医学界新聞

 

視点

薬物アレルギーカード

岡田正人(パリアメリカンホスピタル)


 薬物アレルギーは明らかな既往歴が存在しない限り回避が困難であり,自分の処方した薬剤によって薬物アレルギーが起こったことを経験していない医師はむしろ少数派であろう。もちろん原因薬剤を中止し素早く適切な処置をすることは重要であるが,患者に薬物アレルギーの重大性を伝え,再発を予防するためにきちんと説明することが必須である。最低限としても書面にて原因薬剤の名前を渡しておくべきであるということに反対の医師は,ほとんどいないと思う。

 私の働いている病院で5年間に訪れた日本人観光客1000人以上で調べたところ,薬物アレルギーの既往が10%弱の患者において認められたが,原因薬物名をきちんと伝えることのできた患者は半分にも満たなかった。自分の外来に「昔,抗生物質でひどいアレルギーが出たのでやめたことがあります」という患者が来て,抗生物質の名前がまったくわからなかった時にはどう感じるであろうか。医師がしっかりと書面にて薬剤名を伝え,「これからは医療機関に行く時に必ずこれを見せて,この薬はアレルギーなので服用できませんと申告してください」と言っていなければ,このような状況は医師の責任といえるのではないであろうか。

 フランスに来る前に診療していた米国では,薬局で医療警告用の金属の小さなプレートのついたブレスレットが購入可能で,そこにアレルギーの原因となる薬物名を彫って身につけるようになっていた。確かに意識不明で救急室に運ばれた時などはよいだろうが,ずっとつけているのには抵抗のある人が多いと想像できる。フランスでは公的機関で作ったカードがあり,医師に無料で配布されている。

アレルギー注意!
・患者名
・医師名
・アレルギーを起こした薬品名
・医師の住所,電話番号,医師番号のスタンプを押す欄
・日付 医師の署名

 これだけの簡単なカードである。これを厚生労働省が作って全国の医療機関に配るというのはどうであろうか。意識不明で救急に運ばれた時も患者さんの荷物の中から,このよく見るカードがあるかどうか,身分証明書と一緒に探し出せれば有用であろう。

 より進んだものとしては,携帯電話に差し込むSIMカードに医療用メモリーのついたものがある。これは心筋梗塞,糖尿病,薬物アレルギーなどの情報,服用薬,かかりつけ医の情報などを病院で入力するもので,この情報は簡単に誰でも取り出せるようになっているため,患者が医師に診せることも,救急室などに到着した時に医療従事者が自ら情報を得ることも可能である。残念ながらこの制度の普及はフランスではなかなか進まないようで,やはり手軽にさっと書けるカードのほうが使い勝手がよいようである。

 とにかく,薬物アレルギーにおいては患者に形に残る方法で薬剤名を知らせておくことが処方した医師の責任であり,薬品名,薬品の種類(例として,日本でしか使われていないマクロライド系抗生物質などでは,アルファベットで薬品名が書かれているだけでは外国の医師にはマクロライド系抗生物質と認識されないため危険である),アレルギー反応の種類(アナフィラキシー,じんま疹など)ぐらいは伝えておくべきであろう。


略歴/米国Yale大学病院などで研修。米国内科,膠原病関節炎内科,アレルギー臨床免疫科専門医。1997年より仏国パリアメリカンホスピタルにて診療,学生教育に従事。FACP,FACR,FAAAAI。