名郷直樹の研修センター長日記 |
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ただ研修する
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(前回2650号)
□月●○日
ちょっと暇そうに,研修センターに研修医が1人。ただ暇なだけか。一応声をかけてみる。余計なお世話かもしれないけど。
「調子どう?」
「白血病の患者さんがいたのだけれど,血液内科がないので転送になってしまって残念でした」
「そりゃ残念だ。診断は何がきっかけだった?」
「ただのかぜと思ったのだけど,なんとなくだるそうで,たまたま血算を出したら検査室から電話がかかってきたのです。でもまさか白血病とは思いませんでした。やっぱり検査は大事ですね」
「俺が診療所でやっていたら多分見逃していたと思うよ。なんとなくだるそうというのはとても大事な所見だったな」
「でも白血病と診断ついてからが,いいとこじゃないですか。残念です」
「その患者さんはどんな患者さんだった?」
「どんな患者さんかって,50代の男性ですけど」
白血病に関する関心と,白血病の患者に関する関心,病気をみずに人を診ろ,なんて簡単に言うけれど,そんな表現じゃ,何も言ったことにはならない。ましてや研修中の身,病気に対する関心が高いのは当たり前,それもまた重要なことだし。そんな中で,人を診ろと言っても,できないことをやれ,そういう無理を言っているに過ぎない。でも人を診るという視点でどうかといま話題にしても,うまく議論できる気がしない。
「やっぱり白血病も診れるといいよね」
「そう考えると,やはりある時期は大学とかで研修した方がいいのでしょうか?」
難しい質問だ。へき地医療の掟の1つに,その場にあるものでやる,ないものねだりをしない,というのがある(ってどこに?)。研修だって同じだ。目の前の患者で研修する。それ以外に方法はない。十分な研修が提供できない言い訳に聞こえてちょっと心苦しいが,決して言い訳しているわけじゃない。その場にあるものに向き合う重要性,自分自身がへき地の毎日で身にしみたことの1つだ。理想の研修を追うのはまた別の意味で大事なことだが,今,理想を追わないのも大事なことだ。あんな研修がしたい,こんな研修もしたい,できればアメリカで研修したい。
世の中みんな(ということはないか),ルイビトンのバッグがほしい,そうなってしまった。みんなアメリカ人になりたいと思っているんじゃないか。ビトンは別にアメリカじゃないか。でも同じことだ。ビトンのようなもの。アメリカのようなもの。テロリストを肯定する気持ちはないが,アメリカがいいとも思えない。話が飛びすぎだろうか。でもアメリカも,テロも,どちらもとても身近な話題になっている。ただの生活,普通の生活の中にそれがある。
へき地には,まだアメリカでもテロリストでもないところがたくさん残っていた。ちょうどいい具合に。ビトンもアメリカも知らない人たち。テロリストから最も遠い人たち。今日の研修医の話とどこでどうつながるのか。でも何かつながる気がして,こうして考えている。
ただ生きている人たち,決して悪い意味でなく。むしろいい意味で。金持ちになりたいとか,大きい家に住みたいとか,贅沢したいとか,そんなんじゃなくて。へき地に住む人たちの生活,というより,へき地に住む人たちの中で,私の印象に深く残っている人たちの生活,といったほうが正確だが,そんな生活をしている人たちについて思い出す。朝起きる。顔を洗う。朝ごはんを食べる。後片付けをする。畑仕事をする。近所のうちへ遊びにいく。昼ごはんを食べる。片付ける。昼寝をする。内職をする。晩ごはんを食べる。風呂へ入る。テレビを見る。寝る。そんな生活。ないものねだりをしない,そこにあるもので生活する人たち。でもそんな中に想像もできないようなさまざまなことがある。本当に想像できなかった。ただ生活するといったって,それだけで相当すごいことだ。ここに挙げたことの狭間にある,本当にシビアなこと。それに少しは想像力が働くようになったこと。少しは人を診ることの意味がわかりかけたこと。そこに至るまで,本当に何もわかっていなかったこと。ここに書いたことしかわかっていなかった。それすらわかっていなかったのかもしれない。どんな朝ごはんを食べていたかさえ,知らなかったじゃないか。
ただ研修をする。へき地に住む人たちのように。朝起きる。朝ごはんを食べる。出勤する。病棟を回診する。カルテを書く。指示を出す。検査に付き添う。昼を食べ損ねる。勉強する。また回診する。指導医とディスカッションする。夕食を何とか食べる。勉強する。帰る。風呂へ入る。寝る。でもそれで結構すごい。そんな研修ができたらよいなあ。
名郷直樹 1986年自治医大卒。88年愛知県作手村で僻地診療所医療に従事。92年母校に戻り疫学研究。 95年作手村に復帰し診療所長。僻地でのEBM実践で知られ著書多数。2003年より現職。 |
本連載はフィクションであり,実在する人物,団体,施設とは関係がありません。 |