医学界新聞

 

グローバル・ガイドラインが話題に

第13回世界消化器病学会議開催


 さる2005年9月10-14日,カナダ・モントリオール市にて第13回世界消化器病学会議がRichard Fedrak氏(カナダ組織委員会委員長・カナダ・アルバータ大消化器部門教授)主催のもと開催された(またこの会議に並行して第11回世界消化器内視鏡学会も開催された)。

 この学会は,94か国組織,会員約5万人のWGO-OMGE(World Gastroenterology Organisation-Organisation Mondial de Gastro-Enterologie:Guido Tytgat会長)と63か国組織で成るOMED(Organisation Mondial d'Endoscopie Digestive:丹羽寛文会長)の両団体が組織したもので通常4年に1回開催される(因みに第1回会議は1958年ワシントンにてHenry L. Bockus会長のもとで開催,1966年にはわが国で第3回会議が開催されている)。今回の第13回会議には121か国から推定1万人(内わが国からは約500人)が出席し,消化管学,消化器内視鏡学,肝臓病学,消化器外科学について最新・最先端の成果報告と討論を行った。

 WGO-OMGEは消化器疾患の基礎的研究と臨床研究のbridgingで最も注目される学術団体であるが,同時に,(1)グローバル・ガイドライン策定,(2)将来の世界的指導者育成のための“Young Clinicians' Program”(各国より40歳以下,最低1名が選出される。本年は約70名が参加した),姉妹組織OMEDとの協同による,(3)世界各地での消化器病医・消化器内視鏡医を育て上げるトレーニングセンターの設置・運営,(4)指導者育成のための“Train the Trainers”course実施など,世界組織としての特徴をいかんなく発揮している学術団体である。多岐にわたる活動全体と本会議の模様を伝えるのは困難であるので,ここではこの会議で大きく取り扱われた(1)グローバル・ガイドライン関連の話題を中心に報告する(なお本項執筆にあたってはWGO-OMGE Guidelines & Publications Committeeの事務局長であるJustus Krabshuis氏の助力を得た)。

■グローバル・ガイドラインは世界を繋ぐことができるか?

 9月12日の午後12時半から16時まで,「グローバル・ガイドラインは世界を繋ぐことができるか?」と題する特別シンポジウムが開催された。このシンポは「世界的に見て,消化器病が罹病率・死亡率ともワースト5位内に入った」「同様に世界的に見て,食道癌,大腸癌,肝臓癌,胃癌,膵臓癌など消化器癌が著明な経年的増大を示し続けている」(2003年WHO報告)ことを背景に,1997年に発足し精力的に活動を開始した同委員会が,世界の消化器病学会など77組織にグローバル・ガイドラインの必要性についてのアンケートを送付したところ,いずれの組織も「ガイドライン策定は喫緊の課題」との回答を寄せた中でのシンポジウム開催であった。

 参加者の中には民族衣装を身に着けた出席者もみられ,国際色豊かな多様な参加者による世界会議であることを改めて思い起こさせた。当然ながら各地域・国は,それぞれの歴史的・文化的・政治的・経済的(財政的)・法的環境の中で,疾病構造,診断・治療方針,医療インフラ・医療水準などに差がみられる。とりわけ,いわゆる先進国と発展途上国の医療をめぐる格差が大きい中でグローバル・ガイドライン策定は可能であろうか。何より,グローバル・ガイドラインは本当に必要とされているのであろうか。

 全体の司会は,Michael Fried氏(WGO-OMGE Guidelines & Publications Committee委員長,University Hospital Zurich消化器病学教授)とGuido Tytgat氏が務め,各論テーマの司会は,Michael Farthing(St. George's University of London学長,元ヨーロッパ内視鏡学会会長)ほかが務め,熱心に議論された。以下は発言の骨子である。

