医学界新聞

 

〔連載〕
感染症Up-to-date
ジュネーブの窓から

第7回 チクングンヤの流行爆発-インド洋の島々

砂川富正(国立感染症研究所感染症情報センター)


前回よりつづく

チクングンヤとは

 チクングンヤ(Chikungunya virus disease)という蚊によって媒介される病気をご存じだろうか。少々奇妙に響く,この「チクングンヤ」という言葉は,スワヒリ語で「前屈みになって歩く」,という意味である。患者が『イタイイタイ』と苦しみながら歩く様子が病名から伝わってくる。

 臨床症状はデング熱に近く,3-11日間の潜伏期間のあと,高熱に伴う手足首などの激しい関節痛が1週間以上続き,解熱後も数週間痛みが持続する。発疹やリンパ節腫大を認めることもあるが,不顕性感染も多く,死亡率は低い。病原体はチクングンヤウイルスで,媒介蚊はヤブカ(Aedes)である。アフリカを中心に発生するこの感染症は,インドなど南アジアにも侵淫しているという。現在までにワクチンおよび特異的な治療薬はない。チクングンヤの予防方法は唯一,蚊に刺されないようにすることである。

フランス領レユニオンで起こったこと

 マダガスカルの沖に浮かぶフランス領レユニオンでチクングンヤの爆発的な流行が知られるようになったのはここ数か月のことである。2005年3月末から2006年3月中旬に至るまでの間に,サーベイランスの報告数を基にした数理モデルの適用によると,20万4000人が感染した可能性があると推定されている。実に人口の4分の1ほどが感染したことを示す。報道などより注目されることは,直接または間接的に,チクングンヤに関連する死亡としてこれまで125人の報告がなされていることである(詳細は不明)。また,12-15人のチクングンヤウイルスによる髄膜脳炎の情報がある(6人は母子感染が強く疑われる新生児の例)。これらの15人の経過は順調だったといわれるが,チクングンヤの流行で髄膜脳炎や母子感染が報告されたのは初めてであった。

 レユニオン以外のインド洋の島々からも,観光地であるモーリシャスおよびセイシェルからそれぞれ数千人規模のチクングンヤ患者が報告されている。特にセイシェルでは2006年に入ってからの増加が著しいようだ。さらに2月末日までの報道によると,フランス本国や数か国においてもレユニオンに滞在したことのある者にチクングンヤ感染者が報告されているという。

現在の対応と流行から示唆されること

 WHOは現在の流行および対策の状況を評価するために,アフリカ地域事務局およびジュネーブ本部からチームの派遣を行った。その報告に基づき,現地では疫学的調査の強化,蚊への対策強化,マスメディアなどを利用した公衆衛生に関する広報等が広く行われている。フランスは本国から数百名の軍を中心とする防除チームや医療チームを派遣し,病気を媒介する蚊を駆除すること,患者の治療を行うことを主とした対策を実施中である。

 幸いにチクングンヤ自体は重篤な感染症ではなく,患者数の割にこの流行が国際的な問題として話題になることは少ない。しかし,この事例の情報を扱いながら,新興・再興感染症が短期間に巨大な災害として社会に襲いかかってくる,ありありとした姿の1つを見たような気がする。なぜこのような流行が発生したのか。その背景にはいろいろな要素があろう。現代にあってのヒトの移動に伴う病原体(医動物を含む)の速やかな移動,人口集団における免疫がない状態での感染症の爆発的な流行,都市地域での人口の密集,地球温暖化に伴う蚊の分布変化,そして蚊が増加しやすい地域環境の変化は,大きな要因の1つではないかと思えてならない。

 『ベクターコントロール』という言葉を何回聞いたことだろうか。チクングンヤやウエストナイル熱,デング熱など,多くの昆虫媒介性の感染症が拡大の様相を見せている。ボウフラ駆除のための社会動員を含めて,世界的にはこれらの疾患に対峙する多くの専門家が存在する。わが国の備えとして,媒介昆虫対策の専門家(昆虫学者など)の育成は十分か。いずれそれらの話題についても取り上げてみたい。

つづく