医学界新聞

 

独創的な発想とエビデンスを両輪に

第106回日本外科学会開催


 第106回日本外科学会が幕内雅敏会長(東大)のもと,東京国際フォーラム(東京都千代田区)で3月29-31日に開催された。大会テーマは「新たなる発想からEvidenceへ」が掲げられ,多くの国際シンポジウム・ビデオセッションなどが組まれた。本紙では特別企画「日本の医療制度についての諸問題-現在の保険制度の功罪と将来への展望」とシンポジウム「外科領域におけるEBMに基づく診療ガイドラインの評価と展望」について取り上げる。


■技術の適正な評価と医療制度維持に向けて

 幕内会長は外科学を進歩させるために必要なものとして“独創的なアイデア”と“科学的客観性のあるエビデンスにまで高めていくたゆまぬ努力”の両輪を掲げた。そして氏が開発した下右肝静脈温存術などを例に挙げ,「開発した手法は,多くの医師に追試・実証されはじめて定着する」と大会テーマ“新たなる発想からEvidenceへ”の重要性を示した。

明確な診療報酬算定ルールを

 特別企画「日本の医療制度についての諸問題」(座長=東北大・田林晄一氏,癌研有明病院・山口俊晴氏)では,医療技術評価や診療報酬などの問題が取り上げられた。

 遠藤久夫氏(学習院大)は診療報酬制度について,診療報酬本体部分である人件費や資本費を賄うものとされる報酬について明確な価格算定のルールがないことを問題視。医療改革の「コストに基づく価格設定」をきちんと整備することが重要と指摘。また(1)医療サービスのコスト計算法,(2)技術を評価する場合,評価の対象をどうするか,(3)対象は標準的医療でなければならないが何が標準的医療についての合意が必ずしもない,など難しい課題をクリアする必要があると述べた。

 石原謙氏(愛媛大)は「先進諸国の医療費に対しGDP比・伸び率でみると,日本は高いものではない。さらにいえば出来高払い制であっても低く抑えられている」ことを指摘した。そしてWHOが日本の医療を2000年,2003年の報告書において賞賛していることを挙げ,「客観的な評価がしやすいマクロ指標では成功を収めているが,それは医療現場の週100時間を超える過剰労働などによって支えられている」と,医療従事者の労働環境改善を含め,低く抑えられている医療費を合理的な水準まで増額するように働きかける必要性を説いた。

外科技術の評価に向けて

 外科の医療技術評価と混合診療の問題点について山口氏は,(1)手術の技術度,(2)手術に参加する人数,(3)手術に要する時間,の3つの基本要素を基準に算出している外科系学会社会保険委員会連合(外保連)試案を紹介。試案と現状が乖離する部分も見られるが,人手不足や教育のために参加させている面も考慮しなければいけないと説明した。しかし科学的データに基づいて技術評価を行えるようになった点は大きな意義があると強調した。

 続いて登壇した名川弘一氏(東大)は,外保連試案によれば高度な技術を要する手術に対し診療報酬が低く設定され,術具などでコスト割れしていることを指摘。また外科領域は,術者の手術能力が重要な要素となるため医師個人の技術度の公開が求められる一方で,術式で統一された診療報酬の国民皆保険制度を維持しつつ,社会のニーズにどのように応えていくかが課題と述べた。

 最後に出月康夫氏(南千住病院)は「7-9割の公的病院が赤字となっていることは,診療報酬制度自体に過ちが内包している。そういった状況下で診療報酬の削減を続けている」とイギリス医療と同じ医療崩壊の道程を歩んでいると警鐘を鳴らした。さらに医療の現状を黙するのではなく,きちんと外に向けて説明し,行動を起こさなければならないと述べ,特別発言を締めくくった。

■日常診療に適したガイドラインの重要性

 シンポジウム「外科領域におけるEBMに基づく診療ガイドラインの評価と展望」(座長=帝京大・高田忠敬氏,東大・松山裕氏)では,冒頭,松山氏がシンポジウム開催にあたり,臨床家が本当に必要としている日常診療に用いられるガイドラインの作成方法,またその周知方法など,今後のガイドラインのあり方についての方向性を見いだしたいと語った。

 続いて,ガイドラインとスタンダードの違いを紹介。スタンダードとは“一定の水準を満たす診療で,医師として恥じることなく通常行われる診療”であり,医療制度や地域・時代により異なる。ガイドラインは“適切な診療を行う道筋を広く示したもの”であり,現在利用可能なエビデンスとエキスパートオピニオンによって作成されたもので,スタンダードを排除するものではないことを強調した。

 診療ガイドラインの意味について中山建夫氏(京大)は海外の例を挙げ,「指令(directive)は推奨(recommendation)よりも強く,推奨は指針(guidlines)よりも強い」ことを提示。さらにガイドラインがカバーする患者は60-95%に留まり,95%以上にはスタンダード,50%程度ではオプションを,患者に対して柔軟に用いることが必要で,すべてガイドラインに準じて診療するものではない,あくまで診療方針のひとつの指標であると語った。今後のガイドライン作成については,患者の視点を入れていくことも必要ではないかと付け加えた。

 吉田雅博氏(帝京大)は急性胆管炎・胆嚢炎において世界共通の診断基準や重症度判定基準・診療指針が存在しなかったことを踏まえ,世界基準を目標にした診療ガイドライン作成方法について説明。表記については,実際に使う臨床現場の利便を考慮し,クリニカルクエスチョンやフローチャートなど診療行為ごとに推奨治療を表記したことを強調した。

 今後はアンケート調査等で効果を判定し,ガイドラインの定期的な改定を行い,「世界基準として広く認知・普及させることで,効果的な治療・救命率向上につながるものにしたい」と期待を述べた。