医学界新聞

 

【視点】

がんセルフヘルプ・グループによるケアリング

大賀由花(兵庫県立大学大学院(精神看護学専攻))


 2005年11月20-21日,和歌山県の白浜温泉に全国から100名のがん体験者が集まり,「1・2の3で温泉に入る会」の第5回全国温泉大会が開かれた。この会は,乳がんを体験した評論家の俵萠子氏が,同じ病いの体験者から「温泉に入れない」と相談されたことから始まった。今まで普通にできていたことができなくなる――これが「病いの体験」である。がんセルフヘルプ・グループは,この喪失体験を回復へと導く役割を担う。「温泉に入ることを諦めていませんか」「誇りを持って堂々と温泉に入りましょう」と全国のがん体験者に呼びかける。

 白浜温泉に着くと,実行委員の方から「今年もまたお会いできましたね!」と輝くような笑顔でピンクのタオルを受け取った。「今日,この出会い」をお互いに喜ぶ嬉しい瞬間だ。

 その後の講演会では,俵氏が「この会が優しさからスタートしたことを忘れないでほしい」と訴えた。会の発足当時から現在までを振り返り,仲間の死や運営上の問題を抱えながら,「分かち合い,励ましあい,学びあいができる会」に成長してきたことを会員とともに喜んだ。

 夕方の宴会では会員有志による「マツケンサンバ」が披露され,会場全体がリズムで満たされた。その後皆で温泉に「ドボン!」。先輩会員が新しく入会した会員に教えたことは,ピンクのタオルを肩にかけさりげなく片方の胸を隠すこと。エキスパートのがん体験者がもつ実践知である。がん体験を内在化し経験として生かすことが,他者を援助することとして体現されていた。私も同様にさりげなく隠し,一緒に温泉に入る貴重な機会を得た。湯けむりの中の交歓は心も身体もリラックスし,その夜の体験者同士の語らいも弾んだ。語りに聞き入ると胸が熱くなり,エネルギーが満ちる。がん体験者が同じ体験をした他者を思いやる力が,自己を大切にする力へと転換し,その場が優しく温かい空気で満たされた。これが,がんセルフヘルプ・グループによるケアリングである。少しの勇気と背中を押してくれる仲間から得られる温かさが,がん体験者の回復を促進する。

 温泉に入ることは,単なる楽しみや癒しだけではない。他者を通して新しい自己と向き合うことである。この会の活動は認知行動療法であり,心理社会的なリハビリテーションであると考える。今後も賛助会員として会を支援し,がんセルフヘルプ・グループによるケアリングを医療者と関係者に伝えたい。


略歴/1988年川崎医療短大卒。川崎医大病院,倉敷中央病院に勤務。2003年,乳がん患者会の手記「病気がくれた贈り物」に出会い,「1・2の3で温泉に入る会」の賛助会員として活動を始める。05年川崎医療福祉大大学院修士課程修了。現在,兵庫県立大大学院看護学研究科精神看護学(リエゾン精神看護)専攻。