医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評特集


胃癌の構造
第3版

中村 恭一 著

《評 者》丸山 雅一((財)早期胃癌検診協会・理事長)

胃癌の病理学における“中村学”の集大成

 筆者は中村恭一先生の教えを受けた者の中では最も不出来な者の1人であると自らに言い聞かせている。先生と初めて対面したのは,1967年もすでに押し迫った頃である。先輩の熊倉賢二先生を通じての入門であった。以後,私は先生が癌研究所病理部を去られるまでの期間,折りにふれて中村研究室へ通ってはいたものの,最後まで「お前は何も解っていない」と叱責されてばかりいた。

 まして,今や私は一度はこの道一筋と心に決めた消化管の診断学からも距離を置く立場になってしまった。いくら先生の指示があったとはいえ,先生のライフワークの集大成とも言える『胃癌の構造』(第3版)の書評を書くのは傲岸不遜であると,大方の誹りを免れないかもしれない。

 そんな状況を認識しつつも,敢えてこの一文を認めようと思いたった理由がいくつかある。それらをここに吐露するつもりはないが,ある種の情念にそれらを置き換えて私なりの書評を書く決断をした。

 本書を目の前にして,私はまず中村先生との出会いから現在までに起きた消化管の診断学の変遷と発展について回顧し,先生がその歴史のなかで果たされた数々の業績を思い起こすことにかなりの時間をかけた。私の記憶が誤りでなければ,先生の仕事の大部分は癌研時代になされたものである。したがって,私は当時先生が世に問おうとしていた諸論文の内容については,半ば素人として聞き役を演じた。「どうだ,解ったか」と念をおされても咄嗟には返答に窮するような場面もしばしばあった。

 先生は,「改訂3版の出版にあたって」という序文のなかで,「『胃癌の構造』樹の枝葉は繁茂しています」と表現している。言うまでもないことだが,この樹を根底で支えているのは「微小胃癌」と“極微小胃癌”である。これらは先生の仕事の最初から最後まで通奏低音の役割を演じている。「胃の潰瘍と癌の因果律」,「胃のポリープと癌」,「胃癌の組織発生」,「胃癌の組織型」,そして「linitis plastica型癌」など,胃癌の病理学の歴史に名をとどめる先生の数々の業績については,改めて紹介する必要はないであろう。そして,いわば悟りの境地のように感じられる「胃癌の三角」は,先生が到達した胃癌の組織発生論のminimalismである。

 どのような学問の分野においても,確固不動の定説が正しいとは限らない。熟読含味すればその定説の根拠には弱点があるはずである。そして,それは何かと執拗に追究することによって,その定説は脆くも崩れてしまうことがある。これは先人の説く箴言であるが,まさにそのことが先生の仕事にはしばしば起きている。

 そして,私は先生が「歴史的考察」の次に「胃の潰瘍と癌の因果律」の章をもってきたことにこの人の執念を感じる。言うまでもないことだが,先生は師匠である太田邦夫先生の定説(胃癌の発生,日病会誌53:36, 1965)を完全に否定することによって以後の研究に邁進することができた。師の仕事を否定することは極めて危険な行為である。この章では,先生が師を超えて研究者として生き残るためにはいかなる偏見や迫害にも耐えるという究極の決断をしたことをその行間から感じ取るべきであろう。

 すでに,その大部分は人口に膾炙されている本書の内容については逐一概説する必要はあるまい。むしろ,本書は,わが国における早期胃癌の診断(臨床・病理)の歴史を踏まえて熟読含味すべきものである。私は前段で敢えて執念と書いたが,中村学が評価されるまでの道程を考慮すれば,それは,むしろ,ある種のルサンチマンとも言うべきものかもしれない。トーマス・クーンの引用はこれを薄める効果を果たしているものの,「エピローグ」の内容には胸に迫るものがある。