Richard Horton氏(The Lancet誌編集長):臨床家の間ではガイドラインが必ずしも大きな役割を果たしていない現状はある。しかし,ガイドライン策定は国民の注意関心を大きく呼び起こす意味で意義深いものである。これまであまり調査もされなかった疾病やそれに対する治療導入に有効に機能する。昨年2月,米国心臓協会(AHA)は心疾患治療についてのガイドラインを発表した。女性の死亡原因のトップであったにもかかわらず,女性は十分治療を受けておらず,調査もろくにされていなかった。しかしこのガイドラインの発表がされるや全国民的な関心が一挙に高まった。このように,ガイドラインは社会的啓発という点から,また医療の不公平や不均質是正のうえから望ましいものである。また,ガイドラインがあることによって,例えば初期研究におけるデータの吟味や臨床研究における学問上・データ上の偏りの是正,地域的な原因による偏差などの是正を行うことが可能になってくる。臨床研究の中でのevidenceの扱いやrandomized control studyなど,共通の土俵で吟味し,透明性をもって議論することが可能になってくる。以上の意味で「グローバル・ガイドラインは必要か」という質問自体がまったく奇異なことと言わねばならない。必要なことは疑いない。

Loren Laine氏(South California大消化器部門教授):結論的に言ってグローバル・ガイドライン策定は望ましいがその実現は難しい。課題の選び方,世界的な規模で関係者すべてが集まってのパネルの開催,すべての医療コミュニティに適合するevidenceの勧告はできるのか,世界的な規模で実施・普及できる体制など諸困難がある。各国,各地域の医療とそれをとりまく環境の違いがあまりに大きい。それらを克服するのはまったく困難である。グローバル・ガイドラインを考えるうえで現実的な方法は,各地域に適合したガイドラインをまず作成し,それに対して権威をもった世界的中心機関(WHOなど)が調整することである。

Suliman Fedail氏(スーダン消化器病学会会長):金持ちの国々で進んだ医学の進歩が貧しい国々にも及んできている中で,グローバル・ガイドライン1つがどうして例外になるのであろうか。共通の消化器疾患は世界的に増えている。グローバル・ガイドラインは開発途上国にとっては先進諸国との間の共通言語であり必要なものである。発展途上国にとってこのグローバル・ガイドラインは臨床・研究の利便,コスト,医師教育の面などあらゆる面から必要である。開発途上国においてはこのグローバル・ガイドラインが医師への信頼を高めるという効果もある。WHOとも協力してぜひ進めるべきである。

Gordon Guyatt氏(McMaster大臨床疫学教授):「evidenceに基づいたアプローチは(グローバル・ガイドラインにとって)常に正しくかつ最良のものか」。これが私に与えられた設問である。それがevidenceに基づいたガイドラインであるためには,最良のevidenceを常に得るための系統的見直し作業が不可欠である。その作業をはじめevidenceとみなされるために求められるさまざまな条件をクリアすることが必要である。そして医療者の価値観からではなく,患者と社会の側に立ったアプローチがなされるかどうか。もし答えがyesであれば,evidenceに基づいたアプローチは常に正しいものである。

John Hampton氏(Nottingham大心臓病学名誉教授):医師は誰でも自分の患者に対してevidenceに裏付けられた最良の治療法で治療しようとする。しかしこのevidence-based medicine(EBM)が実は“opinion”に依存していることもわかっている。ところで今日ではEBMが臨床試験という言葉と同義になった。この臨床試験は「どんな治療が有効か」ということを示してくれるが,「どんな患者がその治療を受けなければならないか」については示していない。臨床研究が,医師たちや雑誌の編集長などのopinionによってしばしばフィルターをかけられたものであることを医療者は知っている。結局,求められるのはコンピュータのようなメカニカルなEBMだけではなく“opinion-based medicine”に基づく治療の個別化である。

Benjamin Anderson氏(Washington大乳房健康センター所長):乳癌撲滅を目的としたThe Breast Health Global Initiative(BHGI)を立ち上げ運営している。BHGIはWHOや各国組織の協力のもと,開発途上国をも対象にしたガイドラインを作成し,本年1月その改訂も行った。乳癌の早期診断と治療に関する世界的規準であるガイドラインが有効に機能している。このような動きは各国の健康政策に影響を与えることができる。

