医学界新聞

 

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専門医をめざす人も家庭医マインドを
第17回医学生・研修医のための家庭医療学夏期セミナーに参加して

前川 道隆(新潟大学医学部5年)


 さる8月6日から8日の2泊3日,第17回医学生・研修医のための家庭医療学夏期セミナーが開催されました。全国からの参加者と講師を合わせ,約240名もの方が新潟市に集まりました。今回,実行委員を代表して,セミナーの報告をさせていただきます。

家庭医療とは

 家庭医療や家庭医という言葉は,マスメディアを通して目や耳にすることが増えてきました。しかし,その実態は医学生や研修医に十分伝わっていません。つまり,一般の方々も医療関係者も,どのような医療をめざしたものなのかわからない状況なのです。今,家庭医療についての説明が求められています。

 北海道家庭医療学センターの葛西龍樹先生は,初日の全体講演の中で「家庭医療が社会に認知されるためにも,家庭医療を学問として扱うためにも,後進の家庭医を育てるためにも,家庭医療の定義を明確にする必要がある」と訴えました。家庭医療の導入を進めようという準備段階の日本で,家庭医療の定義を明確にすることは難しいです。大きく捉えれば,「地域に密着して患者や家族の健康問題に包括的に対応することをめざす医療の形態」と言え,糖尿病などの慢性疾患が増加,そして高齢化が進む中,社会からの要望を受けた医療の一分野として,成長することが期待されています。

 奈義ファミリークリニックの松下明先生の講演では,先生が家庭医をめざすことになった経緯,日本の医療関係者にはあまり馴染みのない行動科学の必要性,家族志向のケアなどについての具体的でわかりやすい話を聞くことができました。行動科学を学ぶことで,患者さんやその家族が病気についてどのように考えているのかといった解釈モデルの聞き出しや,さまざまな感情変化への共感的対応,糖尿病や喫煙に対して行動変容を促すアプローチなど,強力なツールを手に入れることができます。

盛んになる家庭医療活動

 本セミナーでのボランティア活動をはじめとして,家庭医療の普及をめざしている経験豊富な先生方,若手医師の多大な協力もあり,ここ数年,家庭医を将来の選択肢としてあげる医学生や研修医が急増しています。さらに近年では,学生・研修医レベルでも家庭医療やプライマリ・ケアを自主的に学ぼうとする動きも活発になっています。本セミナーでは,地域を支える医療システム・生活の中の健康問題への対処などのテーマを扱う勉強会,メールマガジンの発行やワークショップの開催など,幅広い活動の報告がされました。このようなワークショップに参加し,そこで得たものを大学に持ち帰り皆と共有すること,実習の中でふと疑問に思ったことを何人かで話し合い考えてみることなどで,「学び」や「気づき」はそれほど労力をかけなくとも得られるものです。

 また,学生・研修医に家庭医療の現場を体験してもらおうと,有志の先生方が集まったPCFMネットという診療所ネットワークの紹介もされました。現在,大学のカリキュラムでは,プライマリ・ケアの現場を十分経験することはほとんどできません。自ら診療所を訪ね実習させていただくには,勇気がいると思います。しかし,実際の現場を見て経験して感じなければ,得ることができないものがあります。日本の医療の土台を支えているプライマリ・ケアの現場に魅力を感じる方,また自分には向かないのではと思う方も,一度PCFMネットのサイトを覗いて見てください。(URL=http://www.shonan.ne.jp/~uchiyama/PCFM.html

家庭医マインドから 臨床技能まで

 本セミナーでは,プライマリ・ケアで役立つ知識や技術を扱ったワークショップが21種類用意され,参加者は2日目に3つ,3日目に1つのワークショップを選んで参加することができました。これらのワークショップでは医療面接やコーチングといったコミュニケーション技法を学んだり,明日からできる整形外科のプライマリ・ケアの実践を学んだりと家庭医療に関係する幅広いテーマが扱われました。詳細については日本家庭医療学会 学生・研修医部会のサイト(URL=http://family-s.umin.ac.jp/)をご覧ください。

 今回,私が参加したセッションの1つ「家庭医らしい外来診療とは?~外来で君は,患者さんと何を話すか~」を紹介します。

 「予防医学」とは公衆衛生分野などで耳慣れた言葉ですが,臨床医が予防医学を実践するイメージを,私はなかなか想像できませんでした。セッションでは,ディスカッションとロールプレイ,さらにレクチャーを通し,家庭医の行う予防医学・健康増進について楽しみながら学びました。そして,家庭医がもっともその能力を活かせる領域が,未病の医学なのだと知ることができました。すなわち,

1)家庭医は,健康を貯めることのできる資源として捉え,患者さんがより健康である状態をめざす。
2)健康増進・予防には,スクリーニング・予防接種・予防的投薬・カウンセリングの4段階があり,患者さんの性別や年齢などを考慮して介入する。
3)患者さんの訴えだけを聞く受身の姿勢ではなく,家庭医は「おせっかいな医者」でよい。
4)予防医学,健康増進を実践するには患者さんと継続して関わりを持つことが重要であり,また,特有の知識や技術がいるため,意識した学習や情報収集をする必要がある。

 ということです。医師からの健康についてのアドバイスは,私たちが思っているよりも患者さんには影響力があって,その力や機会を活かすことがいかに重要であるかを身に染みて感じました。

家庭医療を学び得られるもの

 プライマリ・ケアや関連する行動科学・コミュニケーション技法を学ぶことで,私たちは新しい視点を得ることができます。大学病院への紹介状を読む時,かかりつけ医の想いが伝わってくるかもしれません。外来見学をしている時,先生の妙技が具体的に見えるかもしれません。予防医学の本を見かけた時,ふと手にとって読んでみるかもしれません。このセミナーをきっかけに現場を知ることや,自分自身の行動や考え方を変えることに活かしていけるのではないでしょうか。

 言うまでもないことですが,こういったことは家庭医の専売特許というわけではありません。患者さんの日常や心理に想いを向ける家庭医マインドは,いつでもどんなところでも持つことができるのです。

 専門医をめざす人であれ,家庭医をめざす人であれ,このセミナーには将来を考えるうえでのヒントがたくさんちりばめられています。来年度は新潟県越後湯沢での開催が予定されています。家庭医を将来の選択肢として持っている人はもちろん,進路選択に迷っている学生や研修医の皆さんにも,セミナーへの参加を自信を持ってお勧めしたいと思います。