医学界新聞

 

シネマ・グラフティ

第8回
「男はつらいよ」


2649号よりつづく

■偉大なるワンパターン

 若い頃は「どうしてこんなワンパターンの映画を皆が飽きもせずに観にいくのだろう」と私は首をひねっていた。しかし,この味はさすがに中年になってみないとわからない。ひょっとすると,映画史上で山田洋二は小津安二郎に並ぶ松竹の名監督と称されるようになるかもしれない(?)。

故郷柴又,失恋,また旅へ…

 全48作のストーリーはほとんど同じ。渥美清が演ずる主人公は,人呼んでフーテンの寅。テキ屋をしながら,日本国中を巡っている。一般人の常識とはかけ離れているものの,義理人情を誰よりも重んじる寅さん。いろいろな人々と出会い,騒動も起こすのだが,愛すべき人柄が,さまざまな問題を抱えた人の心を癒していく。

 もちろん,寅さんはそんなことは考えず,成り行きでそうなっているに過ぎない。世間のしがらみの中で暮らしている普通の人々にとっては,何の制約も受けずに生きている寅さんの生き方にどこか魅かれるものを感じる。

 時々,寅さんは故郷の葛飾柴又にふらりと舞い戻ってくる。そこには叔父と叔母,妹のさくらと夫と甥がいる。それでも,肉親との間に生じたちょっとしたトラブルから寅さんは腹を立てて,また旅に出てしまう。「もめ事があるときゃ,いつも悪いのはこの俺だよ。でもな,帰ってくる時は,いつでもみんなといっしょに仲良く暮らしたいって考えているんだぜ」と言い残して。

 また,どの作品にもマドンナが登場。若くて,育ちがよくて,上品で,知的で,美しい女性だ。マドンナにとっては寅さんは非日常的な存在だから,異性として意識することはない。自由気ままに生きている寅さんに出会って,子どもの心を取り戻すような感じなのだ。

 しかし,寅さんはいつも,マドンナからの愛情を堅く信じてしまう。でも,マドンナには意中の人がいることに,ある日,寅さんは気づく。現実に直面し,結局,寅さんは再びふらっと旅に出て,映画は終わる。

マドンナに魅かれる 「中年男はつらいよ」

 理屈は要らない。腹を抱えて笑えばいい。とくに初期の作品は出演者がみな若くて元気いっぱいだ。出てくる女性は,白いハイソックスでミニスカート,長い髪。男性も肩まで伸ばした長髪で,痩せこけていて,肥満した男などひとりもいない。町の光景も「あの頃はたしかにあんな感じだった」と懐かしくなる。  そして,この映画にはラブシーンなどない。しかし,観ようによってはかなりセクシャルな作品かもしれない。中年男であっても,若い女性に魅かれることはある。しかし,大部分の男は懸命に平静さを保とうとするだろう。若くて魅力的な人なのだから,当然ふさわしい男性がいるはずだと自分に言い聞きかせて,必死になって納得しようとする。  分別盛りの中年男性は,マドンナに対して,自分のもとを去らないでほしいなどとも言えない。笑顔で彼女の幸せを祈るしかない。そして,せいぜい深酒をするか,大空を仰いで大きな溜息をつくかが関の山。こんな具合に,寅さんは多くの中年男の心の中に生きている気がしてならない。まさに「男はつらいよ」だ。

「男はつらいよ」1969-95年,日
監督:山田洋二
出演:渥美清,倍賞千恵子,前田吟,笠知衆,他。

吉永小百合をマドンナ役に迎えた『男はつらいよ 寅次郎恋やつれ』(1974年・松竹)より。

次回につづく


高橋祥友
防衛医科大学校防衛医学研究センター・教授。精神科医。映画鑑賞が最高のメンタルヘルス対策で,近著『シネマ処方箋』(梧桐書院)ではこころを癒す映画を紹介。専門は自殺予防。『医療者が知っておきたい自殺のリスクマネジメント』(医学書院)など著書多数。