医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評特集


イラスト&チャートでみる
急性中毒診療ハンドブック

相馬 一亥 監修
上條 吉人 執筆

《評 者》坂本 哲也(帝京大教授・救命救急センター長)

精神医学も含有した臨床重視の中毒症候学

 急性中毒の診療は,救急医療において大きな比重を占める分野の1つである。世界的な内科学書のバイブルである『ハリソン内科学』においても中毒および薬物過剰投与については多くのページが割かれており,『ワシントンマニュアル』の内科的救急疾患の中でも中毒の取り扱いが記載されている。これらに比べて,わが国の教科書には実際の現場で役立つ内容が不足していたことも事実である。

 急性中毒学は多岐にわたる知識を必要とする分野であり,内科学,救急医学,薬学,法医学そして公衆衛生学の専門家が協力して築き上げてきたともいえる。しかし,現在までに出版されてきた急性中毒の専門的な教科書やハンドブックは,ともすれば原因薬毒物とその治療法の羅列となってしまい,辞典としては優れていても臨床の現場においては,使い勝手の悪いものであった。急性中毒患者の多くは,救急外来における治療開始時には原因薬毒物の種類と量が不明であり,原因薬毒物がわかっていることが前提の教科書は役に立たないのである。臨床に必要とされるのは中毒症候学であると信じていた。

 今回,出版された『急性中毒診療ハンドブック』を読んでみて,今までの不満が一気に解消する印象を持った。著者の上條吉人医学博士は,精神医学を学んだ後に救命救急センターに勤務し,急性中毒を専門分野とする救急医となった異色の経歴を持つ医師である。著者の急性中毒へのアプローチが,単に薬毒物学としてだけでないのは当然として,臨床を重視した中毒症候学だけでもない。さらに薬物中毒を引き起こす精神医学を含有していて,まさに「物」ではなく「人」をみる視点となっていることに驚嘆した。いまだ,これほど精神科的背景と対処法に言及した中毒のテキストに接したことはなく,これこそ急性中毒診療に携わるすべての医師が待ち望んでいた書であると強く感じた。

 著者は精神科医と救急医であるだけでなく理学部で分析化学を学んだ化学者でもあり,科学的に根拠のない通説によるような治療は一刀両断に切って捨てている。著者とは,日本中毒学会などを通して15年以上にわたる付き合いがあるが,本書の中でも歯に衣着せぬ直言が多く語られているのには,著者の人柄がよく現れていると思われた。例えば,半減期が短い物質の血液浄化法を評して,「新幹線を自転車で追いかけるようなもの」などの表現は最たるものである。見やすいイラストやフローチャートと相まって,本書がすべての医療従事者に役立つことは疑いがない。

 急性中毒を扱う救急医の1人として,本書が多くの人の手に取られ,救命の助けになることを祈ります。

A5・頁368 定価3,990円(税5%込)医学書院


感染症外来の事件簿

岩田 健太郎 著

《評 者》五味 晴美(自治医大講師・感染制御部)

common diseasesを集約した感染症外来の実践書

 本書は,米国,英国,中国と多彩で国際的な診療経験,滞在経験を持つ精鋭のプライマリケア医であり,感染症科専門医である著者の良書である。外来での感染症診療の実践的書として非常に有意義であるといえる。

 著者は帰国後,国内では初,かつユニークで斬新な発想で,「総合診療部」と「感染症科診療」の統合をはかろうとしているが,その著者の試みも本書から垣間見ることができる。

 内容は,外来で遭遇する可能性の高いcommon diseasesに限定されている。外来という限られた時間内に,もっとも効率よく,そして,もれのないhistory takingの方法をわかりやすく解説し,必要な項目,physical examinationの重要性などを,一貫して強調している。この点は,現時点での「医学部教育」「卒後初期研修」でも欠落または不足している重要な点である。

 また,文体が誰でもが気軽に読めるように,軽いタッチで貫かれており,著者独特のトーンがおもしろい。時間のない研修医が,必要なところを,楽しみながら,かつ,重要なメッセージは明確に受け取るように,「簡潔なことば」で印象づけるように考慮されている。そして,人気の高い亀田総合病院に見学に行けなくても,著者のhands-on teaching(病棟での直接指導)を読書で体験できるように,学生,研修医との会話形式も取り入れられている。全文は移動時間など,細切れの数時間で完読できる長さと分量である点も,時間のない研修医,一般医などにとってはありがたい点であろう。

 全体を通して,それぞれの疾患における「宝石のような診療上のポイント」(clinical pearl)が散りばめられており,著者の実に鋭い臨床的な感覚が手に取るように伝わってくる。