Ronald Green-Thompson氏(南アフリカKwaZulu-Natal健康局最高責任者):開発途上国はインフラが未整備である。また,健康政策のための優先順位は先進国と異なる(マラリアはカナダとは異なり南アフリカでは最優先課題の疾病である)。したがってグローバル・ガイドラインは開発途上国の健康政策には役に立たないと考えている。しかし,各地域に適合した,医学的・人的・財政的資源を十分考慮に入れた,実現可能なものであればその意義は否定しない。

Mark Fishman氏(Novartisバイオメディカル研究所長):グローバル・ガイドラインの策定・実施にあたっては実務的・具体的な方法が述べられなければ空論に終わる。アフリカではマラリアで毎日2,800人もの子どもが死ぬ。われわれは利益なしで治療薬の原料を栽培し,治療薬を開発・包装・配布した実績がある。そのような製薬会社をグローバル・ガイドライン策定の過程から排除しようとするのは患者のベネフィットを考えれば非現実的なものである。

Jerome Kassirer氏(Tufts大名誉教授・Case Western Reserve大准教授・元New England Journal of Medicine編集長):evidenceに基づいたグローバル・ガイドラインの必要性はある。しかし信頼に値するグローバル・ガイドラインにはどんなバイアスがあってもいけない。したがって,直接金銭的かかわりを有する企業や医師のグローバル・ガイドライン策定への関与はバイアスを生みかねないものであり,排除されるべきである。

■シンポジウムを終えて――Michael Fried氏インタビュー

本紙:印象では異論もあったように思えましたが,シンポジウムを終えてのご感想はいかがでしょうか。

Fried氏:全般的に言ってこのシンポジウムは大きな成果を上げました。このことに私は満足しています。もちろん各演者はさまざまな立場からの発言で,当然意見の異なる“conflicting”なものもたくさん出されました。しかし,まさにこのことこそわれわれが望んでいたものです。われわれは問題をクリアにしたかったのです。

本紙:その点をもう少し具体的にお話しいただけますか。

Fried氏:この会議はグローバル・ガイドラインに関するコンセンサスそのものを目的にはしていませんでした。むしろグローバル・ガイドラインの必要性,可能性,そして可能であれば具体的にどう実施していくかを論じたものです。当然,EBMに基づくアプローチや各国での健康政策,企業の関与の問題も論議しました。議論はさまざまでしたが,ご覧のように,グローバル・ガイドラインが必要でありかつ重要なものであるとの認識の一致は共通のものとなりました。

 ご承知のように,ガイドラインというものは通常一国規模の,いわば“national audience”を対象にしたものであり,作成にあたってはその国だけに有用な医療資源・医療水準を考慮に入れただけのものが多かったと思います。しかも多くは“裕福な”地域で費用のたくさんかかる質の高いガイドラインです。しかし,グローバル・ガイドラインを作成し実施していくうえで重要なことは,限られた医療資源しか持っていない発展途上国のことを念頭におくことです。そのような地域においても何らかのかたちで有用なものになる,そんなガイドラインが求められています。例えば日本の水準は北朝鮮やカメルーンやモンゴルなどといった国とは大きく異なります。このことこそを私たちは考慮に入れる努力をするべきだと思います。これがグローバル・ガイドライン検討・策定の大きな出発点であったわけです。

 グローバル・ガイドラインは先進国だけが享受できるものか,金持ちの国の消化器病医は貧しい国々の“同僚”に何もしなくてよいのか,QOLやevidenceに基づいたグローバル・ガイドラインは先進国の特権か……?。これらが議論されました。また,グローバル・ガイドラインは日常診療という側面だけでなく各国の健康政策や政府,WHOにも影響を与えることが確認されました。グローバル・ガイドラインが進めば世界の健康の質の向上に資すことになります。国や地域の差にもかかわらず均質な良い医療を提供することこそが世界中の医療者の願いです。もちろん事は簡単ではありませんが,やらなければならないことです。

本紙:今後具体的どのようなことを計画されているのでしょうか。またそのほかご追加はありますでしょうか。

Fried氏:このシンポジウムの内容はLancet誌に掲載される予定です。またWGO-OMGE Guidelines and Publications Committeeの声明を発表する予定です。

