医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評特集


医療現場におけるパーソナリティ障害
患者と医療スタッフのよりよい関係をめざして

林 直樹,西村 隆夫 編

《評 者》田中 雄二郎(東医歯大大学院教授・臨床医学教育開発学)

広く医療に関わる人々に薦められる好著

 パーソナリティ障害――著者らが否定している表現だが,いわゆる「人格障害」,「人格異常」ではないかと疑われる「患者」は確実に臨床現場に現れる。このような患者に遭遇し,ほとほと困った経験,臨床に携わる医師ならば誰しもあるのではないか。通常の患者医師関係は信頼関係を基盤とするものであるのにもかかわらず,その前提が揺らぐため医療現場は混乱し,患者本人を含め誰のためにもならない事態が出現する。

 本書の著者たちのほとんどは都下の三次医療機関で第一線の精神科救急診療に従事する精神科医である。次々に提示される症例の深刻さも,ストーキングから脅迫に至るまで,われわれが日常遭遇するものとは,程度において比較にならないほどであろう。治療に,そして対処に成功した事例,そうでない症例から,どうすれば患者を守り,他の患者に累が及ばないよう,そして医療者の安全を確保できるかという方策が検討,提示されていく。読み進めながら,程度の差はあれそのような患者との関わりの中で,内科医である自分が「無意識のうちに行っていた行為」の持っていた意味が,専門とする精神科医の手で明らかにされていくことに感銘を覚えた。

 対患者関係は,編者が指摘するように「ケースごとに解を求めていく」ものであり,もとよりマニュアル化できるものではないが,法に触れる行為,医療環境を脅かす行為を解決するためには,編者らが述べている治療上の契約設定,組織的な対応など欠かせない要件の存在が提示されている。また,パーソナリティ障害の概念,診断なども,精神科的知識を前提としない書き方で明快に述べられている。精神科以外の臨床現場の医師,コメディカル,管理職,そして事務職に至るまで,広く医療に関わる人々に薦められる好著である。

A5・頁228 定価2,940円(税5%込)医学書院


腹腔鏡下胃切除術
一目でわかる術野展開とテクニック

関東腹腔鏡下胃切除研究会 編著

《評 者》阪 眞,笹子 三津留(国立がんセンター中央病院・外科)

かゆいところに手が届く術野展開・テクニックを収載

 腹腔鏡が胃癌手術に導入されたのは90年代中頃である。当時,頭も腕も柔らかい30歳代であった著者たちが,この新技術の発展に取り組み10年以上が経過した。現在40歳代となり,知識も技術も脂ののりきった気鋭の外科医たちがこの本を書いている。本を開くやいなや,関東腹腔鏡下胃切除研究会における熱いディスカッションさながらに,新たな分野を開拓していこうとする熱意と興奮が伝わってくる。

 ページを開いてみてまず目を見張るのは,そのカラー写真の美しさである。腹腔鏡下手術では,術者と助手が同一の焦点をもった拡大視野を共有できる。小血管や自律神経の走行が詳細に観察されるので,出血量を減らし,神経を温存することが容易となる。本を開くとこれら神経の線維,小血管の一本一本が,総天然色で目に飛び込んでくる。膵上縁のリンパ節を含む脂肪組織をどの範囲で,どのくらい総肝動脈周囲の神経線維を残して剥離するのかといった,文章や絵では表現が難しいことも,写真であれば一目瞭然である。また腹腔鏡手術の際,スコピストがどのような視野を作るかがきわめて重要である。これらのカラー写真はスコピストの育成にも威力を発揮する。これらの写真の視野をまったく模倣すればいいからである。モニターの横に書架を併置し,手術の進行にあわせてページをめくり,写真と同様の視野を作れば,初心者でもベテランスコピストのような働きができるのではないか。

 加えて併記されたイラストがすばらしい。腹腔鏡手術は術者と助手の2人で行う手術である。手術の良否は,限られた4本の手をいかに効率よく使い,よく展開された場を得られるかにかかっている。これらイラストには,術者と助手の両手が,何を持ち,どのように展開しているかが詳しく描かれている。膵上縁郭清の際,膵,胃および肝の展開は苦労する場所であるが,この本は種々の展開方法を例示してくれている。

