医学界新聞

 

糖尿病治療の重要テーマが討論される

第49回日本糖尿病学会開催


 さる5月25-27日,東京国際フォーラム(千代田区)において,田嶼尚子会長(慈恵医大)のもと,第49回日本糖尿病学会が開催された。9600名の参加者と,1536題の一般演題を集めた今回は「グローバル化する糖尿病:アジアからの発信」をメインテーマとして,招待講演やInternational Sessionなど,海外からの演者を多く招き,国際色豊かな学術集会となった。本紙では,会長講演のほか,臨床的な課題をテーマとしたディベートセッションの模様を紹介する。


高木兼寛から受け継ぐ疫学研究の姿勢

 豊富な臨床経験を持ち,1型糖尿病についての疫学研究でも大きな成果を出してきた田嶼氏は,「臨床医にとっての糖尿病疫学」と題して会長講演を行った。

 田嶼氏ははじめに,1型糖尿病によって,30歳になる前に亡くなった担当患者の事例を紹介。人生半ばに失われる命を救いたいという思いを抱きつつ,80年にピッツバーグ大に留学。そこでの小児糖尿病サマーキャンプで,「糖尿病を持ちつつ生きていく」というモデルと出会い,また,疫学研究の基本的な考え方を学ぶに至った経緯を述べた。

 続いて田嶼氏は,慈恵医大病院の創設者である高木兼寛の事跡を紹介。当時,細菌によるものと考えられていた航海中の脚気について,栄養改善による予防法を提唱した高木は,軍艦「筑波」での航海実験を通してその有効性を知らしめた。田嶼氏は,高木の研究手法について,「対照群との比較がなされていない研究であるという批判があるかもしれないが,疫学的厳密性と,臨床的,人道的観点とのバランスが取れたものであり,誇りに感じている」と賞賛した。

「糖尿病で亡くなる人」を過去のものに

 ピッツバーグ大からの帰国後,田嶼氏は学んだ疫学的手法で日本における1型糖尿病医療を検証。その結果,欧米に比して発症あたりの死亡率が10倍近く高いという状況が明らかとなった。その後,インスリンの普及をはじめとして,多くの治療技術が開発される中で1型糖尿病治療は格段の進歩を見せているが,田嶼氏は,脚気で亡くなる人が今日ではいなくなったのと同じように,疫学研究の積み重ねによって,将来的には,糖尿病で亡くなるということ自体を過去のものにしていきたいと語り,講演をまとめた。

糖尿病治療のターゲットは?

 ディベートセッションでは,糖尿病治療における臨床的課題について,演者がそれぞれの立場で立論を行い,会場も交えた議論を行った。

 ディベートセッション「糖尿病における脂質異常のターゲットはLDLコレステロールか中性脂肪か」(座長=寺本民生氏・帝京大)では,LDLコレステロールと中性脂肪という,2型糖尿病に典型的な2つの脂質異常を取り上げ,治療上どちらをより重視するかが議論された。

 まず田中明氏(関東学院大)が,中性脂肪側に立って立論。初めに高LDLコレステロール血症のリスクは,small dense LDL血症のリスクを反映したものであり,高LDLコレステロール血症独自のリスクは存在しないと主張。また,検査測定法の問題点なども指摘したうえで,中性脂肪の増加に伴うsmall dense LDLの増加,高レムナント血症といった脂質異常こそが動脈硬化の直接的なリスクファクターと考えられると述べた。

 一方,LDLコレステロール側に立った平野勉氏(昭和大)は,UKPDS(United Kingdom Prospective Diabetes Study)など,高LDLコレステロール血症と動脈硬化の関連を明らかにした大規模研究を紹介。LDLコレステロールのリスクとともに,small dense LDLの重要性にも言及。LDLコレステロールを著明に低下させるスタチンが,同時にsmall dense LDLも低下させることを示し,LDLコレステロールをターゲットとした治療の有効性を強調した。

 座長の寺本氏からは,平野氏の立論に対し,「small dense LDLの増加は,一般に高中性脂肪症によるものとされている。だとすれば,中性脂肪をターゲットとしたほうがよいのでは」と指摘があった。平野氏は,small dense LDLの増加原因が必ずしも中性脂肪とは限らないことを指摘,また,中性脂肪はあくまで動脈硬化の遠因であり,それよりも「実行部隊」であるsmall dense LDLをターゲットとすることの有効性を強調した。

 これに対して田中氏は,主に中性脂肪を低下させるフィブラートによるリポタンパク異常の改善データを示し,反論した。

肥満+2型糖尿病患者へのインスリン導入の是非が議論に

 中間型や持効型など,インスリン製剤の開発・普及に伴って,インスリン導入についてはより柔軟な判断が可能となってきている。しかしながら,その中でも,肥満を伴う2型糖尿病へのインスリン投与については,「インスリン分泌能を保持している患者へのインスリン投与の妥当性」という観点から,議論が二分されている。

 ディベートセッション「肥満を伴う2型糖尿病に対する早期インスリン導入,是か否か?」(座長=難波光義氏・兵庫医大)では,早期のインスリン投与によって膵β細胞の疲弊を予防すべしとする「是」の立場に加来浩平氏(川崎医大),インスリン投与よりもインスリン抵抗性改善を優先させるべしとする「否」の立場に山内俊一氏(帝京大)が立ち,討論を交わした。

 「是」の立場に立った加来氏は,まず糖尿病治療の目標を(1)急性合併症を防ぎ,生命を守ること,(2)大小血管障害の発症・進展の阻止であると述べたうえで,インスリン強化療法が大小血管障害を防ぐことを示したDCCT(Diabetes Control and Complications Trial)などの大規模調査の結果を呈示。また,インスリン療法の内容については,厳格な血糖コントロールをめざすには基礎+追加インスリンを用いた強化インスリン療法が必要であることを強調した。

 これに対して「否」の立場に立った山内氏は,インスリン強化療法が必ずしも2型糖尿病の病態に合った治療法とは言えないと指摘。インスリン抵抗性が強い2型糖尿病へのインスリン投与はしばしばさらなる肥満と,高インスリン血症を招きやすいとし,インスリン療法の裏付けとなっている大規模調査についても,長期の治療成績については必ずしも保証できていないと主張した。また,インスリン療法の導入は,臨床的には医師・コメディカルの患者教育技能にかかっており,経口薬などに比べ,安定した治療に入るのに時間を要するため,さらなる肥満が懸念される症例では必ずしも推奨できないと述べた。