医学界新聞

 

チームで育てる新人ナース

がんばれノート
国立がんセンター東病院7A病棟

[第15回]「働いて今,思うこと」
主な登場人物 ●大久保千智(新人ナース)
●末松あずさ(3年目ナース。大久保のプリセプター)


前回よりつづく

 右も左もわからない新人が悩みや不安を書き込み,プリセプターや先輩ナースたちがそれに答える「がんばれノート」。国立がんセンター東病院7A病棟では,数年前から,新人1人ひとりにそんなノートを配布し,ナースステーションに常備しています。

 当院では,院内卒後1年目教育で,「働いて今思うこと」というレポートを提出します。大久保さんはこの1年間を振り返って,この時点での思いをレポートに表現しています。

 1年目の研修の課題で提出したレポートです。このノートで,先輩方にいろいろなメッセージをもらえたから書けたレポートかな,と思ったのではさみました。(大久保)


今回の登場人物
大久保千智,末松あずさ,奥山智子(当時7A病棟師長)。

2/19 ●大久保

「働いて 今 思うこと」

7A病棟 大久保千智

 看護師となり,1年が過ぎようとしています。この1年を振り返ると瞬く間に過ぎた気がしてなりませんが,初めて患者様と話をした時,初めて看護記録を書いた時のどきどきした気持ちを思い出すと,この1年が人生の中で最も長かったような気すらします。

 私がこの病院に就職を希望したのは,学生の時の胃がんの患者様との出会いからでした。健康には自信のあった老年期の患者様は,ご家族の強い意向からがんであることを告知されず,治療に臨まれていました。私はその患者様・ご家族と接する中で,他の疾患とは違い“がん”という言葉が目に見えない恐怖や不安を持ち合わせていることを感じました。一方,術後の急性期を乗り越え次第に回復されていく患者様を見て,人間はがんと闘っていく強さを十分に備えているんだと実感しました。がんについてもっと勉強してみたい,人間ががんと闘っていけることをより多くの人に知ってもらいたいと思ったことがきっかけでした。

 実際に病棟で患者様と接すると,あえて緩和治療を選択され,穏やかな死を迎えられる患者様もいらっしゃいました。はじめのうち,緩和治療で徐々に状態が悪化していく患者様を目の当たりにするのが辛く,「人間はがんと闘うことができる」という自分の考えが否定されたようで気持ちを整理するのが難しかったです。しかし,たくさんの患者様がたくさんの人に支えられ,自分に一番適した治療を選んでいくプロセスを見せていただく中で,がんと闘うことは軽快することだけでなく,がんを持ちながら自分やご家族の人生が最良のものになるように十分考え,周囲の人と多くの言葉を交わし,人生を自己決定していくことなんだと思うことができました。

 1年間,がん患者様,ご家族,そして先輩看護師,同期と接し,がん患者様に対して広い視野,大きな気持ちを持てるようになった気がします。がんを,そして患者様を理解するには,知識も技術も人間としての成長も,まだまだ不十分です。2年目となる来年は,疑問を持ち,積極的にそれを解決していこうとする姿勢,チームの中で働く一員としての自覚・責任を目標にして頑張りたいと思います。働いて今,大変なこと,辛いことはあってもこの仕事を選んだことに後悔せずにいられる気持ちを大切にし,患者様への感謝の思いを忘れずに,自己研鑽していくことに努めていきたいと思います。

2/21 ●末松
 レポート読みました。大久保さんの思いの深さ・志の高さに,とても胸打たれました。しっかりしてんね~。いいこと言ってんな~と思いました。本当にいいこと言ってる!

 ここにいると人間って何で強いんだろうって思うよ。自分だったらがんと闘う気持ちになれるかな,って考えます。病気の告知,治療の決定。治療だけでなく,「がんと共存する」ことを選ぶこと,「何もしない」ことを選ぶこと。本当にすごいエネルギーだと思います。患者さんみんなすごいと思う,本当に。

 こういう危機的な場面でこそ,本当の人間性って出ると思います。体も心もつらいのに家族や周りの人を気づかえたり,優しくできる人って本当にすごいなって思います。

 「すごい」ばっかりで申し訳ないけど,この病気の一番の特徴は何より人生観が垣間見られるところ。大久保さんも書いているように「人生を自ら決定すること」。生き方を考えさせられるよね。たくさんの人たちの生き様をみせてもらえること。それはここにいて一番感謝していることです。これからも大久保さんの感性を大切にしてください。

末松 大久保さんのレポートを読んで,とても感動したことを覚えています。これだけの思いを抱いてこの病院,この病棟にきてくれたかと思うと,胸が熱くなりました。と同時に,業務の忙しさや指導の厳しさのなかでもそういう思いを抱き続けてくれたことに安心した,というのがプリセプターであった私の本音でした。がん専門病院で働く私たちは,がんとともに生きるその人だけでなく,その人を支える家族,そして時には人生そのものも対象にします。そのような場面では私たち看護師にも大きな葛藤や苦悩,重圧が生じます。しかしそこから私たちが自分自身を見つめ,成長するチャンスももらっています。ここでの仕事を通じて,感性や人間性を育ててほしいと思っています。大久保さんが,そんなわたしの思いに応えてくれていたことに喜びを感じました。

奥山 就職してから1年間,あっという間だったのではないでしょうか。その中で患者様から学ばせていただいたこと,スタッフから学んだこと,本当にいろいろなことを学び,成長したと思います。どなたに対しても笑顔で,丁寧に接している姿を見て嬉しく思っています。仕事に対して「満足してできたことがない」と面接で聞いたことがありましたが,現在はどうでしょうか? 辛いこともあるかもしれませんが,これからも向上心を持って患者様と関わり,よい看護が提供できるようにしていってください。今後の活躍を楽しみにしています。

大久保 レポートという形で1年間を振り返る機会をいただき,就職を決定するきっかけと初心を思い出しました。1年間を思い出すと,辛くて1日中泣いたことも,同期と一晩中仕事の愚痴を言い合って過ごしたこともありました。自分は看護師に向いていないと思ってやめたいと考えたりもしました。しかし,今もこうして楽しく看護ができるのは,患者様からいただいた言葉の数々だと思っています。看護師として感謝される言葉だけでなく,がんの告知や予後について患者様が自分の言葉で語ってくれることは,人間の強さや優しさ,勇気を教えてくれます。看護は決して一方的なものでなく,看護をしている自分が,患者様から与えられるものはとても多いと思います。これからも私は患者様から支えられ,患者様を支えて,大好きな看護を続けていきたいと思います。

次回につづく


病棟紹介
国立がんセンター東病院7A病棟は,病床数50床,上腹部外科・肝胆膵内科・内視鏡内科の領域を担当している。病床利用率は常に100%に近く,平日は毎日2―3件の手術,抗がん剤治療・放射線治療,腹部血管造影・生検・エタノール注入などが入る。終末期の患者に対する疼痛コントロールなど,新人にとっては右を見ても左を見ても,学生時代にかかわることがない治療・処置ばかりの現場である。