 かゆいところに手が届くという言葉があるが,各章の最後にあるコラムがまさにそれである。実際に腹腔鏡手術を執刀している者にしかわからない諸問題について,筆者らの試行錯誤が具体的に,ときに失敗談も含めて詳細に語られている。術式や患者の体格に合わせたポートの位置,鉗子などの器械へのこだわり,超音波凝固切開装置のミストからカメラレンズを守る方法など,非常に参考になる。

 ただし,どんな優れた手術書でも,それだけで手術はできない。手順は示せても,リズムが伝わらないからだ。どんな手術でもテンポよく進む部分と,じっくり時間をかけて耐えなければならない部分があり,全体のリズムを作っている。腹腔鏡手術では,大網の処理などはテンポよく進むが,ひとたび出血すると時間をかけて忍耐強く対処しなければならず,そのリズムは開腹手術と異なる。このような,手術のリズムや精神面などは,実際に先達の手術を見学しなければわからない。さすがに本書も,そこまではカバーできなかったようである。

 この本は,術者のみならず,助手,カメラ持ちにもぜひ,熟読してもらいたい。そして,読後には実際の手術を見て,学ぼうではないか。

B5・頁216 定価9,030円(税5%込)医学書院


医療経営学

今村 知明,康永 秀生,井出 博生 著

《評 者》信友 浩一(九大大学院教授・医療情報システム学)

思考・論理過程を学び取る体系的な医療経営学書

 「病院」の経営学では,病院の外部環境は所与の条件として記されているだけであり,内部環境のマネジメントを体系化しているのが通常である。本書の著者らの意気込みもここにあるのであろう。「……従前の医療経営や病院経営に言及したテキストは,主として医療機関の立場に立った,現行の医療保険制度の下での収支改善対策についての指南書,という色彩の濃いものであった」と記しているほどである。外部環境は変えられない・動かせない,を前提にした「病院経営学」にはワクワクさせられなかった経験が続いていた。

 外部環境を形成する主な制度政策は,施設完結型医療を前提にしていた。確かに急性期疾患が主流の貧しい時代においては妥当な制度ではあったが,慢性期疾患主流の豊かな時代においてはムダな無駄が生じやすく,ムダでない無駄を生みにくい適応遅れの制度になっていた。

 今回の医療制度改革の1つが施設完結型医療から地域完結型医療への移行であるように,施設経営者が同時に地域の施設経営の視点(新医療計画制度)からも考え,選択することが要請されている。施設経営者が,同時に,地域経営も担う,ということは地域制度政策という外部環境の整備も担うことになる。外部環境整備は行政の役割だ,として施設経営者が全面委任したい方々には本書の魅力は感じられないであろう。

 「病院」ではなく「医療」を担いたい,という使命感と情熱的な関心を有している人に本書は相応しい。今までは,そのような使命感と関心はあっても,ミクロたる「病院」とマクロたる「医療環境(主に制度政策)」との論理的関係や政治的関係を体系立てて学ぼうとしてもテキストがなかった。関係を語る方々はいたとしても……。その意味で,タテ型社会の最たる大病院でのミクロ内での対話,マクロとの対話を続けている著者らが,内部環境整備のための説得力向上で経験し,あるいはそれを推進できるだろう外部環境整備のための説得力向上で経験したことを踏まえているので,学問的に体系化した本書は説得力があると感じられる。著者らの経営・政策判断への読者の賛否はさまざまであろうが,大事なのは賛否ではなく,判断に至るまでの思考・論理過程を感じ学び取ることである。興味ある論点・争点を数多く挙げているのも本書の特徴であるが,その論点等の料理の仕方を味わう,というのが本書の上手な楽しみ方である。決して,戦いの前の予習に使う,などとはゆめゆめ思われないように。

 本書の改訂版が予定されているとすれば,大学・大学院で学んでいる方々のために,参考テキストや報告書などもふんだんに掲載しておいていただきたいものである。新たに学ぶ方々には相応しいタイムリーなテキストがありませんので。