 先生は,本書の内容に過不足のあることを十分に承知している。だが,意図的に短くとどめているものの,強烈な問題提起をしている。例えば「腺管を形成している癌の一部には組織発生の点で胃固有粘膜から発生した未分化型癌に属する癌が存在していることを指摘し,そのような癌の形態認識についても記載しているにもかかわらず,あたかも腺管形成の有無が未分化型癌と分化型癌の区別の絶対的尺度であると主張しているかのように取り扱われている。すなわち,腺管を形成している癌のなかには粘液形質が胃型である癌が存在し,それを胃型分化型癌としている報告がみられる。ここにおいて,胃固有粘膜から発生した腺管形成の癌,つまり腺管を形成していても,癌組織発生の観点からは未分化型癌に属する癌(胃型分化型癌)の形態的な認識が問題となる(216-217ページ)」という記載に対して同時代の専門家たちはどのように反応するのであろうか。

 ちなみに,雑誌『胃と腸』(胃型の分化型胃癌-病理診断とその特徴:34巻4号,胃型早期胃癌の病理学的特徴と臨床像:38巻5号)では歴史認識に断層があるように感じられてならない。執筆者たちは,論理で反論せず,「握り潰す」ことができる権威であると錯覚しているのであろうか。あるいは,単に,不勉強であるという理由のためであろうか。中村先生の系列に繋がる松田・西俣らが,『胃と腸』(38巻5号,673ページ)で,熊倉・丸山ほかの1972年の『胃と腸』(7号)論文を引用し,類似IIbに言及しているのがせめてもの救いであるが,境界の不明な分化型の早期癌は30年以上も前から存在したのである。『胃と腸』の来し方行く末には一抹の不安を抱かずにはいられない。

 最後に,強調したいことがある。それは,中村先生の膨大な数の論文には英文で書かれたものも多数あるが,それらのほとんどはわが国で発行された英文誌に掲載されたものであるということである。その理由を推し量るに,欧米の英文誌の編集者たちは中村学を理解できなかったか,あるいは,中村学は不要であると結論したのか,のいずれかの可能性を私は考えている。しかし,今や,南米諸国の病理医たちは中村学を完全に自家薬籠中のものとしている。本書のエピローグのなかで先生は,Todo avance se inicia al momento de derrumbar el muro del presente.という響きのよいスペイン語の文章を挿入した。敢えて南米を視野に入れスペイン語で,既存のパラダイムを破壊すべしと主張する。これは頑迷な白人文化への大いなる皮肉ではないのか。

 中村先生が最後の最後に書き記すように,「おかしな所見,即,生検」でも胃癌の確定診断は可能である。そして,同じ論理で,本書を読まずとも胃癌の臨床病理を語ることはできる。だが,「やはり,病変が呈する所見の依った所以を知らずして,診断能の向上はありえ」ないし,「医師たることを放棄していることにも通じる」。その意味において,本書は,長く座右におき,折りにふれて読み返す度に味わいの深くなる本である。それはさながら,ヘロドトス「歴史」のごとくに。

B5・頁452 定価21,000円(税5%込)医学書院


《標準作業療法学 専門分野》
地域作業療法学

矢谷 令子 シリーズ監修
小川 恵子 編

《評 者》貫井 信幸(山梨県福祉保健部長寿社会課・作業療法士)

学生から実践者まで幅広いニーズに対応

 一般に地域作業療法は,言葉としてなじみのないものである。行政に籍をおくと,誰に対してもわかりやすい言葉で説明できることが求められる。難しい言葉や意味不明な単語は不要で,実践の裏付けがないものにはなんの興味もない。

 その意味で本書は,編集者・執筆者自らの経験や参考文献を生かして解説し,最新の情報を含めた内容になっている。

 本書は,教育カリキュラムに対応したテキストとして,地域作業療法の標準的な内容と現状,および課題をまとめたものである。学生にとってわかりやすくまとめられており,すでに作業療法士として活躍している者にとっても,語句の解説や地域作業療法の内容を整理することができる。また,各章に一般教育目標(GIO),行動目標(SBO),修得チェックリストの記載があり,学生のみならず教員にとっても扱いやすいテキストとなっている。

