医学界新聞

 

カスガ先生 答えない
悩み相談室

〔連載〕  13

春日武彦◎解答(都立墨東病院精神科部長)


前回2686号

Q 外来通院中の患者さんの状態が悪化し,入院してきました。なぜ悪化したのかと担当医は首をひねっていましたが,結局,外来で処方された薬をきちんと飲んでいなかったことがわかりました。通院を中断したわけではなく,規則正しく通院し,「ちゃんと服薬しています」と毎回嘘を重ねてきたという心理が理解しかねます。医者を信頼しないのは本人の勝手ですが,そんな医者のところへ延々と通う神経が信じられません。

(研修医・♂・27歳・ローテート中)

患者さん「反抗期」

A たまには担当医のことを教祖様みたいに妄信する人もいますが,多くの患者さんは医者のことなんかせいぜい7割程度しか信じていないと見るべきでしょう。それよりはテレビの健康情報や聞きかじりのマスコミからの知識をよっぽど信用しているようです。だから薬は医者が金儲けのために「あえて多めに」出しているとか,不要な薬も在庫処分のために便乗処方しているのではないか――そんな程度の疑いをひそかに抱いている可能性は結構高いと思います。寂しい話ですよね。

 ただし,そんな疑いを持ちつつも,さらには「個人的には,こんな奴とは付き合いたくないなあ」などと思いつつも,やはりそれなりに頼ってくる(頼らざるを得ない)のが患者という立場であります。ある種のアンビバレンツが生じているほうが,よほど自然であり健全です。十全に信頼しているわけではないが,縁を切ってしまうほどには「ひどい医者」「いかがわしい医者」とは思っていない。あまりにも信頼を寄せられ,頼りきられるよりも,そんな淡い関係のほうが「まとも」です。そうでないと,縁談や人生相談まで持ち込まれかねません。些細なことで失望されたりしかねません。まあそういったウエットな関係性をもって「赤ひげ先生」とか「地域に密着した医療」と考える向きもありましょうが,そちらを志向するとしたら,まず自分のキャラクターが向いているかどうかを自己点検してみるべきでしょう。

 さて,外来へ通院するということには,たんに治療行為の反復といったことの他に,患者さんなりに自分の病気をいかに受け入れ付き合っていくのか,その方法を学んでいくプロセスであるといった意味合いがありましょう(ことに慢性疾患や経過の長い病気の場合)。プロセスの途中では,例えば医者のやり方を疑ってみたり,民間療法に惹かれてみたり,「クスリなんて飲まないほうがいいよ」といった周囲の無責任な助言に従ってみたり,まあそういった一連の試行錯誤を経るのです。患者という立場においても「成熟過程」が存在するわけですね。患者として成熟するということはそれだけ病気が治らないということであり,悲惨な話ではあります。だが,悲惨なればこそ,成熟した患者にならざるを得ないということです。

 したがって,治療関係をもっと長いスパンで眺める視点が必要でしょう。患者さんは熱心な信徒のように振る舞うわけではない,自己判断や失敗をも含めて成熟過程にある存在だと考えたい。こういった表現が適切かどうかわかりませんが,反抗期のないまま大人になった人間にロクな奴がいないようなものかもしれません。

次回につづく


春日武彦
1951年京都生まれ。日医大卒。産婦人科勤務の後,精神科医となり,精神保健福祉センター,都立松沢病院などを経て現職。『援助者必携 はじめての精神科』『病んだ家族,散乱した室内』(ともに医学書院)など著書多数。