A5・頁360 定価3,780円(税5%込)医学書院


PCIにいかす
IVUS読影テクニック

小林 欣夫,園田 信成,森野 禎浩,小谷 順一,前原 晶子,藤井 健一 著

《評 者》山口 徹(虎の門病院長/日本心血管インターベンション学会前理事長)

PCI初心者のためのスペシャリストによる解説書

 虚血性心疾患の治療法として冠動脈インターベンション(PCI)の発展,普及は目覚ましいものがある。特に90年代初めに冠動脈ステントが登場して成功率が向上し,合併症,特に緊急冠動脈バイパス手術の発生率が激減し,PCIは安定した成績を残せる安全性の高い治療法となった。このPCIの進歩を支えてきた医療機器として冠動脈造影機器,デジタルビデオシステム,各種カテーテル,ガイドワイヤーなどが挙げられるが,血管内エコー法(IVUS)も貢献度が高いものの1つである。

 冠動脈壁の任意の横断面をin vivoで病理標本のように観察できるIVUSの出現は驚きであった。わが国でのIVUSが,研究的機器に終わらず,PCIに必要な臨床的機器となることができたことには保険適用となったことが大きい。これには多少の幸運があった。ステント導入時にはステント留置後のワルファリン投与が標準的治療で,術後も10日近く入院したが血栓性閉塞の発生率は比較的高かった。ステントの十分な拡張をIVUSで確認すれば,術後の薬物治療をワルファリンからチクロピジンに変更して早期退院させても安全であるとの報告が出た。IVUSは,PCI後2,3日で退院させることができ,医療費節減に役立つPCI評価法と認められ,保険適用となった。その効果が主としてチクロピジンによるものであることは今日では周知の事実であるが,IVUSを活用したPCIを可能にする環境がわが国で整った。

 したがって,わが国でのPCIでIVUSを活用しない手はない。PCIに携わる医師やスタッフはIVUSの取り扱いとIVUS画像の読み方を身につけるべきである。IVUS画像も初期に比べると格段にわかりやすくなったが,それなりの学習が必要である。

 本書は,IVUSスペシャリストとして世界で活躍している新進気鋭の筆者6名が,初心者向けにIVUS画像の解釈から,PCI,特にステント留置におけるIVUSの活用法,IVUSによって築かれたPCIや病態のエビデンスなどをわかりやすくまとめたものである。正に題名通り「PCIにいかすIVUS読影テクニック」の解説書である。本書は,何の前触れもなく基本的なIVUS画像の読み方から始まり,その後にIVUSの取り扱い法や計測法が続く。“習うより馴れろ”式の多少ユニークで実践的な構成であるが,画像にはシェーマが付いており理解しやすい。IVUS画像や図のみを追いかけても確実にIVUSに入門でき,100ページほどのモノグラフなので読み通してもさほどの時間は掛からない。PCI初心者には必須の副読本である。本書がIVUSを生かしたより効果的なPCIの普及,教育に貢献することを願っている。

B5・頁128 定価5,040円(税5%込)医学書院


標準公衆衛生・社会医学

岡﨑 勲,豊嶋 英明,小林 廉毅 編

《評 者》山本 正治(新潟大大学院教授・地域予防医学)

グローカルな視点から生まれた新しい教科書

 『標準公衆衛生・社会医学』が送られてきました。開封すると,濃紺と黄色でまとめた艶やかな表紙と小口(こぐち)の角を丸く裁断した装丁,さらに表紙の見返し(遊び)の部分に見出しが付いており,「公衆衛生も進化したな!」と思わず叫んでしまいました。私は6年間医学部長としてほとんど専任で医学部の管理運営に当たってきましたので,正直なところ,公衆衛生のテキスト事情には疎くなっていました。アンリ・コルビ監督のフランス映画『かくも長き不在』に出てくる記憶喪失の男に自分をつい重ねてしまいました。不在の間に,すばらしい本が出版されたことをまずはお祝いします。

