医学界新聞

 

“Turning Science into Medicine”

米国DDW 2006(ロサンゼルス)開催


The Windy CityからThe City of Angelesへ

 昨年5月「風の街」シカゴ開催から1年。2006年5月20日から25日にかけて「天使の街」ロサンゼルス市のコンベンションセンターにて「米国消化器病週間」DDW2006が開催された。“Turning Science into Medicine”の共通ロゴのもと,米国消化器病学会(AGA),米国肝臓病学会(AASLD),米国消化器内視鏡学会(ASGE)および米国消化器外科学会(SSAT)の4学会が共催した。

 参加者は米国内からはもとより,南米,ヨーロッパ,アフリカ,アジアなど世界各地から,その数は約1万6000人に上った。1週間にわたるこの学会では約4200題のポスター,クリニカルシンポジウム(34題),トランスレーショナルシンポジウム(16題),リサーチシンポジウム(9題),ステートオブジアート講演(7題)など数百の口演・ポスター展示が行われ,臨床・研究・新しいテクノロジーなど消化器病学各領域における最新の進歩が,時には廊下にて講演に聞き入る聴衆を巻き込み,熱心に討議された。

ノーベル賞受賞者Marshall氏講演

 DDW 2006で最も注目を集めた講演の1つがノーベル賞受賞者Barry Marshall氏のベーシックサイエンスシンポジウムにおける「Establishing the link between Helicobacter(以下H.)pylori and human disease」の講演(写真1)。よく知られるように,Marshall氏(Western Australia大)は同僚医師Robin Warren氏とともに「胃炎・消化性潰瘍の原因がH.pylori感染にある」ことを発見し,従来の胃・十二指腸疾患理解を根本的に変更させたことで,昨2005年ノーベル賞(生理学・医学部門)を受賞している。

 満員の聴衆を前にした氏の講演は数々の興味深いエピソードも交えたものであった。すなわち,ノーベル賞受賞後わかったことであるが,ノーベル氏自身が胃・十二指腸潰瘍に起因する慢性の消化不良症候群であったこと,1984年に研修医であったMarshall氏自身が菌(後にH.pyloriと命名された)を飲んで実際に自分の胃に胃炎を生じさせたが,潰瘍および潰瘍周囲に菌の存在を観察したのは自分が最初ではなく,おそらくH.pyloriだったと思われる菌摂取の結果で発症した小児例をあのWilliam Oslerが経験し発表していること,菌の分離・培養にとどまらずH.pyloriと胃粘膜病変における実験・研究などでは日本人の学者を含む多くの研究者の業績がすでに存在していたこと(臨床的意義の過少評価はあったものの),などをスライド,写真,文献などを示しながら解説した。

 この「H.pylori-潰瘍」の因果説を発表するため氏が最初にある学会に抄録を提出したところ,「提出67題のうち56題のみが採択され,貴兄の発表は遺憾ながら断りたい」と学会主催者から演題不採択の手紙が届いたという。その手紙のスライドを示した後,研究のあり方,H.pyloriと胃癌発症の関連,今後の診断・治療の方向についても言及し講演を閉じた。なお,「消化器病学の基礎および臨床研究の発展に深甚な貢献を行った」研究者にAGAが3年おきに授与するWilliam Beaumont PrizeがMarshall氏に贈呈された。

肝炎の診断・治療が大きな話題に

 「ここ数年のDDWではB型肝炎,C型肝炎および肝癌の診断・治療の演題が増えている印象だ」と昨年のDDWに参加した日本人医師が指摘していたが,このDDW2006のAASLD関連の会場をみると,米国はこの領域で新たなチャレンジを進めているようだ。

 実際今回のDDWにおいては,「肝臓病学で重要かつしばしば論争的な診療上の問題を数多く取り上げた」とのAASLDの会長J.Vierling氏発言(記者会見)にもみられるように,オープニングシンポジウムはC型肝炎の治療オプションが選ばれた。これは,「確かにC型肝炎に対する治療薬が大きな効果を示してきた。しかし,一方,ウイルス因子,宿主因子,種々の治療因子などの差により治療抵抗性を示す多くの患者の存在があり,クリニカルシンポジウムなどでそれらの問題を討議することが喫緊の課題である」(同記者会見)ことに示されている。このシンポジウムでは,治療薬の種差による違い,維持療法のありかた(高用量も含めて),アルコールや薬物摂取患者への対応,などさまざまな観点から議論された。また新しい治療薬の開発・臨床試験の動向なども聴衆の熱い注目を浴びていた。

 関連するが,広大な展示会場の一角でHepatitis Foundationというボランティア団体がブースを構え,とくに青少年に対する教育・啓発(肝臓の役割,ウイルス感染からの身の守りかた,麻薬・tatoo・アルコール・無防備な性交などへの警鐘,ほか)を目的としたパンフレット配布などを行っていた。1960年代末から広がった麻薬濫用など米国社会が抱える社会的背景もAASLDのチャレンジの1つの要因になっているようである。

 内外の医師たちが指摘するように,この領域の研究・臨床については日本が先行している。臨床・研究をめぐる日米間の協力のみならず,上述の団体や患者組織との協力も含めた肝炎・肝癌撲滅の素地も将来生まれるかも知れない。

井上晴洋氏,矢野智則氏らCrystal Award受賞

 ASGEは本年のCrystal Award受賞者を発表。DDW期間中に盛大な授賞式が開かれた。まず,Rudolf V.Schindler賞にMichael B.Kimmey氏が,会長賞にNib Soehendra氏が輝いた。特筆すべきは,井上晴洋氏(昭和大横浜市北部病院消化器センター)が英国のAnthony Axon氏(世界内視鏡学会会長)らとともにHonorary Memberに推挙されたことである(日本人としては2人目)。消化器内視鏡の発展に寄与した功績を称えてこれまで世界から16人がこの名誉会員になっている。この賞を受賞した井上氏は「日本の内視鏡学全体の世界的貢献に対する評価の表れであり,個人としても大変名誉なこと」と受賞の喜びを語った(写真2)。また,矢野智則氏(自治医大消化器内科)は同施設の山本博徳氏らとともに開発・臨床応用しているダブルバルーン内視鏡にてAudiovisual Awardを受賞した。三氏はそれぞれライブ講演,受賞記念講演などを行い,聴衆に感銘を与えた。

 DDW本部(Aimee Frank氏)からの報告によれば,日本からの参加者は1000人を超えたという。また,菅野健太郎氏(自治医大消化器内科)他,関係者の尽力でAGA発行の「Gastroenterology」および「Clinical Gastroenterology and Hepatology」の日本語版レビュー誌が創刊され,本DDWのAGAブースなどでも紹介されていた。日米両国の消化器病関連医師の緊密な連携が,今後さらに進んでいくものと思われる。