医学界新聞

 

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オックスフォード大学医学部
エレクティブ体験記

中條 航(神戸大学医学部6年)


 さる2月11日から3月10日の4週間にかけて,英国オックスフォード大一般内科にてエレクティブを行う機会を得た。オックスフォード大でのエレクティブは日本人初(?)とのことなので,ここに短く感想を記したい。

EBM誕生の地へ

 1年生時に私は偶然このプログラムの存在をインターネット(URL=http://www.medsci.ox.ac.uk/study/electives)で知った。「学生の街」オックスフォードでの短期研修,SackettらによるEBM(Evidence-based Medicine)誕生の地,そして何よりも教育費・滞在費が無料!という点に惹かれた。競争率は10倍と高く,募集は実習開始時期の2年前に行われるため,4年生の夏に必要書類を提出,冬には決定の通知が幸運にも届いた。

 一般内科の実習はオックスフォード大医学部の教育病院であるジョン・ラドクリフ病院で行われた。私はファームと呼ばれるConsultant,Specialist registrar(SpR),Senior house officer(SHO),House officer(HO)からなる診療チームに配属され,日々の回診や教育回診,合同カンファレンス,さらには日直や宿直に参加した。ファームには同時にオックスフォードの4年生(臨床1年目に相当)が数名配属しており,回診の合間や午後には彼らとともに学生向けの講義やセミナーに参加した。われわれエレクティブに対し,特別にプログラムが組まれているわけではなく,個々人の積極性に完全に委ねられていた。

EBMショック-もう1つのEBM

 自分は,案の定,英語でつまずいた。スタッフの通常の会話は想像していた以上に速く,医学英語も頭の引き出しから的確に出てこない有様だった。「労作時AF(atrial fibrillation)に(ジ)ジョキ(シン)はあまり有効ではない。なぜか?」とSHOに聞かれ,私はどうしてもjoggingの姿しか思い描けず,ひたすら両手を振ってみせていた。また,弁膜症の原因でRheumatic feverと言うべきところを,思わずRheumatoid……と発語してしまい軽率な口を呪った。

 特に問題だったのは,患者さん-高齢者が圧倒的に多い-の英語が聞き取りづらく,実習をさらに困難なものにした。実習前に思い描いていた「EBMの現場での適用について議論したい」「Sackettらの教育はどのようにオックスフォードの研修医に還元されているのか見てみたい」といった願望は,もう1つのEBM-English-based Medicine-の前にもろくも潰えてしまった。

 miserableになりかけていた実習を救ってくれたのは,SpRのDawnやHOのAdamだった。マレーシア人のDawnは大学から英国で教育を受けており,特に発音の面で相当苦労したという。そのせいか,私がカンファや回診の後,茫然自失していると,わざわざ一緒に有意な所見を確認してくれたり,個人的に質問タイムをランチの後に設けてくれたりと,EBMショックでなかなか前に進めないでいる自分のことを絶えず気にかけてくれた。Adamは文字通り私の兄貴分として,英国研修医1年目の身を余すことなく示してくれた。ベッドサイドで必ず腰を下ろし,ジョークを交えながら患者とコミュニケートする姿は,文化的差異を超え共感させるものが十二分にあった。Consultant以外のスタッフは学生・患者さんも含めFirst Nameで呼び合うことが習慣になっており,それが診療チームとしての一体感,医療側と患者側との儀式ばらない関係に少なからず寄与していることを強く実感した。採血を何度も失敗する自分に,終始笑顔で励まし指導してくれた彼には,本当に感謝している。

 一般内科病棟でファームが担当する患者さんには,パーキンソン病,誤嚥性肺炎,尿路感染症,下痢症,リチウム中毒,周期性嘔吐,クモ膜下出血,脳腫瘍,胃癌,ACS(acute coronary syndrome),AF,認知症など多彩な疾患を,しかも複数抱えた方が多かった。

 実質的なチームリーダーである「一般内科」専門医のDawnの知識は広範であり,ある回診ではパーキンソン病の治療法のおさらいを行ったり,別の機会では喘息治療のガイドラインを確認したりと,一般内科の懐の深さに蒙を啓かれる場面が多々あった。Dawnから心電図の実践的な読み方を教わったのも忘れられない。A&E(Accident & Emergency Department:救急外来窓口)から搬送された患者さんの心電図を訥々ながらも解読できた時は,この実習はじめての“excellent!”をいただいた。

QOMLの考え方

 いま,英国の研修制度は激変の時期にある。昨年から初期対応にフォーカスを置いた新たな初期研修制度Foundation programmeが導入された1)。またconsultantにいたる専門研修制度も今後改革の対象になる予定である。専門志向の波も加速し,一般内科専門医も実際は他の専門医資格(例えば呼吸器内科や腎臓内科)を同時に持つ割合が高いという。Adamに将来の希望を聞くと,「放射線科。IVR(interventional radiology)もやりたいし,何よりも自分の時間ができる。ゴルフしたいしね」。EU労働規定によって労働時間が厳密に規制され(HOですら毎夕6時には帰らなければならない!),年間休暇も5週間!あるという英国の研修医ですら,こう考えているのである。日本ではQOML(Quality of My Life)はなかなか表立った議論になりにくいが,ここ英国では当然要求すべき議題として存在しているのだった。

 長期の海外滞在経験のなかった自分には,このエレクティブ期間は多くの人々と知り合うことのできた,人生でも稀有の体験だった。エレクティブ仲間の大半はEUや米国から来ており,英語は堪能,英国の後はアフリカや南米で研修を続けるという具合に,行動力に富んでいた。親しくなったオックスフォード大医学生は日本でエレクティブを行いたいと言いながらも,英国で流布している日本のパターナリズムのイメージ,受け入れ側の閉鎖性を難点として挙げていた。

 現地で活躍されている多くの日本人との出会いもあった。医師,弁護士,研究者,分野こそ違え彼・彼女らは異国の地で,悩みながらも自らの夢の実現に邁進していた。出会った多くの人々からのエネルギー,それに呼応するように芽生えた近い将来また外へ飛び出したいという思い。4週間という短い期間であったが,得たものは限りなく大きいと,いま,実感している。

参考文献
1) Stephan Sanders, et al: Oxford Handbook for the Foundation Programme. 1st edition, 2005


中條航さん
神戸大6年。京大文学部卒,阪大大学院医学系修士課程修了。2003年ISPOR(薬剤経済学およびアウトカム研究国際学会)ワシントン総会でBest Student Poster Presentationにノミネート。目下,勉強と長女(4か月)の世話との両立に励んでいる。好きな言葉は“unless you can doubt an entity, you can never be said to know it”(Wittgenstein)