 各章の合間に,コーヒーブレイク的に挿入されているコラムでは,著者による「臨床現場の改革の哲学」「国内の医療状況の問題点」なども紹介され,興味深い。

 一部「平易なメッセージ」を目指しすぎ,学問的に少し誤解が生じるのではないか,と思われる表現もあったが臨床的には問題にはならないと思われる。

 医学部3年生ぐらいから,臨床医,開業医まで,広く「感染症診療」「プライマリケア診療」の全体を眺め,習得するのに必読の書であり,評者も推奨したい。

A5・頁228 定価3,360円(税5%込)医学書院


基礎から学ぶ楽しい疫学
第2版

中村 好一 著

《評 者》児玉 和紀(放射線影響研究所主席研究員・疫学部長)

“難しい”先入観を一変
楽しむ疫学入門書

 中村教授の『基礎から学ぶ楽しい疫学』の第2版が出版された。初版と同様,疫学の初心者から中級者までがまさに楽しく学べる構成になっている。筆者も疫学の世界に身を投じて20数年になり,初心者からやや進歩したかなあといったところであるが,本書から学ぶところも実に多い。

 筆者はある大学の非常勤講師をしており,毎年15回の疫学の講義のほか,必要に応じて集中講義も行っているが,本書の初版は筆者の講義に大いに活用させていただいた。特に脚注のコメントは秀逸で,学生に疫学の魅力を伝えるのに非常に役立っている。おかげで,筆者が教えた学生たちは“疫学は計算式だけがやたら目立つ,とっつきにくい学問である”といった先入観から簡単に離脱し,“疫学は楽しい学問であり,人々の保健・医療・福祉に多大な貢献をしている基礎科学である”ことを理解してくれていると信じている。

 また,われわれが20年近く毎年開講してきている疫学の教育セミナー(日本循環器病予防セミナー)においても,本書は参考書として受講生に人気が高く,最近は受講生に課している演習である「疫学研究の企画案作成」においても,多くの受講生が本書を参考にして頑張っている姿が目立つようになっている。

 さて,疫学の世界で最近特に大きな問題となってきているものの1つは,言うまでもなく倫理問題である。この問題が非常に重要であることは誰もが認識していると思うが,内容を理解するのはなかなか楽ではない。筆者と同じように感じられている方も多いと思う。ところが,中村教授に法律の知識が豊富であることも関係してか,また日本疫学会で倫理問題を担当されていることもあってか,このなかなかわかりにくい問題が本書では実にスマートに解説されている。

 最近は倫理問題があまりに強調されるがために,疫学研究が行われにくい状況も生じてきている。今後,本書を参考に倫理的側面に十分配慮しながら,疫学研究を実施していきたいものである。

 最後に,本書の最終章は「疫学の社会への応用」になっている。筆者も疫学研究の結果が社会へ活用されることがないようでは,疫学研究をやる意味は少ないと強く思っている。この点に関しての中村教授の慧眼には,まさに敬服の至りである。本書で疫学の基礎を楽しく学び,そして社会への応用の重要性を理解し,疫学研究を人々の保健・医療・福祉により役立てられるように,そして疫学を志す人が1人でも多く現れることを心より願っている。

A5・頁248 定価3,150円(税5%込)医学書院


内科医の薬100
Minimum Requirement 第3版

北原 光夫,上野 文昭 編

《評 者》須藤 博(東海大学講師・総合内科学)

内科医をめざす人の道しるべとして

 北原光夫,上野文昭両先生の編集による「内科医の薬100」の改訂第3版が出版された。もし皆さんがまだ本書を手にしたことがなければ立ち読みでも結構,とりあえず第3版にも掲載されているので初版の序文だけでも一読されることをぜひお勧めする。

 かのシャーロック・ホームズの言葉が冒頭に引用され,次のような内容の一文が続く。

 「知識は多ければ多いほどよい。これは誤りである」「日常診療のために市販されている膨大な数の薬剤について十分な理解を持ち続けることは,ほとんど不可能である」「多忙な臨床医にとって限られた時間で個々の薬剤に精通するのにもっともよい方法は常用する薬剤の種類を制限することである」

 この序文に書かれているように「薬を100に絞り込む」ということは,内科診療はこれくらいがまずは十分であるということを示すことであり,同時に一般内科医としてこれくらいの薬剤に精通することが目標だということを示している。この基本コンセプトが本書のすべてと言ってよい。これは改訂を重ねても揺らぐことはない。

 本書の構成は単純明快である。各分野について代表的な薬剤が取り上げられ,冒頭にそれぞれの特徴が簡潔にまとめられている。次いで病態に応じた使い方,代謝・排泄,薬物相互作用,副作用と続き,同種薬剤についても触れられている。最後には標準的な一日量の薬価が記載されている。同種薬剤について言及はされているが,原則として同系統の薬剤の中ではどれか1種類に限定されている。なぜその薬剤を選択したのかについては,厳密な意味でのEvidence-basedではなく,エキスパート・オピニオンである。しかしそのほとんどは選択の根拠が明確に示されており十分に頷けるものである。また巻末にはP-drug(パーソナルドラッグ)についての解説が加えられた。

