医学界新聞

 

【印象記】

第5回安全性薬理学会に参加して

杉山 篤(山梨大学大学院医学工学総合研究部助教授)


 私はこのほど「財団法人金原一郎記念医学医療振興財団」より第19回研究交流助成金の助成をいただき,2005年9月27-29日,ドイツのマンハイムで開催された第5回安全性薬理学会(Safety Pharmacology Society 5th Annual Meeting)に参加する機会を得ました。この学会は「薬物誘発性QT延長症候群」の研究者が世界中から集う学術集会です。今回,われわれの施設からは参加中最大数の8演題が採択され,発表に加えて多くの専門家と意見交換する機会も得ることができました。

 ロマンティック街道と並んで人気の高い古城街道は,ここマンハイムから東はチェコの首都プラハにまでつながる約1000キロの観光街道です。西の出発点であるマンハイムは,ネッカー川がライン河に注ぎ込む水運の要衝にあります。8世紀頃にはすでに集落があり,766年のロルシュ修道院の記録に「マネンハイム」として登場しています。

今学会のトピックス

 特定の患者に稀にしか起こらない「薬物誘発性QT延長症候群」の発生を,正常動物を用いた従来の非臨床試験の結果から予知することは困難でした。その結果,催不整脈作用を有する薬物が臨床の現場で感受性を有する患者に処方されることになり,不整脈死という最悪の事態が世界中で多発しました。

 このような「薬物誘発性QT延長症候群」の発生に伴う心事故を回避するため,日米欧3極で構成される医薬品規制調和国際会議(International Conference on Harmonization: ICH)ではS7B(重大な不整脈発現を予測するための安全性薬理非臨床試験)およびE14(QT延長および重篤な不整脈の発生を予測するための臨床試験)ガイドラインを2005年5月にステップ4として調印し,非臨床試験の役割を明確に記載しました。

 これは(1)ヒトに被験薬を初めて投与する前に,S7B試験の実施を考慮すること,(2)綿密な(Thorough)QT/QTc試験(ThQT)が陰性であっても,S7BにおけるhERG試験およびin vivo試験が強陽性の場合は,そのメカニズムを説明しなければならないこと,(3)S7B試験および初期臨床試験の成績に基づいてThQT試験が縮小できること,などが盛り込まれました。

 今学会では,非臨床試験における薬物によるQT延長作用の評価法の中で,in vitro実験として主にhERG試験およびAPDアッセイ,in vivo実験としてはサルやイヌを用いた無麻酔テレメトリーモデル,モルモットやイヌを用いた麻酔モデルによる試験,さらに最近,特に話題となっているカールソンモデルや慢性房室ブロックモデルを用いた催不整脈作用検出試験など,各試験の最新情報が紹介されました。

 新しいガイドラインに基づいて今後どのように薬物によるQT延長症候群を回避するべきかに関する検討が熱心に行われました。以下に今回の学会でわれわれの施設から発表した話題を紹介します。

新しい薬物の催不整脈作用を予測する指標

 薬物の催不整脈作用を予測する際,薬物によるQT延長作用の評価に加えて心筋再分極時間の空間的ばらつきの変化が検討されてきました。最近では,心筋再分極時間の時間的ばらつきの増大も薬物による催不整脈の危険因子として注目されています。

 催不整脈モデルとしての有用性が確認されている慢性房室ブロック犬を用いて,QT延長薬テルフェナジン(H1遮断薬)を投与した際のtorsades de pointes(TdP)誘発作用と時間的ばらつきの指標である心筋再分極時間との関係を評価しました。完全房室ブロックから2週目では,テルフェナジンによるQT延長およびTdP発生は認められず,short-term variabilityとlong-term variabilityも変化しませんでした。

 一方,完全房室ブロックから4-6週目では,テルフェナジンにより有意なQT延長が認められ,6例中5例にTdPが出現し,その後心室細動に移行して死亡しました。この時,short-term variabilityとlong-term variabilityは有意に増大(それぞれ+2.0 ms,+2.2 ms)したにもかかわらず,TdPが出現しなかった個体におけるlong-term variabilityの変化は最も小さい値(+0.3 ms)でした。

