医学界新聞

 

看護のアジェンダ
 看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第12回〉
病院の夜

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

 医療事故の当事者となり法廷で「被告人」として裁かれ,さらに事故から5年半たって行政処分のための通知が届きました,といって訪ねてきた看護師は沈んでいた。

薬剤師の夜間・休日体制不備が患者の安全を脅かす

 私は,この秋に開催した日本病院管理学会で発表されたひとつの研究報告を思い起こした。発表者はパワーポイントを示しながら,淡々と,報告した(以下,抄録集の内容をもとに再構成した)。

 「薬剤師の夜間・休日体制の実態調査の結果,二次以上の救急を扱う病院でも夜間に薬剤師がいない病院が多いことが明らかとなった」という。「看護師の薬剤に関するヒヤリハットを,薬剤師が関わることのできる薬剤準備段階と,投与や投与後などの薬剤準備以外に分けて分析」すると,「薬剤準備段階のヒヤリハットの割合は,平日では26.1%であったのに対し,平日に薬剤師が行っている業務を看護師が行う休日では50.0%を占めていた」という(下線は筆者)。

 なぜか。その理由について薬剤師と看護師(合計10人)に面接調査を行ったところ,「薬剤師が夜間・休日にいないことと看護師が薬剤業務を負担すること」になるわけであり,「看護ケア時間が減少」したり,「緊急時に薬剤探しに看護師が1人取られてしまい,患者に目が行き届かないこと」や,「薬品間違い」が起こったり,「薬剤の判別間違いのリスクの増加」や,「患者に適切な時期に適切な薬が提供できない」といったことが問題点となった。

 一方,面接調査の結果,「薬剤師は,夜間・休日における薬剤師の必要性をあまり感じていない」けれども,「看護師は,薬剤師は夜間・休日でも必要であると考えていた」ということであった。こうして,「薬剤師の夜間・休日体制の不備により,看護時間の減少や患者の安全に影響を及ぼしている可能性があることが示唆された」としめくくっている。

日暮れとともに消失するチーム医療

 日本の病院は夕方になると多くの職員が帰る。居残るのは主として看護職と医師たちである。薬剤業務をしていた人や,医療機器を管理していた人や,血液や尿の検査をしていた人や,輸血を管理していた人や,レントゲン撮影をしていた人たちの大半は帰途につく。病院の受付や会計を担当していた人たちも電気を消して帰る。

 夜の病院は,日勤帯より人数が少なくなった夜勤の看護師と当直勤務の医師たちによって“守られる”のが一般的である。これを「日暮れとともに消失するチーム医療」と称した人がいた。

 夜間や休日に備えて,病院では多くの薬剤をストックし,器材を確保する。報告にあったように,夜間や休日は薬剤管理を担う薬剤師が“消失”するからである。ナースコールに応えるかたわら,病棟の保管庫から薬を取り出し,点滴を準備し,人工呼吸器を運び出す。急いでいたりして間違うこともある。病棟を離れて本来の薬局へ走らなければならないこともある。これも病棟の看護師がする。2人夜勤のところは,一時的に,病棟は1人看護師となる。患者の急変や重症患者がいると休息の時間はまったくとれず,それでも薬は取りに行かなければならない。夜間の物流体制の整っていない病院はたいていそうである。

 夜間の病棟を想像しつつ,発表者の発表内容の深刻性が私をどうしようもなくさせた。「いったいどうしたらいいのか」とその矛先を,医療安全管理の専門家である座長に向けて私は質問した。座長は突然に自分に向けられた質問にとまどい,キキカンリができていないと反省したが,「薬剤ある所に薬剤師あり」という目標があることを示してくれた。

 医療安全における危険情報を知った者は危険を回避するために行動しなければならない,と真剣に考えた。

次回につづく


*参考文献
高橋千尋他:病院における薬剤師の夜間・休日体制が患者の安全に及ぼす影響.日本病院管理学会雑誌,42,157,2005.