医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評特集


慢性うつ病の精神療法 CBASPの理論と技法

古川 壽亮,大野 裕,岡本 泰昌,鈴木 伸一 監訳

《評 者》野村 総一郎(防衛医大教授・精神科学)

実践に即した技法を集録
本格的CBASPテキスト

 昨今,「うつ病は心の風邪」という表現に象徴されるように,うつ病を広く軽く捉えようとする傾向が見られるが,実態はそのように簡単なものではなく,かなりの例が慢性化することは臨床家なら誰でも感じているところである。しかし,この問題に焦点を当てた精神療法は十分に研究されていなかった。本書は,慢性うつ病に正面から向き合った精神療法として最近注目されるCBASP(cognitive behavioral analysis system of psychotherapy:認知行動分析システム精神療法)についての初めての本格的テキストである。

 CBASPは本書の著者McCullough博士により1980年ごろから徐々に形作られてきたが,わが国ではほとんど知られていない存在であり,まずCBASPとは何かを大掴みしたいと誰しも思うであろう。しかし本書は啓発的読み物の体裁をとってはおらず,むしろ実践マニュアルに近い形式となっており,行きつ戻りつ進められる技法の有様は具体的ではあるものの,本書を通じてCBASPの全体像を掴むのにはやや苦労する。本書をじっくり何回も読んでうっすらと輪郭を掴み,実践を積んで理解することが要求される。その点では,なかなかハードで本格的な入門書である。

 特に重要なのは,第3章「慢性うつ病の精神病理を理解する」であろう。ここでは「慢性うつ病は対人関係性―社会性発達の障害である」と規定され,「共感的に他者と関わる方法を学ぶことがCBASPの主なゴール」と述べられている。これは「他者配慮的で几帳面」というわが国の伝統的うつ病観の修正を(こと慢性うつ病に関しては)迫る考えである。さらに慢性うつ病では「思考過程が他人の論理的思考に影響されず,自己中心的で,言語交流は独白的で,対人交流に心から共感する能力がもてず,ストレス下で感情コントロールができない」との指摘が続くが,これは評者が日頃の難治性うつ病の治療で感じていることとまさに一致した実感であり,「我が意を得たり」の思いがした。問題はこれらをどう修正するかであるが,それこそCBASPの技法論である。

 本書第2部でその技法について述べられるが,中心となるのは「状況分析」である。これはある出来事を取り上げ,「それをどう考え,どうしたら,どんな結果が得られたか,どんな結果を望んだのか」を分析する。次に不適応的な考え方,行動の修正を行わせる作業を繰り返す。さらに将来起こりそうな出来事についての状況分析も行う。状況分析は繰り返し日常的に行うことにより学習すべきものであり,それを実行したかどうかは評価用紙により,点数化され,常にモニターすることが推奨される。CBASPのもう1つの大きな特徴は,行動修正のために治療者との関係を利用することである。慢性うつ病者は特に重要な他者との対人関係において,ホットスポットと呼ばれる問題パターンを繰り返す傾向があり,治療者との関係でもこれが出てくる。これを見定め,行動の修正を行う。これは精神分析の転移の考え方に近い部分である。

 以上,CBASPは認知療法,行動療法,対人関係療法,精神分析療法を取り入れた折衷的なもののように思える。本書はまさにCBASPの技法満載であり,ここで紹介した他にも多くの技法があり,また治療者への注意点,実践時のコツ,技法で用いるチェックシートなども附属している。翻訳は,新たな技法だけにあまり聞きなれない用語なども多く,かなりの苦労が感じられるが,今後これらの訳語も標準的なものとして用いられると思われる安心感がある。慢性うつ病が問題となるわが国の現状にあって,タイミングよく出版された意義の大きい好著であることは間違いない。

A5・頁360 定価5,775円(税5%込)医学書院


イラストレイテッド 腹腔鏡下胃切除術

「がんにおける体腔鏡手術の適応拡大に関する研究」班,腹腔鏡下胃切除術研究会 編

《評 者》笹子 三津留(国立がんセンター中央病院部長・外科)

“安全な手術”を重視した腹腔鏡下胃切除の手術書

 多数の専門家による腹腔鏡を用いた胃手術の網羅的な技術書が刊行された。厚生労働省がん研究助成金「がんにおける体腔鏡手術の適応拡大に関する研究」班と腹腔鏡下胃切除術研究会の共同編著で,多数の専門家が互いの経験,英知を結集し,すり合わせて,学ぶ人たちに何を伝えるべきかを十分検討して作られた力作である。

 胃の楔状切除からリンパ節郭清を伴う胃全摘,さらには再建法までを広くカバーし,共通の基本手技から個々の術式特有のコツに至るまで,詳細に書かれている。各章は3名の施設の異なる外科医が共著として作成している。実際,このような技術書を記す場合,1つの手技でも複数の方法論や用いる道具の選択の可能性があり,1つに統一することは難しい。本書では,推奨できる方法や道具が複数存在する場合には両者が記載され,各々のコツや特徴,特有の注意事項が記載されている。複数の共著者が納得して,まとめられたものである。したがって,内容に間違いがなく,独りよがりや言い過ぎがないかなどは十分チェックされ,みんなが共通に認識しているコツや注意事項が記されていることになる。読者はいずれの方法,いずれの道具を使用するにしても,本書に沿って行えばよいことになる。

 著者の方々には,腹腔鏡手術の専門家として他の鏡視下手術を多数手がけた後に胃切除の領域に入ってきた方と,元々胃癌手術の専門家として豊富な経験を有し,その後に腹腔鏡下胃切除に取り組んだ方が混在している。ことに胃癌に対する腹腔鏡下胃切除の世界は,当初きわめてマニアックな世界という認識で,少人数のエキスパートがお互いを刺激しながら,切磋琢磨した世界である。互いに幾度となく手術を見せ合い,手技を盗み合った仲である。今,その手技はほぼ確立された域に達しており,本書はこういう人たちのグループだからこそ,なしえた著作と言える。

 全編を通して1人のイラストレーターが図を描いているようで,これほど多くの図が含まれるにもかかわらず大変見やすい。各章には的確にまとめられた「要点」と大切な注意事項を簡潔に指摘した「one point」が付いていて,読者に優しい。本書はともかく安全な手術の実施に最大のポイントを置いて記されており,術中偶発症や術後合併症の予防と対策も再度まとめて記された章を用意している。本書を見れば,誰でも腹腔鏡下の胃切除を安全に行える……,と言うわけにはいかないが,経験を積んでいくうえで,きわめて有用な助けとなるであろう。

A4・頁120 定価6,300円(税5%込)医学書院