医学界新聞

 

カスガ先生 答えない
悩み相談室

〔連載〕  9

春日武彦◎解答(都立墨東病院精神科部長)


前回2666号

Q 癌などの告知について意見を伺いたいと思います。昨今では,きちんと告知をしないと訴えられたりすることがあるようですが,精神的なショックを考えると,予後のよくないケースにも容赦なく告知をすることに私は疑問があります。先生は,告知によって衝撃を受けた患者さんのフォローなどしたことがおありでしょうか。そうした経験を含めて,告知に対する先生の考えを教えてください。(研修医・♂・28歳・内科)

恐いことは告げないでほしい

A 作家の吉行淳之介は,肝癌の告知を受けた時に,一瞬の間を置いてからドクターへ向かって「シビアなことをおっしゃいますなあ」と静かに言ったそうです。作家の狼狽や必死の自制心,運命に対する複雑な感情や医師への気持ち等を含めて,この台詞はなかなか奥が深い気がします。おそらく私だったら,「え?」と問い返したまま固まってしまいそうです。いや,そもそも告知なんか受けたくない。迷惑です。加療によって助かるのなら,「まかしとけ!」の一言であとは最善を尽くしてもらえばよろしい。駄目そうだったら,心身ともに可能な限り苦しまない形で最後まで黙っていてほしい。死ぬのならば,いまさら身辺整理なんかする気にもなれない。残された者への責任なんて,いまさらどうでもよろしい。小心者のわたしには,告知は耐えられそうにありません。

 不可解なことに,告知によって錯乱したりうつ状態になったので診てほしいといった依頼を受けたことがありません。もし依頼されても,わたしは困ります。「残された時間を,濃密かつ意義深く過ごしましょう」なんてぬけぬけと言うだけの度胸はありません。安定剤でも処方して,あとは時間経過に伴って現状を本人が受け容れ,運命と和解していくのを待つだけでしょう。

 わたしが産婦人科医だった頃には,必ずしも癌告知はしませんでした。告知をする時には,「治る可能性があるから,あえて告げるんですよ」と言い添えていました。子宮の肉腫の患者に向かって「癌よりも肉腫は悪性なんだ」と説明した医師がいて,落胆のあまりに肉腫からの連想で肉が一切食べられなくなった女性をフォローしたことがありますが,肝心の話題には触れずにいつも世間話ばかりしていました。お互いにびくびくしていたのです。

 ドライかつクールに告知をするのが現代ふうのやり方なのでしょう。「勝ち組」「負け組」などという言葉が横行する社会にふさわしい風潮です。現実性がまったくないことを承知で言うのですが,わたしはドナーカードみたいに「恐いことは告げないでほしいカード」というものがあったらいいと思っています。医療を受ける時には,必ずこれを保険証と一緒に提示する。ただでさえ重荷であえいでいる人生なのに,見知らぬ医者から「絶望」を背負わされるなんてまっぴらです。

 現実逃避とか,臆病とか,そういった態度を蔑むのは間違っています。正直で何がいけないのでしょうか。癌告知を淡々と行うドクターであっても,おそらくその多くは,自分の頭部CTを見たいとは言わないはずです。まあ何かの徴候があるならともかく,もしも脳が萎縮でもしていたりすれば,人生に気合が入らなくなるに決まっています。少なくとも,自分の頭部CTを見る度胸がないのならば,いまいちど告知については考えを巡らせてみるべきでしょう。告知とその説明は患者に治療の協力を得る,あるいは治療方法の選択を委ねるために必要だとは思いますが,だから闇雲に行えばよいとは思えません。

次回につづく


春日武彦
1951年京都生まれ。日医大卒。産婦人科勤務の後,精神科医となり,精神保健福祉センター,都立松沢病院などを経て現職。『援助者必携 はじめての精神科』『病んだ家族,散乱した室内』(ともに医学書院)など著書多数。

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