 筆者もかつてそうであったが,研修を始めて間もない若い医師は指導医から処方を指示される薬剤の多様さに,あるいは新しい薬剤の情報があふれていることに目もくらむ思いをしたことがあるはずである。そんな彼らに本書はよい道しるべになることであろう。本書は経験ある内科医から彼らへのメッセージであるとも言える。指導医として日々研修医と接している筆者にとっても,知っておくべき薬剤のミニマムを示すにあたって本書はとても参考になる一冊である。

 私事ではあるが本書の編者のお二人の先生方には,かつて研修医時代に大変お世話になった。筆者にとっては内科医としての最初のロールモデルである。「内科の薬は100も知っていればほとんどの診療はやっていける」という言葉は当時回診の時などに伺ったことがあり大変印象に残ったのを覚えている。本書は研修医にも,経験を積んだ専門医にも,あるいは内科を専門としない医師にも広くお勧めできる。本書を参考にして自分自身のリストを完成されるのがよいだろう。本書から学ぶべきは単に個々の薬剤についての知識だけではなく,その根底に流れる考え方にある。

 医聖Sir William Oslerの言葉に次のようなものがある。

 The young physician starts life with twenty drugs for each disease, and the old physician ends life with one drug for twenty diseases.

 100年前に内科医の神様が言ったことと本書に貫かれた精神とは本質的に同じである。

B6・頁304 定価3,990円(税5%込)医学書院


『やってみようよ!心エコー』
心エコーのナゾがみるみる解ける![DVD付]

小糸 仁史 著

《評 者》高階 經和(臨床心臓病学教育研究会理事長/高階国際クリニック院長)

わかりやすい原理解説
はじめの一歩から診断まで

 皆さんが高い山に登り大声を出してみると,自分の発した声が向かい側の山に当って山彦がはね返ってきます。「心エコー」がこの原理を応用して超音波により胸腔内にある心臓の形状や動きを探り,心臓病の診断に使われるようになったという歴史を知れば,なるほどと頷かされます。

 心エコーが臨床診断に応用されるようになって半世紀が過ぎ,今までに心エコー図に関する参考書を随分たくさん見てきました。しかし,読者の対象を内科専門医や循環器専門医においていることが多く,最初から心疾患の心エコー所見に関する理論的な説明から始まっているものが,ほとんどでした。そのため初心者にとって,心エコーを理解するにはハードルが高く,容易には習得できないものという印象を持っていたのではないでしょうか。

 今回,小糸仁史先生が『やってみようよ!心エコー』を出版される契機となったのは,私が2002年に『やってみようよ!心電図』という心電図のガイドブックを書き,ベストセラーとなったことでした。その結果,「心電図と同じように,初心者にとって難解と考えられている心エコー図をわかりやすく解説していただける著者を探してほしい」と依頼を受け,すぐに小糸先生のことが頭に浮かんだのでした。私は「ぜひ,初心者にもわかる心エコーの本を書いてください」とお願いをしました。

 今回,この本を手にして「これこそ私が望んでいた心エコーのガイドブックだ」と感じました。普段,何気なく日常生活の中で目にする食品や,金魚などを「超音波診断装置で撮ってみたら,どんな画像が得られるのか」という身近なものを例にとって,解説された小糸先生ならではの懇切丁寧なきめの細かさと,発想の豊かさに驚かされました。

 小糸先生は,関西医科大学を卒業後,米国マサチューセッツ州立大学医学部のセントヴィンセント病院で内科・心臓病部門フェローとして,世界的に有名なDr. Spodickのもとで,心エコー図の勉強をされました。その後,関西医科大学第二内科助教授となられ,現在,同大学男山病院内科部長として診療に当たられるとともに,後輩のため臨床教育に情熱を注いでおられます。

 本書は心エコーの画像が描かれる理由をわかりやすく説明し,心エコー図の基本画像の解説,そして実際に検査を行う手順に沿って読み進むうちに,いつのまにか心エコー図が身近なものになっていきます。そして最後に,日常よく遭遇する心疾患をクイズ形式で正常例と比較しながら解説していく,小糸先生の心憎いまでの気配りが随所に感じられました。また,小糸先生の解説によるDVDの出来ばえは見事の一語につきます。

 本書が若い研修医の方々をはじめ,医学生や検査技師あるいは看護師の方々,そして実地医家の方々にとっても,今まで見られなかった魅力ある心エコー図ガイドブックの必携書として愛読されることを願ってやみません。