〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第 69回
8月31日,米食品医薬品局(FDA)副局長(兼女性健康部長),スーザン・ウッドが辞任した。26日に,FDA局長,レスター・クロフォードが,緊急経口避妊薬「プランB」の処方箋なしの店頭販売認可について,最終決定を延期したことに対する,抗議の辞任だった。
例えば,無防備性交後24時間以内にプランBを使用した場合の妊娠の確率は0.4%にしかすぎないが,性交後48-72時間と使用が遅れると,妊娠の確率は2.7%と跳ね上がる(プランBを使用しなかった場合の妊娠の確率は8%)。処方薬である限り,医師に処方箋を発行してもらうまでの時間がいたずらに空費され,有効性が著しく減じられることは避けられない。望まない妊娠や人工中絶の件数を最大限減らすためには,処方箋を要しない店頭販売としてアクセスを拡大する必要があると,03年に,店頭販売薬としての認可申請がなされたのだった。
FDA内外の専門家の「認めるべし」とする決定をFDA高官が「独断」で覆すのは極めて異例のことであったが,ギャルソンが異例の決定を下したのは,「政治的圧力」が理由だったと言われている。というのも,米国では,妊娠中絶・避妊を巡る国民の意見対立が深刻であるだけでなく,人工中絶に反対する宗教保守層が共和党(保守派)の最大支持基盤となっているために,妊娠中絶・避妊の問題は,ことある毎に政治問題化する傾向があるからである。特に,04年は11月に大統領選を控えていただけに,政権上層部は,FDAが宗教保守層の神経を逆なでするような決定を下すことを認めるわけにはいかなかったのだと言われている。
クロフォード局長がこの時期に「決定延期」を発表したのは,ヒラリー・クリントン上院議員はじめ,認可推進派の政治家たちと「9月1日までにプランBの処置を決める」と約束していたからだが,「処置を決めると約束していたのに『決定延期』とは約束違反」とクリントン議員たちが怒ったのも無理はない(これに対してクロフォードは,「決定延期の決定も『決定』に変わりはない」と開き直っている)。
さらに,9月3日には連邦最高裁判所長官ウィリアム・レンキストが死亡,7月に引退を表明したサンドラ・デイ・オコーナー判事(中道派)に加えて,最高裁判事の空席は2つとなった。今後,中絶反対派の保守派判事が最高裁の多数を占めた場合,中絶を合法と認めた73年の「ロー対ウェード」判決が覆される可能性もあり,米国においては,中絶・避妊を巡る政治対立がますます先鋭化することが必至の情勢となっている。
(この項つづく)
註1:一般名levonorgestrel。「事後」に使用される避妊薬との意味で「morning after pill」とも呼ばれる。ちなみに,「プランB」とは,規定のプランが失敗した後,失地を挽回するための「緊急作戦」を意味するイディオム。
註2:「年齢制限は技術的に難しい」とクロフォード局長は決定延期の理由を説明したが,ニコチン・ガムについては,19歳以上に限って店頭販売を認可した前例があったし,タバコやアルコールの販売の例を見ても,「年齢制限が技術的に難しい」とする主張の無理は明らかだった。