医学界新聞

 

研究から臨床へ-実用化への課題

第5回日本再生医療学会開催


 さる3月8-9日の両日,第5回日本再生医療学会が田中紀章会長(岡山大)のもと,岡山市の岡山コンベンションセンターにおいて開催された。再生医療研究が臨床応用へと着実に進む一方で,その安全性,倫理性に関する指針や法整備は遅れている。

 このことから開会式で田中会長は「われわれは今,1つの坂道にさしかかっている」と前置きし,患者の切実な願いに応えられるよう,学会としてヒトES細胞や臨床試験の問題に取り組んでいくことを表明した。


■安全・低侵襲な治療をめざして

 シンポジウム「再生医療-そのニーズを聴く」(座長=日本再生医療学会理事長・辻公美氏,物質・材料研究機構・立石哲也氏)では,すでに臨床応用が近い研究が報告されるとともに,それぞれの研究者が実用化への課題を述べた。

 現在,閉塞性動脈硬化症などの治療として血管の再生医療が研究されているが,その中でも森下竜一氏(阪大/アンジェスMG株式会社)のHGF遺伝子を用いた治療法は,すでに第3相まで治験が進んでいる。

 この治療法は血管新生因子HGFの遺伝子をプラスミドに組み込み,虚血部位周辺に注射,HGFを産生させることで血管を新生させる遺伝子治療である。氏は,HGFには強力な血管新生作用がある一方で,浮腫などの副作用も少なく安全性の高い治療法であることを強調。カテーテルを用いることで狭心症などの虚血性心疾患への応用も研究していることを明らかにした。

 吉里勝利氏(広島大)は,モデル動物としてのヒト肝細胞キメラマウスを紹介。脾臓からヒト肝細胞を移植されたこのマウスは,最高で肝臓の95%以上がヒト肝細胞に置換され,移植された肝細胞は正常ヒト肝細胞と同じ性質を持つ。炎症は起こらないものの,B型,C型肝炎ウイルスに感染することから,抗ウイルス薬開発のモデルマウスになる可能性が示唆された。

 上田実氏(東大医科研,名大)は,歯科領域における再生医療として,骨髄液から培養した人工歯槽骨を紹介した。歯槽骨はインプラント手術の際に土台となるため,これが歯槽膿漏などで損なわれると手術自体が難しくなる。氏の手法では歯槽骨の成長する空間をバルーンで確保した後,そこに注射器で細胞を注入するため,非常に低侵襲な治療が実現されている。

細胞シート工学の可能性

 培養細胞を用いた再生医療では人工的に作られた構造体を足場とすることが多いが,岡野光夫氏(東女医大先端生命研)は「足場を使わないティッシュエンジニアリング」として細胞シート工学を研究している。

 細胞を酵素処理せずに培養シャーレから剥がすことで,シート状になった一層の細胞が得られる。この細胞シートを3枚ほど重ねて生体に移植すると生体側から血管が伸長してくるため,これを繰り返すことで血管を持った組織を構築することもできる。さまざまな応用が考えられるが,すでに人工角膜や外科手術での切除部にあてるパッチとして応用されているという。

 最後に登壇した三宅淳氏(産業技術総合研)は「再生医療の社会的展望と産業化」と題し,再生医療の実用化が強く求められている一方で,要求される安全性のハードルがきわめて高いことを指摘。

 「製造業では製品にトラブルが起こる可能性を100万分の1に抑えることは困難だが,再生医療ではそれくらいのレベルが求められているのではないか」と安全性の基準をクリアすることの難しさを述べた。

 口演後,岡野氏は「日本はこれまで医工連携としつつも,実際には医学は医学,工学は工学で,互いにフィードバックすることなく研究を進めてきた」と発言。これに問題意識を持つ研究者が増えてきたものの,国の体制は変わっていないことから,十分な話し合いが必要であるとした。

 また,上田氏は「再生医療の実用化について,規制を恐れて研究者の側が必要以上に萎縮していた面もある」と指摘。現状の中で,患者のために何ができるかを考えていくことが重要であるとした。

■ヒト胚,ES細胞をめぐる生命倫理

 再生医療の普及には,技術の向上だけでなく倫理的,社会的な認知が不可欠となる。シンポジウム「究極の医療資源,ヒト組織・細胞に関わる倫理・社会問題」(座長=岡山大・許南浩氏,粟屋剛氏)では倫理学や社会学の視点で議論がなされた。

 ヒト胚の取り扱いについては,生命倫理専門調査会が検討を続け,2004年6月に多数決によって最終報告書がまとめられた。全会一致でなく多数決で決定されたことには批判もあるが,塚田敬義氏(岐阜大)は「対話は重要だが,対話の継続だけでは生命倫理の問題は解決しない」として,ヒト胚を用いた研究の有用性から,早期に方向性が示されるべきであったと評価。学問としての生命倫理と政策決定の際の生命倫理はまったく同一ではなく,再生医療の実用化において,この違いが浮き彫りになったと指摘した。

 また,石井康彦氏(文科省)は「ヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針」について,人クローン胚研究利用作業部会において実際の研究利用を前提とした検討が進められていることを報告。韓国の生命倫理委員会の中間報告書も参考に,研究員からの卵子の提供や卵子提供に伴う金銭の支給といった問題点についても検討することを述べた。

社会への情報公開のあり方

 一方で,社会に対するアプローチとしては,林真理氏(工学院大)が科学技術に対する市民参加について口演。倫理問題についての議論には多様な意見が十分に集約されていることが必要であり,「知る,見る,発言する,議論する」の過程からなる市民参加を提案した。また,これに関係して,増井徹氏(医薬基盤研)は,研究者が社会に対して科学技術を情報公開する際,ただ単に情報を発信するのではなく,同時に専門家としての考えを提示する,「見せる側の準備」も必要であると強調した。

 座長の粟屋氏はシンポジウムのまとめとして,ヒトES細胞の研究利用の倫理的位置づけについて口演。ヒトES細胞は尊厳ある人間由来であることから,その取り扱いには倫理的な配慮がなされるべきであり,研究目的での利用については「“正当・不当”に二分できるものではなく,その医療・福祉への寄与から『倫理的に容認されうる』ものである」と評価した。