【連載】はじめての救急研修One Minute Teaching! |
桝井 良裕・箕輪 良行・田中 拓 (聖マリアンナ医科大学・救急医学) |
[Case4] 失神で疑うのは不整脈だけ? |
(前回よりつづく)
この連載は…救急ローテーション中の研修医・河田君(25歳)の質問に救急科指導医・栗井先生(35歳)が答える「One Minute Teaching」を通じて,救急外来,ERで重症疾患を見落とさないためのポイントを学びます。
Key word
失神,下肢静脈瘤,SI QIII TIIIパターン,肺塞栓
「ゴールデンウィークに当直なんて……」とため息をつく1年目研修医の河田君のところに失神を主訴とする患者が訪れた。 72歳女性,身長140cm,体重75kg,BMIは38.2とかなりの肥満体型。息子の運転で遠出した帰り,渋滞に巻き込まれ,サービスエリアで休憩しようと車から降りたところで失神,直接来院した。失神はほんの数秒だった。 このような失神は初めてで現在は特に症状はないとのこと。普段から肥満によると思われる軽度の労作時呼吸困難はあるものの,動悸や脈不整,眼前暗黒感,頭痛などの自覚症状はない。既往歴も,数か月前に足がむくんで痛むため受診した整形外科で太りすぎと言われたくらいで,心疾患や不整脈を指摘されたこともない。身体診察でも胸部の聴診所見や神経学的所見も含めて特に異常はない。河田君は「帰りの渋滞でおしっこを我慢したことによる血管迷走神経反射かな?」と思いつつも一応心電図をとり,指導医の栗井に相談した。 |
■Guidance
河田 特に尿意を我慢していたわけではないとおっしゃっていますが,心電図でも不整脈はまったく認めませんし,頻度的に血管迷走神経反射かなと思うのですが。栗井 失神は救急外来で比較的多く遭遇する訴えだね。原因としては不明が最多で,次に不整脈,血管迷走神経反射……と続くから,血管迷走神経反射の可能性が高いのは確かだけど,何度も言っているように救急で大切なのは緊急度,重症度から見落としてはいけない疾患を除外することだよ。それにはどんなものがあるかな?(check point 1)
河田 えーと……ちょっとトイレ。
栗井 僕が難しい質問をすると必ず尿意を催すのはどうしてかな?
河田 トイレはくーそー(糞?空想?)をひねり出すところですから。
栗井 寒っ! 全然おもしろくないよ。それに空想だと困るな。明確な知識に裏打ちされた答えがほしいんだよ。
河田 自分ではおもしろいと思ったんですが……。そうですね,不整脈の他には脳血管疾患や大動脈弁狭窄,閉鎖不全が挙げられると思います。
栗井 考えれば出てくるじゃないの。でも頻度は低くても忘れてはいけない疾患が抜けているよ。失神前に悪心や嘔吐はあった?(check point 2)
河田 なかったようです。
栗井 僕は患者が太っていること,以前に足を痛がっていたこと,車の中にずっと座っていたことが気になるね。身体所見は? 足はしっかりみた?
河田 意識は清明,血圧170/80mmHg,脈拍114bpm,酸素飽和度95%,瞳孔は左右3mmで不同はなく対光反射も正常。明らかな麻痺はなく,その他の神経学的所見にも異常は認めませんでした。呼吸音も清明で心雑音もありません。足といえば両下肢に静脈瘤がありましたが,圧痛や発赤,腫脹は認めませんでした。
栗井 下肢に静脈瘤があるんだね。
河田 何だか栗井先生が言いたいことがわかってきた気がします。
栗井 そう。頻度は低いが肺塞栓は念頭におくべきだね。ところで心電図では不整脈はなかったということだけど他に所見はないの?(check point 3)
心電図を再度見直したところ,確かに不整脈は認めないものの1度の房室ブロックと,SI QIII TIIIパターンが認められた。
このため採血を提出し,胸部X線写真,肺の造影CTおよび下肢の超音波検査を施行したところ,D-dimerの上昇が認められ,胸部X線写真では右下肺野外側に扇状の浸潤影(Hampton's hump)があった。下肢の超音波では深部静脈血栓症が指摘され,CT上両側肺動脈起始部の巨大塞栓が認められたため,緊急入院となった。 |
Chek Point 1
「失神」の原因は多岐にわたるが,その頻度としては原因不明が41%と最も多く,次に不整脈19%,血管迷走神経反射15%,起立性低血圧10%,脳血管疾患2%,てんかん2%,低血糖2%,大動脈弁狭窄または閉鎖不全2%,精神科的失神0.7%と続く。この中で不整脈,脳血管疾患,てんかん,低血糖,大動脈弁疾患はもちろん見落としてはならないが,他に頻度はきわめて低いものの肺塞栓も鑑別すべき疾患に加えるべきである。肺塞栓で失神をきたすのは全体の10-15%と言われ,多くは労作性に生じ,心血管疾患による失神の特徴でもある。Chek Point 2
失神の前に悪心や嘔吐を伴わない場合,労作性に生じた場合は心血管疾患による失神を考慮する。また,45歳以上,心疾患の既往,慢性心不全の存在,駆出率30%未満,不整脈の既往,心室性期外収縮頻発,2秒以上の洞停止などがある場合突然死のリスクが高いとされる。Chek Point 3
失神患者を診察する場合,心電図のチェックは必須だが,単に不整脈の有無を確認するだけではなく,虚血性変化の有無,肺塞栓を示唆する変化の有無を見なければならない。肺塞栓では急性の右心負荷所見として,1度房室ブロック,肺性P波,右脚ブロック,SI QIII TIII パターンなどを認めるが,SI QIII TIII パターンが最も感度が高いとされる。不整脈による失神が強く疑われる場合,可能ならevent recorderの使用が望まれる。
Attention!
●頻度は低くとも失神の原因として肺塞栓を考慮する。 ●心電図ではSI QIII TIII パターンを見逃さない。 |
(次回につづく)