医学界新聞

 

特別寄稿

ハワイ大学医学生の臨床実習を受け入れて

木野昌也(北摂総合病院院長・大阪医科大学臨床教育教授)
高階經和(社団法人臨床心臓病学教育研究会理事長)


「すばらしいプレゼント」

木野昌也


 2005年7月4日から8日までの5日間,当院にハワイ大学医学部学生実習を受け入れた。1週間の短期間ではあったが,学生たちだけでなく,当院の職員にとっても大変有意義であったのでご紹介したい。今回の学生実習は,大阪医大学生部(部長:大槻勝紀氏)と,中山国際医学医療交流センター(センター長:河野公一氏)との共催による「ハワイ大学との交流に関する委員会」のご尽力で実現することになったものである。ハワイ大学医学部(Johns A Burns School of Medicine)は1学年が60名の小さな医学部である。1年生を終え日本での臨床実習を希望した40名の中から選抜された3名が,3週間の短期留学生として大阪医大へ派遣され来日した。

日本の民間病院のありのままを体験実習

 大阪医大病院での1週間の実習の後,2週目を当院が担当することとなった。アメリカの医学教育が日本より格段に進んでいることは周知の事実であり,米国の医学生の実力はよく知っているつもりだったが,何せまだ1年生を終えたばかり。何を学んでもらうか,いろいろ悩んだ末,当院の医療チームに加わり民間病院のありのままを体験していただくことにした。われわれの病院は管理型の臨床研修病院として,現在2年目の研修医2名,1年目の研修医3名が在籍し研修中である。ちょうどこの時期,来年度からの研修を希望する医学生も見学にきていたので,それぞれの学生たちを研修医のもとに配属した。

 7月4日朝7時半,緊張した面持ちで会議室に入った学生たち。互いの紹介を簡単に済ませると早速Morning Reportに参加。終了後,ハワイ大の紋章が入った白衣に着替えて8時半からの朝礼に出席した。朝礼は当院設立以来,1日も欠かさず続いている伝統の行事である。日勤職員が一堂に会した朝礼で3名の学生を職員に紹介し1週間が始まった。

 学生はNeal Kallenberger君,Lauren Okamotoさん,Tracie Kuranoさんの3名。Nealは35歳の白人。2名の女子学生は日系5世,しかし日本語はほとんど通じない。互いに少々不安を感じながらのスタートであった。

 午前9時からは,当院顧問である中野次郎先生と研修医たちとの症例を中心としたディスカッションに参加。中野先生はハワイで開業された際,ハワイ大学内科の臨床教授として学生実習を担当され,ハワイでは有名人である。5年前にハワイ大学医学部の卒後教育担当部長と面談した際,お母様が中野先生の患者であったことが判明し,一気に話が弾んだことを思い出す。

 午後4時,外来診療を終えた私が学生たちを院長室に招き,いろいろ雑談をしていると,Nealが天井をしげしげと見ている。「このスプリンクラーは変わっている。本当に水が吹き出すのか」と聞き出した。実は当院は築40年。工事の関係からスプリンクラーによる散水方式ではなく,消火剤によるパッケージ型自動消火設備を採用していたのである。彼は医学部に入学するまでに9年間,スプリンクラーの営業マンとして父親の会社で働いており,まだその会社の経営陣の一員でもあるとのこと。ぜひともそのシステムを見たいというので案内したところ,会社の名前をメモしている。さすがアメリカの医学生と感心した。

アメリカ医学生の学習レベル

 2日目は,朝9時から指導医回診。私の担当である。「The patient is a 72 year old male, known to have severe aortic regurgitation and thyroid cancer with lung metastasis presenting with paroxysmal nocturnal dyspnea. Thyroidectomy was performed 20 years ago. He is now suspected to have infected endocarditis……」。症例の紹介の後,身体所見と大動脈弁閉鎖不全症の自然歴,甲状腺癌の組織診断や予後,さらには今回の心不全の直接の引き金となった感染性心内膜炎について,私から次々と飛ぶ質問に,驚いたことに彼らは見事に答え,しかも積極的に発言してくる。

 「かなりできる」と判断した私は,さらに質問を重ねた。大動脈弁閉鎖不全症の重症例で肺水腫の状態で緊急入院しているが,入院時の拡張期血圧は低く,臨床所見でいくつか食い違う所見があるがどう考えるか?

 「これは患者さんが呼吸困難の際に服用したニトログリセリンの効果と思う」とNeal。そばで聞いていたLaurenもTracieも「Good point」と頷いているではないか。私は彼らが1年生を終えたばかりの医学生であることを一瞬疑った。この後,病棟の廊下でもしばらくdiscussionが終わらなかった(写真1)。

 7月は大阪医大各科から後期研修で派遣されてくる医師が交代する時期である。その夜は会場を近くの料亭に移して診療部主催の歓送迎会に参加。先輩後輩たちがすき焼き鍋を囲み,酒を酌み交わす日本の良き伝統を体験し,大いにに盛り上がった一時であった(写真2)。

 3日目は,木戸友幸先生の診療所での外来実習を体験。木戸先生はNew York大学でFamily Practiceのレジデントを修了しAmerican Academy of Family PhysicianのFellowとして活躍中で,全国から実習希望者が集まっている。4日目は,臨床心臓病学教育研究会理事長の高階經和先生にお願いしてイチロー研修。1年目の研修医にとっては必須のプログラムである(次項,高階先生寄稿参照のこと)。

