医学界新聞

 

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第86回

ピル(医療と性と政治)(17)
副作用(2)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2685号よりつづく

〈前回までのあらすじ:ピルの危険性が喧伝される中,1970年1月米上院の公聴会が開かれた〉

ピルより安全なIUD !?

 ピルの安全性についての上院公聴会で,「反ピル派」を代表する医学者として,冒頭に基調証言をしたのが,ジョンズ・ホプキンス大学助教授兼同付属病院家族計画クリニック科長のヒュー・デイビスだった。デイビスは,「危険性についての情報が非常に限定されていたにもかかわらず,これだけ強力な薬剤がこれだけ多数の患者に使用されたのは,歴史上初めて」と,安全性情報が乏しい下でのピル市販を非難したうえで,「ピルは,健康女性を対象とした巨大規模の人体実験」と断じた。さらに,デイビスは,ピルのような危険な避妊法を使用しなくとも,もっと安全な避妊法があると,IUD(子宮内避妊器具)の有効性と安全性を喧伝したのだった。

 デイビスの証言が「基調」となったこの公聴会,ピルの危険性について新たな事実が明らかになったわけではなかったが,メディアに大きく報道されたことで,米社会に,ピルの危険性を広く知らしめるという結果をもたらした。「Pill Kills!」などの扇情的な見出しが新聞の一面に踊るような事態に,ピルの使用者は激減した。そして,ピルの使用をやめた女性の多くが,代替の避妊法としてIUDを使用したのだが,全米にテレビ中継されたデイビスの公聴会での証言がIUDの宣伝に大きく役立ったことは疑いを入れない。

販促キャンペーンで売り上げトップに

 しかし,公聴会では明らかにされなかったが,デイビスは,当時,自らが,新型のIUD開発に深く関わっていた。この新規IUDは,公聴会の翌年,71年1月に,「ダルコン・シールド」の商品名で発売されるのだが,デイビスは,公聴会で証言した当時,すでにダルコン・シールドの製造販売を目的としたベンチャー企業「ダルコン社」を設立していたのだった(註1)。公聴会の半年後の70年7月,ダルコン社は,大手製薬企業,A・H・ロビンス社にダルコン・シールドの販売権を売却,デイビスは,売り上げに応じて特許料を得る契約を結ぶとともに,ロビンス社の社外コンサルタントに就任した。

 本格的市販に先立った70年2月,デイビスは,「ダルコン・シールドは安全なだけでなくピル並みの高い避妊率を有する」とする内容の論文を一流学術誌に発表した(註2)。ロビンス社は,販売権取得後,全企業をあげてダルコン・シールドの一大販促キャンペーンを展開したが,その一環として,デイビスの論文の別刷りを20万部作成,医師向けに配ったのだった。

 一方,ロビンス社は,消費者向けにも,ピルに代わる「有効かつ安全な避妊法」として,ダルコン・シールドの広告キャンペーンを展開,ダルコン・シールドは市販が開始されるや,すぐさま,IUD市場で売り上げトップの座を獲得したのだった。

危険を認識させた2つの事件

 しかし,デイビスやロビンス社の宣伝とは裏腹に,ダルコン・シールドが有効でも安全でもないことが明らかとなるのに時間はかからなかった。ロビンス社がダルコン・シールドの危険性を深刻に認識するようになったのは,市販開始から1年半が経った72年6月に,2つの事件が起こったことがきっかけだったと言われている。

 まず,第一の事件は,ユタ州のリンゼイ・カーティス医師がロビンス社を訪れ,「ダルコン・シールドのような危険なIUDは金輪際使わない」と宣言したことだった。カーティスは,ダルコン・シールドを挿入された25歳の女性がひと月後に妊娠したうえ,重篤な子宮内感染を併発するという「恐ろしい」症例を体験したのだが,この症例がカーティス自身の娘であったことから,わざわざロビンス社に乗り込み,その危険性について警告したのだった。

 さらに,カーティスが訪れた3日後,ロビンス社は,自社コンサルタントのサッド・アール医師から,ダルコン・シールドの危険性について注意を喚起する手紙を受け取った。アールは,デイビスと同じくダルコン社の創設者の一人であったし,自身もダルコン・シールドの有効性と安全性を示す論文を発表していたことでもわかるとおり,ダルコン・シールドの「もっとも強力な推奨者」とも言うべき立場に立つ医師だった。そのアールが,自らと周囲の医師が体験した症例に基づいて,「ダルコン・シールドを装着した女性が避妊に失敗する事例が多いだけでなく,重篤な子宮内感染を合併しやすい。妊娠がわかったら,すぐにダルコン・シールドを除去しなければいけない」と警告してきたのだった。

この項つづく

註1:公聴会でIUDの御利益を強調するデイビスに対し,上院議員の一人が,「IUD製造業者との商業的関わりの有無」を質問したが,デイビスは「商業的関わりは一切ない」と否認した。
註2:Davis HJ, The shield intrauterine device. A superior modern contraceptive. Am J Obstet Gynecol, 106巻,455-6頁(1970)