけではない」という視点で,ストレスフルな出来事への捉え方を変えていこうというものです。

論理療法(ABCD理論)でストレスを整理してみよう

 では,この事例をABCD理論に当てはめて考えてみましょう(図)。

A:何が起きたのか?
「上司に看護研究リーダーを依頼された」
C:その結果どんな気持ちになったか?「ショック,落ち込み,不安になる」
B:そんな気持ちになったのはどうして?
「上司の命令は絶対」「看護研究リーダーは私生活を犠牲にしてもしなければ……」
D:上のB(イラショナルビリーフ)への反論とラショナルなBへの言い換え
「上司の命令ってほんとに絶対?」→「内容によっては従えないこともあるのでは」
「私生活を犠牲にしてでも頑張るべきって誰に言われた?」→「できる範囲でやればよい」

 といった形になります。もちろん,実際にはこれほど単純ではないでしょう。そういうイラショナルビリーフを持ってしまったそれなりの背景は予想されます。「断れるものなら断りたいけど,あの師長さんの威圧的な態度は有無を言わせないムードがある」とか,「現実に看護研究の締切日にリーダーが家庭の事情で休んでいて他のメンバーから非難されているのを聞いたこともある」という人もいるかもしれません。しかし,それに対して何の(一度の)反論もしないまま,あるいはたった一度耳にしただけで,そういうものなんだと決めつけてしまい,どんどんと自分の中で思い込みが強化されてはいないでしょうか?

 この事例の背景を別の視点でみてみると,あなたの能力を評価しているからこそ,師長はリーダーを依頼したという肯定的な視点もあります。また,たしかに看護研究のリーダーは大変だけれど,事前に家庭や私生活の事情等をメンバーに話して了解してもらってから引き受ける方法もあるかもしれません。「こんなふうに大変ではあるけれど自分を評価してくれているんだから,できるところまで頑張ってみよう」と肯定的に捉えたり,代替案を提示しながら,対処していく行動こそが,問題焦点型対処行動といえるでしょう。

 自分が気づかないうちに,ついつい陥りやすい認知の歪み。身近な出来事をこのABCD理論に当てはめて整理してみてはいかがでしょうか。最初は,なんだかとってつけたようでしっくりこないかもしれませんが,繰り返しやっていくと,自分自身の認知の歪みの癖のようなものもわかってきます。

 こうした日常的に出会う「否定的な感情を引き起こす出来事」を冷静に受け止め,分析することができたあなたは,効果的な対処パターンへの第一歩を踏み出したといえるでしょう。

つづく

参考文献
1)稲岡文昭,松野かほる,宮里和子:看護職にみられるBurnoutとその要因に関する研究,看護,36(4),81-104, 1984.
2)南裕子,山本あい子,大田喜久子他:看護婦の燃えつき現象とソーシャル・サポートの関係について,聖路加大学紀要,26-34, 1987.
3)近澤範子:看護婦のBurnoutに関する要因分析,看護研究,21(2),37-52, 1988.
4)今村義正,国分康孝責任編:論理療法にまなぶ アルバート・エリスとともに 非論理の思いこみに挑戦しよう,日本学生相談学会編集,川島書店,1989.
5)國分康孝編,論理療法の理論と実際,誠信書房,1999.