 われわれは「食道静脈瘤の治療」「急性ウイルス肝炎のマネジメント」などを含む13の最新evidenceとしてのガイドラインと,「大腸癌のスクリーニングとサーベイランス」など2つの委員会文書をすでに用意・準備しています。インターネットでその内容を見ることができますので,日本からも改良点などを指摘してもらえればと思います。残念ながら日本語版はないのですが,フランス語,中国語,ロシア語などにも翻訳しています。近くアラビア語も追加する予定です。

 最後に委員会から日本の消化器病学会会員の皆様にこの間の大きな寄与について感謝申し上げます。そして,先進国の一員としてこのグローバル・ガイドライン策定につき,さらに積極的に関与していただけるようお願いしたいと思います。


James Toouli氏
トレーニングセンター設置などについて語る

 9月13日,モントリオールPalais des Congresのプレス&メディア室にてJames Toouli氏(WGO-OMGE and OMED Joint Education and Training Committee共同議長,アデレードFlinders大消化器外科学教授)は同委員会の活動内容について以下のように紹介・報告した。

 同委員会の重要な仕事にはさまざまあるが,その中でも“Train-the-Trainers”と“Training Centers”の活動を重視している。

 前者は文字通り,指導者のための指導講座で,どうしたら学生に学ぶことの動機づけを与えられるか,どうしたらよりよいスキルを与えることができるかを目標としている。2001年4月にクレタ島(ギリシャ)で23か国からの参加ではじめて開催された。この後クイーンズタウン(ニュージーランド),プンタデルエステ(ウルグアイ),カイロ(エジプト)などでセミナーを開いた。参加者は合計200名を数える。このモントリオールでの学会期間中に委員会メンバーや参加者などでセッションを開催する。

 また,トレーニングセンターについては,最初にソエト(南アフリカ),ラバト(モロッコ),カイロ(エジプト),バンコク(タイ),カラチ(パキスタン),ラパス(ボリビア)に,さらに上級者向けの内視鏡トレーニングセンターをサンチャゴ(チリ)ですでに開設し,近くイタリアのローマに設置する計画である。

Guido Tytgat氏(WGO-OMGE会長)および丹羽寛文氏(OMED会長)退任

 今回のモントリオール世界会議をもって,4年間にわたって世界を献身的にリードしてきたGuido Tytgat氏(WGO-OMGE会長)および丹羽寛文氏(OMED会長)の任期が終了し,退任が決定した。

 WGO-OMGEの新しい会長には,Eamonn Quigley氏(Ireland大),OMEDの新しい会長にはAnthony Axon氏(英国General Infirmary at Leeds)が就任した。

メインセッションの1つLive Endoscopy
 学会コアプログラムの1つが人気セッションのLive Endoscopyである。WGO-OMGE/OMEDはこの教育プログラムを最も重視している。モントリオールPalais des Congresの主会場の大画面にはHong Kong(9月12日)とToronto(9月12-14日)からのライブ映像が連日流れ,会場どうしを繋いだデモと討論が3日間にわたって行われた。
 トロント会場は,トロント・コースで有名なNorman Marcon氏(Head of the World-renowned Toronto International Therapeutic Endoscopy Course)らが中心となって主会場に実技画像を送っていた。Marcon氏は工藤進英氏(昭和大横浜市北部病院)らが毎年主催している「横浜ライブ」にも講師としてしばしば招待され,日本の若いendoscopistにも影響を与えている。今回のライブでは,わが国からは工藤氏,井上晴洋氏(昭和大横浜市北部病院),山本博徳氏(自治医大),矢作直久氏(虎の門病院),安田健治朗氏(京都第二赤十字病院),緒方晴彦氏(慶大内視鏡センター),他が華麗な内視鏡診断・治療を披露し,Palais des Congresで画像を凝視する聴衆に深い感銘を与えた。
 スクリーンに映るのは井上氏とMarcon氏。井上氏は香港とトロント2か所から合計6コマの実技指導を行った。