 5日目は学生たちの希望により手術室の実習。終日手術室に入り各科の手術に立ち会った。Neal君は助手を経験して悦にいっていた(写真3)。


How to teach, but how not to teach

高階經和


 新医師臨床研修制度が始まって2年目になるが,その評価については現在賛否両論がある。われわれの病院の経験から言えば,大成功である。やる気のある人たちが,学閥,人種を問わず集まり,よりよい医療を求めて切磋琢磨する。その環境が臨床の発展につながる。私はそのように信じている。その意味で今回のハワイ大学医学生の臨床実習はわれわれにとって素晴らしいプレゼントとなった。関係された各位に深く感謝したい。

 2005年7月7日,ハワイ大学医学部からの3名の留学生が,北摂総合病院の研修医3名とともに「アジア・ハート・ハウス」(ジェックス研修センター)を訪れた。私はその30分前から,ハワイから来た彼らを歓迎するためにハワイアン・ミュージックのCDをかけておいた。

 「おー,ハワイアン・ミュージック!」と女子学生の1人,Tracieが驚いたように言った。他の学生たちも「オー,ワンダーフル!」と声をあげる。「アジア・ハート・ハウスにようこそ,私がドクター・タカシナです」と挨拶をした後,私は11時からこの「6人の侍」(といっても女性3名,男性3名からなる医学生・北摂総合病院研修医の混成チームである)を前にして,「アジア・ハート・ハウス」の構想から,その実現に至るまでの20数年の活動の歴史についてパワーポイントを使いながら話した。彼らは若く,1960年代に私がニューオーリンズに留学した頃は,まだ生まれていなかったが,熱心に私の話に耳を傾けていた。

はじめての「イチロー」研修

 話が終わるとちょうどお昼になったので,6人の侍と共に弁当を取りながら,CD-ROM『心電図を中心とした心臓病患者の診かた』(インターメディカ社)による心臓病患者シミュレータ「イチロー」の診かたの解説を行った。私と木野昌也先生の協力で製作したCD-ROMの内容を,彼らは食い入るように見つめていた。

 昼食が終わるとすぐに私は「O.K.では始めよう」と言って「イチロー」のスイッチを入れた。彼らはもちろん「イチロー」を見るのは初めてである。全員驚きの声をあげた「ワオー!」。

 腹式呼吸で腹壁が上下に膨らんだり沈んだりする動き,マグライトで照らすと頸静脈波が1心拍ごとに2回拍動し,ハッキリとその動きを診ることができる。また全身動脈拍動(頸動脈,正中動脈,橈骨動脈,大腿動脈)と心尖拍動を触れるにおよんで,Nealは「このシミュレータは絶対に私たちの大学に必要だ。ハワイに帰ったらすぐに教育担当のプロフェッサーに言って,購入してもらえるように頼む心算です」といった。2人の女子学生LaurenとTracieも大きくうなずいた。

 正常の心音・頸静脈波・頚動脈拍動・心尖拍動・聴診所見からスタートし,各疾患についての血行動態や病態生理についても,彼らが納得するまで説明を行った。彼らの眼つきが輝き,真剣に私の説明に耳を傾けているうちに時間はどんどん過ぎていく。その内にNealが私に「ドクター・タカシナ,もしハワイ大から旅費をお払いし,学生のレクチャーをお願いすれば,来ていただけますか?」と聞いてきた。私も笑いながら「それはよい話だ。もしあなた方がご希望だったら喜んでお受けするよ」と答えた。

 約5時間半にわたって,少しの休憩時間を取りながら「イチロー」を駆使した研修を行った。その少しの休憩の間に,ふと耳元に何とも言えない美しいハワイアン・ミュージックをハミングでTracieが口ずさんでいた。「Tracie,素敵なハミングじゃないか」「それほどでも」といってTracieが微笑みながら答えた。「Tracieは歌も,ダンスも得意なんですよ」とNealがフォローする。わずかなコーヒー・ブレークの間に心が休まる気持ちになった。

若い世代に知識と 経験を伝えたい

 こうして「6人の侍」ならぬヤング・ドクターたちを相手に,私は「イチロー」を駆使して,臨床心臓病学の醍醐味を披露した。

 今,われわれがかつてアメリカ留学中に経験した知識や経験を,いま若い次の世代に還元する時代に来ていると思う。今回は計らずも「アジア・ハート・ハウス」(ジェックス研修センター)で,ハワイ大学医学部の学生を含めて6名の若い世代の人々に臨床心臓病学の基本的なアプローチの仕方と,その素晴らしさを味わってもらうことができた。

 米国カンザス大のグレイ・ダイアモンド教授(Prof. Grey Diamond)が約20年前に制作した,“How to teach, but how not to teach”という教育用VTRがある。医学部教育で最も大切なことは「どう教えるか」ということであり,指導医は常に自分のやり方を振り返り,「どう教えてはいけないか」を反省する必要があると思う。教育とは相手に自分の考えや知識を教え込むものではなく,その背景にある病態生理の考え方を正しく伝えることではないだろうか。

 アジア・ハートセンターでの研修が終わりに近づいた頃,Nealが「ドクター・タカシナ,私たち若い医学生がこれから勉強するうえでどんなことが大切かを教えていただけませんか?」と訊いた。私はすぐに「Neal,私が何時も自分のために言い聞かせている『七つの言葉』がある。それは(1)活動的であれ,(2)忍耐強くあれ,(3)深慮深くあれ,(4)謙虚であれ,(5)正直であれ,(6)協調性を持て,(7)冷静であれ,という自主自戒の言葉だ」と答えた。

 Nealは深くうなずき,LaurenもTracieもその言葉を「イチロー」による『ベッドサイド診察法』の本の表紙の裏側に書き込んでいた。彼らは心の底から私に礼を述べ「また近いうちにぜひ,お目に掛かりたいものです。サンキュウ ドクター・タカシナ,アローハ」といって,研修を終わった。