医学界新聞

 

印象記

SFDC「プロフェッショナリズム」コースに参加して

野村 英樹(金沢大学医学部附属病院総合診療部・総合診療内科)


 2005年9月の4週間にわたり,スタンフォード大学医学教育センター(Stanford Faculty Development Center: SFDC)で開催された上記のコースに,日米医学医療交流財団などの助成をいただいて参加する機会を得た。

 SFDCは,スタンフォード大学の創設者スタンフォード氏の農場でワイナリーとして用いられていた3階建てのレンガ造りの建物を改築した,スタンフォード・バーンと呼ばれる雰囲気のある建物の中にある。ここの1階のカンファレンスルームが,われわれ参加者の1か月間の教室となっていた。

コース修了者のネットワーク

 スタンフォード大学が位置するカリフォルニア州パロアルト市は,大変穏やかな気候に恵まれている。その気候の影響なのか,SFDCの設立者で共同ディレクターのKelley Skeff先生およびGeorgette Stratos先生をはじめ,スタッフ全員フレンドリーな方ばかりであった。その雰囲気が参加者にも伝わるのであろう,全米で医学教育者として活躍するSFDC設立(1986年)以来のコース修了者たちにより,Skeff先生らを中心に医学教育に情熱を傾ける仲間としての大きなネットワークが形成されていると聞く。

 さらに,Skeff先生やStratos先生との会話の端々に,今回私をSFDCにご推薦くださった伴信太郎先生(名古屋大学総合診療部教授,1995年にMedical Decision Makingプログラムに参加)や,山中克郎先生(名古屋医療センター,1999年同),武田裕子先生(東京大学,2000年Geriatrics in Primary Careプログラム)ら,日本からの過去の参加者への強い期待と信頼も感じられ,この素晴らしいネットワークが日本にも拡がっていることが実感された。

 さて,SFDCでは今年,それぞれに1か月にわたる2種類のプログラムが提供された。いずれも参加者定員は6名と少人数で,双方向性の濃密なカリキュラムである。私が参加した“Professionalism in Contemporary Practice(PCP)”プログラムは今年で3回目と新しく,もう一方の“Clinical Teaching(CT)”プログラムは,1986年のSFDC設立以来続く伝統あるプログラムである。

少人数での模擬授業や 公開セッション

 このプログラムは,90分の少人数対象の双方向性の教育セッションを8回,それぞれの所属施設に戻ってからfaculty(指導教官)を対象に自ら提供することができるようになることを目的にデザインされている。

 このため,初日のオリエンテーションに続き,1週目から2週目の前半にかけての午前中に,まずはわれわれ自身が学習者として,ひと通りの授業を受けた。この間,毎日多くの宿題(資料となる論文)が渡され,翌日にはその内容についてのディスカッションが行われた。午後にはClinical Teachingのセッションもひと通り行われ,またPCPの各セッションに関してさらに理解を深めるためのリソースセッションなども組み込まれている。

 2週目の後半から3週目にかけては,参加者同士がお互いに教え合う模擬授業があり,またこの間にスライドの内容に修正を加える機会も与えられる。最後の週には,Stanford Medical Centerのfacultyやチーフレジデントを招いて,彼らを対象に,われわれ参加者が講師を務める公開セッションが行われた。翌朝にはこの公開セッションでの授業内容に対して詳細なフィードバックが行われ,これらがすべて終了すると,参加者にはこのカリキュラムを用いて自分の所属施設で教育を行うライセンスが与えられる。

概念か,行動か

 8回のセッションのテーマは,表の通りである。Patient Safety,Evidence-based Practiceのような馴染み深いものもあるが,Reflective PracticeやShared Decision Makingのように日本でも重要性が指摘されながら理解が深まっていないもの,Quality ImprovementやLeadershipのように医療以外の分野では日本においても盛んなもの,Cultural Competenceのような新しい概念なども含まれている。そして,何より重要なのは,これらがなぜプロフェッショナリズムとして必要とされるのかを理解する,Defining Professionalismのセッションである。

 「現代診療におけるプロフェッショナリズム」プログラム
1.Defining Professionalism
2.Reflective Practice
3.Shared Decision Making
4.Cultural Competence
5.Patient Safety
6.Evidence-based Practice
7.Quality Improvement
8.Leadership

 この最初のセッションでは,アメリカ医学教育の父と言われるFlexnerによる「プロフェッション」の定義に始まり,ABIM(米国内科医認定機構)のProject Professionalismにおける定義,ACGME(米国卒後医学教育認定機構)によるresidentのめざすべきcore competence,Swiftによる定義,そしてACP-ASIM(米国内科学会)やABIMを中心とする医師憲章,最後にACS(米国外科学会)の綱領などが提示され,プロフェッショナリズムという概念の変遷についての議論が行われた。

 われわれが最初に受けた授業では,プログラム製作者側の意図として,近年ではプロフェッショナリズムの概念的な捉え方よりも,具体的な行動が重視されるようになっていることが強調されていた。しかし,求められる具体的な行動が変遷し,新たな行動が求められるようになれば,なぜその行動が求められるのかを概念的に説明できなければならないのではないか,と議論が発展して行った。実際,「医師憲章」では「患者の利益優先の原則」「患者の自律の原則」「社会的平等の原則」という3つの概念的な原則が提示されている。

プロフェッショナリズムと Redwood

 最終的に私が担当した公開セッションでは,プロフェッショナリズムをRedwood(セコイア)の木に擬え,具体的な行動(木の見える部分)が大きくなっていくには,概念(土に隠れて見えない根の部分)もそれに合わせて大きくならなければならないという説明を行った。

 実は公開セッションの前日,パロアルトから1時間ほど南下したBig Basin国立公園近くのSkeff先生所有の山荘に招待され,大きなRedwoodの森に皆がinspireされたことをヒントにこの比喩を思いついたのだが,スタンフォード大学のロゴにもRedwoodがあしらわれていることもあり,授業に参加してくれたfacultyやチーフレジデントたちにも印象深く理解してもらえたものと思う。

 しかし,では変遷する医療のプロフェッショナリズムにおける「根」の部分を決定づけるものは何なのか,という疑問については結論にまでは至らなかった。今後,日本内科学会認定内科専門医会プロフェッショナリズム委員会(横浜市立市民病院・大生定義委員長)などで,さらに検討させていただければと考えている。今回のコース参加は,教育のノウハウはもちろん,私自身のプロフェッショナリズムに関する理解も大いに深めることができた貴重な機会となった。