 手にとってまず想像したことは,公衆衛生に対する“岡﨑哲学”が盛り込まれているに違いないということです。編者の岡﨑勲先生は私の恩師が先生と同窓であることから,以前から親しくさせていただいており,グローカル(glocal)な視点をお持ちになった公衆衛生の教育と研究の実践者です。ここでグローカルとはグローバルとローカルの視点を併せ持つとの意味です。また豊嶋英明先生は以前新潟大学医学部の同僚でしたのでわかるのですが,彼の持ち味(物静かであるが内なる情熱を秘めている)が出ており,さらに小林廉毅先生の医療制度や医療経済の最新情報が織り込まれ,見事なコンビネーションを発揮しているに違いないと想像しました。

 実際読んでみますと,3人のコンビネーションはすでに「序章」に表れています。「医学・医療は,政治・経済に影響し,また後者が前者に影響して今日に至る。医学史を学び,将来のあるべき医学・医療に思いを馳せて欲しい」,さらに「公衆衛生・社会医学は予防医学だけで十分か」「国際保健の必要性」まで言及しています。最後に「公衆衛生活動の歴史を知り,その基本的考え方を忘れずに将来へ脈々と受け継いで頂きたい」と結んでいます。

 将来の公衆衛生を担う医学生やコメディカルの学生だけでなく,すでに社会で公衆衛生を実践している医療保健福祉関係者にもお勧めします。また教育関係者には本書を新しい教科書として推薦します。

 しかし私は長年医学部長として大学の光と影の部分を数多く見てきたので,蛇足を加えることをお許しください。医学教育の影の部分として,学生の試験に医師法第一条についての穴埋め問題を出した時のエピソードを紹介します。ある学生から次の解答がありました。「医師は,(仁術)及び(算術)をつかさどることによって,(生活)の向上及び(家族)に寄与し,もって国民の(健康)を確保することを任務としている」と。作り話ではありません。医学部長として恥じ入ると同時に深く傷つきました。またわが国では現在,医学教育や医療制度の検討の中で,国際化が深く潜行していることを実感しております。国際化の現実は,『拒否できない日本』で語られているような「アメリカ的標準化」かもしれません。本書は,公衆衛生関係者だけでなく,わが国における現在及び将来の医学教育や医療制度のあり方に問題を感ずる方々にとっても,一読する価値があります。

B5・頁424 定価5,985円(税5%込)医学書院


内科診療シークレット 第2版

福井 次矢・野口 善令 監訳

《評 者》北原 光夫(東京都済生会向島病院長)

内科全般を広く深く学ぶ

 私が米国において,内科ストレート・インターン,内科レジデント研修を行っていた1970年代の前半には大規模スタディの結果が少しずつ発表されるころであった。当時はまだ,evidence based medicineの時代には至っていなかった。日本の医学教育を受けた者にとって,米国の教育様式は大変示唆に富んだものであった。そのなかの一つとして,午前中の教授・副教授の回診である。提示した症例の解説や今後の方針について,決していらいらせず丁寧に一緒に考えてくれたのが印象的であった。回診の終了時には,必ずその日のパールを述べてくれた。よい指導医ほどパールがよかったのを覚えている。パールとは提示症例に対する有用なサジェッションなどをいう。

 『内科診療シークレット』はまさに,パールを集めたものである。内科の各分野にわたって,整理されていて使用しやすくできている。このシークレットは自分の学んだことを整理していく過程で,有用である。症例を経験した後,テキストブックやレビューアーティクルによって学んだ後に,把握度を確認するのに用いることができる。また,質問形式になっているので,「よし,やってみるか」という心構えになり,プラス志向に働くのもよいと思う。ところどころに参考文献が入れてあるのも大変使いやすくなっている点である。

 ただ,総合診療・一般内科のセクションで,いわゆるエキスパートのシークレットが削除されたのは残念である。

 本書の原著である第4版の米国版が2005年に発刊され,2006年に日本語版第2版が出されることは,この「シークレット」の性格上,大変重要なことである。訳者と監訳者の努力に敬意を表する。次版の刊行にあたっては,どこが旧版に比較して変わったのか,新たなシークレットが加わったのか,わかるようにしていただけると,使用価値がさらに上がると考える。

 内科全般をさらに広く,もっと深く学びたい医師にとっては,常に携帯して,参考にするべき『内科診療シークレット』である。

B5変・頁684 定価7,980円(税5%込)MEDSi
http://www.medsi.co.jp/