医学界新聞

 

【新連載】

はじめての救急研修
One Minute Teaching!

箕輪 良行
桝井 良裕田中 拓
(聖マリアンナ医科大学・救急医学)

[Case1] 発症時間を覚えていますか?


この連載は…救急ローテーション中の研修医・河田君(25歳)の質問に救急科指導医・栗井先生(35歳)が答える「One Minute Teaching」を通じて,救急外来,ERで重症疾患を見落とさないためのポイントを学びます。


Key word
頭痛,発症時間,クモ膜下出血,頭部CTの診断能

Case
 ある土曜の休日外来,1年目の研修医河田君のところに頭痛患者が訪れた。

 47歳の男性,会社員。木曜日の朝,通勤途中の電車のなかで頭が「つん」と痛くなった。次の駅まで我慢しておりてベンチで30分ほど休んだところ,少し楽になったので出勤して仕事を続けた。ただ,その後もずっと首が重く,土曜日夕方に妻に話したところ,「H病院の休日診療でみてもらったら」と言われ受診。

 河田君が,病歴,身体診察をしたところ,患者はIT関連の仕事で「首がこる」のは「最近視力が低下したから」と説明。この間,吐き気,嘔吐,意識消失はなく,神経にも異常はなかった。河田君は眼性の頭痛である可能性が高いと考え,CT検査を行うことも考えたうえで指導医の栗井先生に相談した。

■Guidance

河田 仕事内容と病歴から,検査前確率は眼性の頭痛,緑内障あるいは眼精疲労が高いと予想しました。高血圧や頭蓋内疾患も否定できませんが……。

栗井 頭痛は救急外来にやってくる主訴のトップ10に入るような多い訴えだよね。アプローチの原則は病歴(check point1)だけれど,どれくらい情報集めたのかな?

河田 通勤中の突然発症で,随伴症状なし,高血圧の病歴があり,血圧は152/92,脈64で,項部硬直なし,複視なし。眼圧は触ってもよくわかりませんでした。

栗井 短時間のわりによく情報集めたね。後で一緒に診てみよう。

河田 では,次の一手はCTでいいですか?

栗井 ちょっと待った,だね。発症が突然の時は,その時間を覚えているかどうか(check point2)は聞いておいたほうがいいよ。眼を疑うなら河田君が挙げた仕事との関連やほかの眼症状だけでなく,症状の繰り返し,前駆症状のチェックは必須項目だよ。

Chek Point 1

「頭痛」の病歴
 頭痛には機能性と症候性があるが,前者が多いため,病歴チェックが重要である。病歴のポイントは,頭痛の始まり,時間経過,部位,痛みの性状,随伴症状,前駆症状,軽快増悪因子,既往歴,家族歴,生活歴である。

Chek Point 2

「症状が始まった時間」
 症状が始まった時間を特定できるのであれば,クモ膜下出血に伴う頭痛である可能性は高い。病歴聴取に際して感度,特異度の高い質問項目がいくつかあるが,クモ膜下出血の場合,「頭をガツンと叩かれたように痛い」などもその1つである。

Chek Point 3

Killer Diseaseを見落とすな!
 クモ膜下出血は人口10万対で10―20人程度,頭痛患者の1―2%と頻度は少ないが,救急外来で見落としてはいけない重症疾患である。比較的若年層の健康な人に多く発生し,死亡率が50%近くあり,生存例でも発症前の精神神経レベルに復帰するのが3分の1以下である。

 また,クモ膜下出血において意外と忘れられているのが,最新鋭の第3世代CTの感度でさえ,100%ではないということである。発症12時間以内でも感度は98%といわれ,発症から時間が経つとさらに感度は下がるとされている。

 Caseのように発症時間が特定できて,クモ膜下出血の事前確率が低くともどうしても否定できない場合には,髄液検査を実施すべきである。髄液検査はクモ膜下出血診断のゴールドスタンダードである。

Disposition
 河田君が発症時間を尋ねたところ,下車駅との関連もあり7時40分ごろときわめて正確に覚えていた。さらに,これまで同様の症状の繰り返しはなく初めてであり,家族歴もないことがわかった。栗井先生の指導のもと,眼圧も触診したが正常だった。また,現在痛みはなく,漸増することもなく,拍動性もないということだった。

 家族歴,症状の繰り返しや関連症候がないことから,症候性である眼疾患,副鼻腔,側頭動脈炎,耳疾患などは否定的と言える。また,機能性頭痛である偏頭痛,緊張性頭痛の特徴(拍動性,漸増)も見られなかった。これらに加え,発症時間が特定できる点から,河田君はクモ膜下出血と鑑別。頭部CTを撮影したが,そこにはクモ膜下出血の所見はなかった。

 しかし,栗井先生はクモ膜下出血の可能性は否定しきれないと判断(check point3),脳外科医にコンサルテーションし,腰椎穿刺を行った結果,軽度のキサントクロミー(黄色調)がみられた。

Attention!
●患者の思い当たりは大切な情報だが,まずは正統的なアプローチで攻めるべし!
●頭痛の正統的なアプローチは,機能性頭痛と症候性頭痛を丁寧に鑑別していく病歴聴取と身体診察を繰り返すこと!

 初期研修必修化により,すべての研修医が救急外来を経験することになった。はじめての救急外来では「軽症と判断して,緊急・重症疾患を見落とさない」が課題である。本連載は臨床研修経験目標である「経験すべき頻度の高い症状」を対象に,緊急・重症疾患を見落とさないためのレッスンを繰り返す。

次回につづく