第2681号 2006年5月1日


〔連載〕
感染症Up-to-date
ジュネーブの窓から

第8回 タイにおけるボツリヌス中毒集団発生

砂川富正(国立感染症研究所感染症情報センター)


前回よりつづく

 緊急の情報を伝える電話が鳴るのは決まって金曜日の午後である。例外は少ない。

 2006年3月17日金曜日の昼過ぎ,日本人の同僚からもたらされた情報を聞いて思わず筆者は気色ばんだ。「タイで100人を超すボツリヌス中毒患者が発生している。抗血清が必要な状況のようだが,保有している国は限られているので,国際的な援助が必要になりそう」という内容であった。ボツリヌス? 100人以上? 何かのイベントに関連する人々が被害にあったらしい。最も可能性が高いと考えられた食中毒の関係者,および化学物質中毒の関係者と情報のやり取りを行う一方,通常業務の癖で思わず関連情報をネット上で検索してしまう。数か国語の強力なサーチエンジンで情報を検索するのだが,その時点で情報は引っ掛かってこない。誤報なのか,いや,初期情報の内容は比較的詳細であり,その可能性は少ないだろう。事態は急を要する。再び関係者とのやり取りが続く。

 国際機関の常だが,時差を考慮しながらの情報収集および対応策の調整は容易ではない。今回の事例では特に,現地時間の未明から早朝にかけての対応を行った関係者があった。その連絡などを仲介する筆者は,まるで国際的な救急外来の受付係の1人のようである。結局,その日遅くまでに得られた情報としては,タイ北部ナン県において事例は実際に発生していること,患者は100人以上,2日前に開かれた地域のお祭りに参加した人々で,恐らくは自家製のタケノコ製品を食した人々において発生していること,曝露後6-12時間より嘔気・嘔吐,嚥下障害,眼瞼下垂,呼吸障害などを呈したことがわかった。症状はやはりボツリヌス症に一致する。その時点で約40人が入院を要していた。そして国際的な緊急対応第一弾として,イギリスから20人分ほどの抗血清が翌日タイに向けて発送する手はずが整えられることになった。

ボツリヌス中毒

 ここで,ボツリヌス中毒を振り返ってみる(主な参照元:財団法人日本中毒センターおよび国立感染症研究所感染症情報センター等)。ボツリヌス症は生きた菌を摂取して発症するのではなく,ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)が産生する毒素によって神経麻痺症状を呈する疾患である。毒素にはA-G型があり,ヒトの中毒はA,B,E,F型によって発生する。ボツリヌス菌は嫌気性菌で,土壌中に存在し,耐熱性芽胞を形成する。

 ボツリヌス症はいわゆる食中毒としての食餌性ボツリヌス症,乳児ボツリヌス症,創傷性ボツリヌス症等に分類される。食餌性ボツリヌス症(ボツリヌス菌食中毒)では,ボツリヌス菌の芽胞に汚染され,嫌気(低酸素)状態に保たれ菌が増殖して毒素を産生した保存食品が食中毒の原因となる。わが国では魚の発酵食品いずしや真空パック食品が,外国ではキャビア,野菜などの自家製びん詰め,加工肉食品などが原因食品として報告されてきた。国内では最も有名な食餌性ボツリヌス症事例は,1984年に86人が発症し11人の死者を出した辛子レンコン事件であろう。わが国では北日本を中心に土壌からE型菌が分離されており,A型菌も少数であるが分離されている(http://idsc.nih.go.jp/iasr/21/241/tpc241-j.html)。

 タイ北部では近年にもタケノコを原因食とした2つの食中毒事例があったようだ(J Med Assoc Thai. 2000 Sep;83(9):1021-5)。1例目は1997年の事例で,6人が発症し,うち1人が死亡している。2例目は1998年に今回と同じナン県で発生,13人が発症し,うち2人が死亡している。疫学調査により,ともに自家製タケノコ製品の喫食が有意に原因と見なされている。ナン県の事例においては,タケノコ製品の残品よりA型ボツリヌス毒素がELISAなどの検査で検出されたとの記載がある。土壌等に存在するボツリヌス菌(芽胞)が混入したタケノコが嫌気的条件下で保存されたために,菌増殖に伴い毒素が産生されたと考えるのが妥当であろう。

 ボツリヌス食中毒は発生件数が少ないが,毒性が高いために他の食中毒と異なり致死率が高い。バイオテロリズムにおいてはボツリヌス毒素をエアロゾル散布したり,食品へのボツリヌス菌混入を企図したりする場合が考えられる。メディアの情報によると,今回のタイの事例を受けて,米軍は一時的にかなりの警戒態勢を敷いたという。かつてオウム真理教の事件でも実際にボツリヌス毒素の空中散布が行われた例があることからも,一次情報のみが入った段階での,このような警戒態勢は当然だったであろう。ボツリヌス中毒に対する治療は抗毒素療法と対症療法である。ヒト-ヒト伝播はないため,患者管理には標準予防策が適用される。

タイ事例,その後の展開

 イギリスからの抗血清輸送後,米国およびカナダからも抗血清の支援が行われた。この頃になると,情報がメディア上にも踊るようになる。事例の原因は自家製のタケノコ・ピクルスと表現された。恐らくはタケノコの保存食品のようなものだろう。地域の祭りに供せられたものであったが,他地域・海外への流通はなかったらしい。テロの懸念を打ち消す情報とともに,この食品流通に関する情報は,国際社会にとって大きな安堵を与えるものであった。後は最終的な実地疫学および実験室的調査,そして何よりも患者対応である。

 3月20日の段階で,祭りに参加した170人のうち152人が入院,そのうち40人が呼吸器管理(死亡者なし)という状況が伝えられた。筆者の知りえる限りでは,本事例は近年最大のボツリヌス中毒事例であったと思われる。イギリス・米国・カナダより送られた抗血清はこの時点で使い切ってしまっていたようだ。日本からタイに対して,ボツリヌス抗毒素支援が行われたのはこのような状況下であった。3月22日,日本から届いた23ドーズの抗血清は,タイの人々から大きな感謝を持って受け入れられたと聞いている(http://www.who.int/csr/don/
2005_12_22/en/
)。この支援に当たっては,両国関係者・国際機関関係者による調整,国立感染症研究所の専門家によるコールド・チェーンへの助言や輸送等の現場対応など目に見えないところで多くの人々の努力と下支えがあったことが明記される。

 タイのメディアでは,この事例を通して国際的な薬剤供与に関する手続きが一般的に容易ではないことへの懸念が示された。計約100ドーズほどとはいえ,国際的な連携を通して抗血清を入手するのは実は大変なことだったのだ。新型インフルエンザなどの重大な感染症が発生した場合の必須薬剤の確保をどうするか。薬剤だけではない。人工呼吸器の確保も同様な問題として公衆衛生関係者の課題となったようである。わが国においてもタイ同様,今回の事例より,テロや重大感染症への対応などについて,示唆される点も少なくなかったのではないかと思われる。

 筆者は国際機関でPCのキーボードをたたきながらやや憂鬱である。また金曜日がやってくる。今度はどんな電話がかかってくるだろう。

つづく