 以下に本書の構成に沿って述べる。「第1章地域作業療法の基盤と背景」は,「I 地域医療の台頭」「II 地域リハビリテーションとは」「III 地域作業療法とは」を通して,地域作業療法のもととなる地域医療や地域リハビリテーションの成り立ちについて,各執筆者が各時代の経験者として丁寧に解説している。

 「第2章地域作業療法を支える制度・支援・連携」は,「I 制度」「II 支援」「III 連携」について社会制度の仕組み,改正介護保険制度の内容,地域リハビリテーションにおけるチームワークや連携など最新の情報を取り入れて解説している。特に,本章のSBOでは「介護保険制度における作業療法士の役割について説明できる」「介護保険法の改正について説明できる」など,現在,地域で活躍中の作業療法士でも説明が難しい点を,図や表を活用してわかりやすく解説している。

 本書は学生のためのテキストだけではなく,地域で働く作業療法士同士の,共通言語としてマニュアルのような活用が期待できる。実践論にまで言及している本書だからこそ,幅広い読書層が可能となっている。

 「第3章地域作業療法の実践」は,「I 地域作業療法の基本的枠組み」「II 地域作業療法の実践過程」を通し,アセスメント(生活課題分析)の方法や評価,目標設定とプログラムについて解説している。この章では,具体的な評価スケールや写真を交えて説明し,ICFに代表される環境因子が生活障害を評価する重要な要素となること,住宅改修や福祉用具の適応についても解説している。

 「第4章地域作業療法の実践事例」は,病院(身体機能領域・精神機能領域),小児医療施設,診療所,介護老人保健施設,通所介護施設,共同作業所,保健センター,身体障害者福祉センター,リハビリテーションセンター,訪問看護ステーション,在宅介護支援センター,介護老人福祉施設,在宅(終末期)の各施設の特徴・作業療法士の役割・作業療法の活動の実際・今後の課題を,それぞれ各執筆者が豊富な経験に基づいて解説し,本書において最もボリュームのある章となっている。

 巻末の「地域作業療法学の発展に向けて」では,「地域で作業療法士としての専門性を確立するには,1つひとつの事例をエビデンスとして積み重ねていくことが重要である」「作業療法士としての仕事に少し余裕が出てきたら,目の前の対象者だけでなく,もう少し視野を広げて地域全体を見る目を養ってほしい。障害をもった人だけでなく,すべての住民に目を注ぎ,障害をもった人と健康な住民とが協力し合える地域構造ができているかどうかを見ていってほしい」など,これから地域作業療法学を実践する者への編者の期待が述べられており,深く同感するところである。

 「さらに深く学ぶために」では書籍の紹介や学会,研究会まであげて,1人ひとりへの配慮が行き届いている。地域作業療法を学ぶ,学生から実践者まで幅広いニーズに応えたマニュアル的な一書であり,推薦したい書である。

B5・頁276 定価3,990円(税5%込)医学書院


産婦人科シークレット
OB/GYN Secrets Third Edition

トーマス J. ベイダー 編
北井 啓勝,木 耕一郎 監訳

《評 者》竹田 省(埼玉医大総合医療センター教授・産婦人科)

第一線の医師による執筆
現場で役立つ実践書

 『産婦人科シークレット』(原著:OB/GYN Secrets Third Edition)はペンシルベニア大学病院産婦人科のThomas J. Bader博士が編集し,実地臨床に携わっているフィラデルフィアを中心として活躍する51名の医師たちによって執筆されたものです。今回出た日本語翻訳版は,北井啓勝先生,木耕一郎先生によって監訳されたもので,医学生,臨床医,専門医のみならず看護師,助産師,保健師など女性の健康にかかわる方々に,ぜひ一読していただきたいものになっています。

 本書の第一の特徴は,一般婦人科,生殖内分泌や不妊症,婦人科腫瘍学,産科学,周産期医学など広範な産婦人科領域の問題が,証拠に基づくevidence based medicine(EBM)の立場から解説されている点で,最新の文献も併記されています。日本でも問題になっているドメスティックバイオレンスや妊娠中のアルコール,薬物摂取,喫煙など社会/健康的問題も取り上げられており,また,生理,病態,診断法,薬物療法,手術療法,予後など産婦人科業務に関する知識の基盤として役立つものになっています。

