医学界新聞

 

NURSING LIBRARY 書評特集


患者の声を医療に生かす

大熊 由紀子・開原 成允・服部 洋一 編著

《評 者》岡谷 恵子(日本看護協会・専務理事)

率直,知的,誠実に語られた「患者の声」

 私はこの著書の元になった国際医療福祉大学大学院の公開講座を聴講生として受講した。受講を思い立ったのは「患者の声を医療に生かす」という講義のテーマに惹かれたからにほかならない。

 残念ながら,毎週木曜日の夕方に開講される講義には仕事が忙しくて2回しか出席できなかった。今あらためて本書を読んでみて,なぜ仕事をセーブして講義を優先しなかったのか悔やまれる。

「患者のために」のあやうさ
 実際に講義で病気の子どもを持つ親の方,難病の患者さん,医療事故で息子さんを亡くされた遺族の方の話を聞き,患者と医療者との間に横たわるコミュニケーションギャップの大きさと,それを乗り越えることの大変さと重要性にあらためて思い至った。

 われわれ看護師は看護教育においても,また実践現場でも,まず患者のニーズを知ること,患者の立場に立って考えること,患者の話を傾聴して気持ちを理解することが最も重要なことだと教えられる。

 しかし実際にはどうであろうか。「患者のために」と医療者が勝手に考えることが患者や家族に押し付けられていることが多いのではないだろうか。

 本書は,医療者と患者がどのように向き合っていくべきか,どう関係性を築いていくべきか,またそのためにはお互いにどうすればいいのかということについて,きわめて有効な示唆を与えてくれる。

非難するのではない立場
 本書で患者の声を発信してくれるのは,病を体験している患者自身,障害者,病気の子どもを抱える親,医療事故被害者の遺族など多様な立場の36人である。各人が語る内容はどれも,個別的で,説得力があり,当事者にしか語れない知識と情報に溢れ,それゆえに深く共感できるものである。

 語る内容は違ってもすべての人に共通しているのは,受けた医療の酷さやモラルに欠けた医療従事者をただ非難するのではなく,なんとかして医療を良くしよう,事故が二度と起こらないようにしようという切実な思いが根底にあるということである。

 自分が体験した悲しみや怒り,理不尽さといったことを,ネガティブな体験に終わらせるのではなく,医療を変える力にすることでみずからの体験の意味を見出そうとするしなやかで強い行動力に感嘆させられた。そして,良き医療をめざすために医療者との協働,パートナーシップを求めている。

 ここにきわめて率直に,知的に,誠実に語られた「患者の声」を集めた本書の新鮮さ,すばらしさがあると思う。

「協働」への希望
 立場の違うもの同士が立場を超えてわかりあうのは容易なことではない。しかし,「その人によかれと思ってかける言葉であればそれは必ず相手に伝わる」,「人間そのものを好きになってその方のことを全面的に見つめてサポートしていく,そういう気持ちがあればそれだけで十分」という患者さんの言葉には,人としての尊厳と優しさを感じる。

 患者や家族の声を医療に誠実に生かして,真の患者中心の医療を実現するために,多くの看護者にぜひ本書を読んでいただきたい。体験からしか学べない多くのことを知ることができ,想像力を広げることのできるすばらしい本である。

B5・頁200 定価1,890円(税5%込)医学書院


医療入門
よりよいコラボレーションのために

栗原 敏 監修

《評 者》草刈 淳子(前愛知県立看護大学学長)

職種間の相互理解から真の協働をめざす

 本書は,医学や看護といった医療分野の垣根を越えた医療全般に関する入門書である。この種の入門書は,これまで医学教育の中では「医学概論」あるいは「医療学序論」などとして,また看護学教育では「看護学総論」あるいは「看護学概論」として,それぞれ入学後の最初の段階で教えるものとして用いられてきた。

 本書のユニークなところは,その副題に「よりよいコラボレーションのために」とあるとおり,医師・看護師はもちろん,薬剤師,診療放射線技師,理学療法士,作業療法士,検査技師,栄養士など,医療に携わる多くの職種を対象に,「医療人」としての今日の医療における基本的なあり方・心得について書かれている点である。

 医療法が改正され,患者中心の「チーム医療」の実現に向け,徐々に個別的にはその実践がなされつつあるとはいえ,今までこうした横断的な共通の医療入門書がなかっただけに待望の書である。しかも,執筆者は皆,「病気を診ずして病人を診よ」「医師と看護婦は車の両輪である」という,今後も日本の医療理念であり続けるであろう歴史学的学訓を,既に125年も前から掲げていた同じ医科大学の関係者である。このような背景を持つ一つの教育組織体の方々によって書かれたというだけでなく,その組織を統括する現学長が自ら監修者となっておられることに,本書にかける関係者の熱い思いが感じられる。

協働の前提にある相互理解
 協働のためには,まずは相互の理解が必要である。そのため本書は,以下の全9章から構成されている。1.現代医療の現場,2.医療者の誕生とその養成課程,3.ライフサイクルと医学・医療,4.医学と看護学,5.医療を支えるさまざまな技術,6.医療倫理ケーススタディー,7.医療安全,8.社会と医療,9.生涯教育。

 医療現場で常に一緒に仕事をしているにもかかわらず,医療者は,それぞれの職種の最新の教育内容には,意外に疎いものである。本書には,各医療関係職の最新の教育カリキュラムや医療関係法が同時に掲載されている。これは,相互に各職種の機能を理解し,役割に応じた協働を進め,今日の医療が抱えるさまざまな課題を改善していくうえで,大いに役立つはずだ。医療関係法の一覧に各法律の制定年月日が示されていれば,医療関係職の発展過程をたどることができ,理解をさらに容易にしたことだろう。

 第33回日本医事法学会学術大会「いま,医行為を問い直す:静脈注射・気管内挿管・喀痰吸引」のシンポジウム(年報医事法学19, 2004)は,「新たな看護の見直し検討会」の最終報告を受けて行われた。そこで,ようやく戦後60年経った今日の医療の実態に合わせた法改正が必要なことが,法学者たちにも認識されたのである。教育の高度化により看護系大学が144になったとはいえ,看護職が現場でフラストレーションを募らせ,また困惑を感じてきている今,共通目標を示した本書の意義は大きい。

 東京慈恵会医科大学は,わが国の近代看護教育発祥の歴史を有し,戦後,日本の看護職の基礎を築いた初代厚生省看護課長保良せき女史の母校でもある。なればこそ,本書の出版を機に,医科大学附属病院の医療現場においても,この理念に基づいたコラボレーションの実践モデルを展開し,他の範となってほしいと願うものである。

B5・頁232 定価2,310円(税5%込)医学書院