 以上より,慢性房室ブロック犬モデルにおける心筋再分極時間は,薬物の催不整脈作用を予測する指標として有用であると考えられました。

アミオダロンの抗心房細動作用と心室性不整脈誘発作用

 アミオダロンの慢性投与による抗心房細動作用と心室性不整脈誘発作用を慢性房室ブロック犬心房細動モデルで同時に評価しました。カテーテルアブレーション法によりビーグル犬の房室結節を焼灼し,心室補充調律が30-40 bpmの完全房室ブロック犬を作製。心房細動は右心房を刺激間隔60ms,出力60 Vで10秒間電気刺激することにより誘発。刺激を各測定点で10回繰り返し誘発率,平均持続時間を計算しました。

 完全房室ブロック作製4週以降にアミオダロンを4週間連日経口投与することにより(200 mg/body 1週間→100 mg/body 3週間)(n=5),慢性効果を評価しました。心房拍動数,平均血圧,心房間伝導時間,心房有効不応期,心房細動誘発率,心房細動持続時間を評価しました。ホルター心電図を用いて不整脈の誘発作用を評価しました。アミオダロンの慢性投与は心房細動および心室性不整脈の両方を抑制したので,従来のQT延長薬とは異なる薬理学的機序を有していることが証明されました。

K+チャネル抑制作用を適切に反映するQT間隔補正式

 モルモットを用いた薬物評価におけるQT間隔補正式(Bazett,Fridericia,Van de WaterおよびMatsunagaの式)の有用性を評価しました。モルモットを1%ハロセンで麻酔し,体表面心電図を記録しました(n=6)。心室筋再分極相終末部を高精度で評価するため,開胸下で左心室心外膜より単相性活動電位(MAP)を記録し,洞調律および心室筋電気刺激(400ms間隔)の両条件下でMAP持続時間を測定〔それぞれMAP90およびMAP90(CL400)〕。これら指標に対する遅延整流Kチャネル阻害薬d-sotalol(0.3および3mg/kg,i.v.)の作用を評価。各補正式におけるQTにMAP90を代入することで補正値を算出し,心室筋再分極過程に対する直接効果を反映するMAP90(CL400)との相関を個体ごとに評価しました。

 d-Sotalolは0.3mg/kgより用量依存的に心拍数を低下させ,QT間隔,MAP90およびMAP90(CL400)を延長させました。Bazett,Fridericia,Van de WaterおよびMatsunagaの式を適用した際の相関係数は0.96以上といずれの補正式でも高い値が得られました。しかし,その中でBazettの式を適用した際の相関係数は他の式に比べて有意に低い値でした。

 以上より,遅延整流Kチャネル阻害薬を有する薬物をハロセン麻酔モルモットで評価する際には,Fridericia,Van de WaterあるいはMatsunagaの式を用いることが望ましいと考えられました。

最後に

 私はオランダで開催された2003年の第3回安全性薬理学会にはじめて参加しました。当時,国内では経験することができない数および質の「薬物性QT延長症候群」に関する発表に圧倒された記憶があります。2年前に比べて演題数や参加人数も増加し,ますますこの分野の研究が医学界・産業界・行政のいずれの立場においても重要性が増していることが肌で感じられました。

 貴重な助成金をいただき,第5回安全性薬理学会に参加し研究成果を発表する機会を得ましたことに対し,財団関係者の皆様にお礼を申しあげますとともに,海外における同じ分野の研究者との交流・情報交換を行えた貴重な経験を生かして,今後もなお一層の努力を継続したいと思います。


杉山篤氏
1986年山梨医大医学部卒。90年同大学院生理系(内科学)修了。東京警察病院循環器センター勤務などを経て92年米国ミネソタ大医学部内科心血管部門不整脈センター留学。96年山梨医大助教授。統合に伴い2002年山梨大医学部助教授。同年大学発ベンチャー「山梨臨床薬理研究所」を設立,取締役所長を兼任。03年より現職。