 第二の特徴は,産婦人科領域の問題が,質問と回答の形式できわめて実地臨床に即した形で解説されていることです。このまま患者の質問と医師の説明に置き換えてもよいようなものも多く,インフォームドコンセントの取得の際など,ぜひ現場で利用していただきたいものとなっています。体系ではなく,質問と回答という形で整理された医療の知識は,医学生や臨床医のみならずパラメディカルにも有用と思われます。また,未解決な問題や,回答が議論中のものは,利用可能な情報に基づいて解説されています。

 第三の特徴として,臨床実習にのぞむ医学生・研修医や,専門医をめざす産婦人科医,産婦人科専門医と,各質問・回答に3段階の難易度がつけられています。それぞれのレベルで知っていなければならない知識が整理されています。

 以上の点から「産婦人科シークレット」をぜひご覧になって,EBMに基づいたスタンダードな知識を患者に提供し,また,ご自分の知識を整理するために役立てていただきたいと思います。

B5変・頁480 定価6,090円(税5%込)MEDSi


《標準理学療法学・作業療法学 専門基礎分野》
老年学
第2版

奈良 勲,鎌倉 矩子 シリーズ監修
大内 尉義 編

《評 者》折茂 肇(健康科学大・学長)

臨床の声も盛り込んだ「老年学」必携の教科書

 このたび標準理学療法学・作業療法学専門基礎分野『老年学』第2版(編集=東京大学大学院教授・大内尉義)が刊行された。

 わが国では人口の高齢化が急速に進み,65歳以上の高齢人口が20%に達し,世界一の長寿国となった。このような高齢社会の到来により,わが国の社会のあり方を根本的に見直す必要に迫られている。医療の分野においては,日常の臨床の現場で接する患者さんが著しく高齢化しているため,医療にかかわるすべての人が高齢者の特徴をよく理解し,高齢者のQOLを第一義的に考えた高齢者医療を行うことが社会的なニーズとして求められている。しかしながら現状では,その意義と必要性とが正しく理解されているとは言いがたい状況である。高齢者医療の基本的な考え方は「高齢者は若中年者をそのまま延長したものではない」というものであり,これは「小児は大人のミニチュア版ではない」という小児科学の基本的な考え方と相通ずるものである。しかしながらこのような「自明」と思われる考え方がなぜか理解されていないのが現状である。

 高齢者の医療にかかわる人にとって必要なことは,加齢の概念および高齢者の特性につき基本的な事項をよく理解することである。高齢者の特性を理解しなければ,高齢者の正しい医療はできないということを肝に銘じるべきである。加齢および高齢者の特性につき医学のみならず社会学,心理学,生物学等,学際的な見地から総合的に研究する学問が老年学である。本書には老年学の多岐にわたる分野について,実にきめ細かく簡潔に,かつわかりやすく解説してある。

 初版では老化に伴う身体機能,運動機能,心理の変化,高齢者に多い疾患の病態,治療の考え方,高齢者の総合的機能評価法,高齢者の介護,福祉の問題に関する解説がなされており,読者から大変な評価を得て,2001年に第1刷が刊行されて以来,2004年には第5刷が刊行されるほどの人気を博した。第2版では初版発行後,各方面から寄せられた意見を参考として目次の見直しが行われている。初版にはなかった高齢者の耳鼻咽喉科疾患や眼科疾患,さらには東洋医学に関する記載も加えられている。特記すべきは各章末に「(理学・作業)療法士の視点から」という小項目が設けられ,実際に臨床の現場で働いている方々からの生の声が加えられていることである。高齢者医療には理学療法士,作業療法士を加えたチーム医療が必須である。本書はこれらの人々に対して「老年学」を基本知識として身につけるための必携の教科書として誠にふさわしいもので,できるだけ多くの人に用いられるよう推薦する次第である。

B5・頁324 定価4,410円(税5%込)医学書院