医学界新聞

 

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アメリカの後期臨床研修マッチング

足利洋志(National Institutes of Health)
香坂 俊(Texas Heart Institute, Baylor College of Medicine)


はじめに

 2004年度よりわが国に新医師臨床研修制度が導入され,初期研修の研修病院の選択にマッチング制度が採用された。この緩やかな競争制度の導入により研修医側と研修病院側双方に近年大きな意識改革がもたらされたのは周知のとおりである。

 アメリカでは初期研修に加えて,後期研修の施設選択にあたってもマッチングが存在する。初期研修と後期研修では研修目標の性質が異なるため(香坂俊「米国にみる後期研修のあり方」医学界新聞第2607号:2004年11月1日),後期研修のマッチングでは初期研修のマッチングとは異なる要素が要求される。新制度導入から2年たち,わが国でも初期研修に続く後期研修システムに注目が集まっており,多くの施設で専門教育に対する充実化が図られている。こうした流れの中でアメリカの若き研修医たちが後期研修にどういった展望を持っているのか,マッチング制度を俯瞰しながら取り上げていきたいと思う。

フェローシップマッチとは?

 アメリカでは医学部3,4年次に病棟でのクラークシップを通じて主要科(内科,外科,産婦人科,小児科,精神科)および希望科のスーパーローテートを行う。したがって医学部卒業後の研修(レジデンシー)では,基本的に一般内科や一般外科といった専門科のみを研修する。レジデンシーには専門科によってACGME(Accreditation Council for Graduate Medical Education)が定めた研修期間があり(3-5年間),これを修了して専門医試験に無事に合格すると,一般内科医や一般外科医といった各科専門医として開業することができる。レジデンシーポジションを得るためのマッチングは,レジデンシーマッチと呼ばれ,全米の医学生(および少数の外国人)が参加する巨大なプロセスである。

 その後,約3分の1から2分の1の医師はレジデンシー修了時点で開業せずに,後期研修(フェローシップ)へと進み,さらに超専門科(subspecialty)の研修を行う。フェローシップにも,レジデンシー同様に専門科によってACGMEが定めた研修期間(1-3年間)があり,フェローシップ修了後には超専門医(subspecialist)としての資格が得られる。今回紹介するのは,この後期研修(フェローシップ)のポジションを得るためのマッチング,すなわちフェローシップマッチである。ただし,フェローシップマッチは,すべての超専門科で存在するわけではなく,基本的に競争率の高いsubspecialtyのみに存在する(表)。

 フェローシップマッチに参加している超専門科(www.nrmp.org
内科 循環器内科,呼吸器・集中治療内科,感染症内科,膠原病内科,プライマリケアスポーツ内科
外科 腹部移植外科,大腸・直腸外科,手外科,低浸襲消化器外科,小児外科,集中治療外科,胸部外科,血管外科
小児科 小児循環器内科,小児集中治療内科,小児救急医療科,小児血液腫瘍内科,小児膠原病内科
産婦人科 生殖内分泌科,婦人腫瘍科,母体胎児内科,婦人骨盤再形成外科
精神科 小児精神科
眼科 眼科形成外科
放射線科 腹部放射線科,乳房女性放射線科,インターベンション放射線科,MRI,筋骨格放射線科,脳神経放射線科,小児放射線科,混合放射線科,胸部放射線科,超音波科

フェローシップマッチの具体的手順

 フェローシップマッチのスケジュールを,内科を例にとって紹介する。内科では,通常レジデント2年目前半の9-10月に既に各プログラムに関する情報を集め始める。つまり内科のレジデントは,レジデンシーを始めて1年後にはフェローシップマッチの準備を開始することになる。したがって,内科レジデント1年間を修了した時点で,自分が希望する超専門科が決まっていなければならず,初期研修のかなり早い時期に重要な決断を迫られることになる。その後,11-12月に各プログラムに応募し,翌2-4月に面接(インタビュー)があり,6月前半にマッチングのランクリストを提出し,2年目が終わる直前の6月末にマッチングの結果がウェブ上で発表される。

1)プログラムに関する情報集め
 ACGMEは研修内容の最低限のガイドラインを定めているが,広い国土を持つアメリカでは,どんな研修施設(プログラム)にも強い分野と弱い分野があり,プログラム間の研修の質は決して一定とはいえない。一般的に,初期研修においてはその専門科の範囲内のすべての分野でバランスよく優れているプログラムが好まれる。これに対して,後期研修においては,多くの応募者はそのsubspecialtyの範囲内で自分の臨床,研究興味分野に焦点を絞ってプログラムを選択することが多い。例えば,同じ循環器内科でも,インターベンションは優れているが,不整脈や心臓核医学が弱いプログラムや,臨床研究では一流なのに基礎研究では今一つというプログラムもある。

 応募者は自分に最適なプログラムを選択するために,プログラムに関する情報集めに時間をかけ,プログラム側は,魅力的なウェブサイトやパンフレットを作ってプログラムの長所をアピールし,少しでも質の高い応募者を集めようとする。しかし,そうした「正式」な情報は基本的にはプログラムの宣伝なので,それだけを頼りにプログラムの長所・短所を見つけ出すのは容易ではない。実際のところ情報集めの段階では,個人的なネットワークを使って聞き出す情報(いわゆる口コミ)が一番信頼でき,この点は日米あまり変わりないように思える。

 その後,インタビューの場で施設の見学や質疑応答を行い,直接自分の眼で情報を集める。どんな名声を誇るプログラムであれ,研修の実態というものはその場に行くまでわからないことが多い。また,プログラムの方でも候補者の「口コミ」を期待して,可能な限りの数のレジデントを面接に呼び,自分の施設の宣伝に努めるような側面もある。

2)応募
 フェローシップマッチの応募パッケージは,応募用紙,履歴書(CV),パーソナルステートメント(エッセー),推薦状から構成される。

 応募用紙はプログラムごとに異なり,多くの場合,プログラムのウェブサイトからダウンロードして,手書きあるいはタイプライターで1通ずつ記入する。応募用紙は1ページだけの簡単なものから,20ページにわたる詳細な「生活調査書」のようなものまで存在する。この分野でも電子化が進みつつあり,フェローシップマッチでも,各科でERAS(Electronic Residency Application Service)に移行する傾向にある。しかしERASでは,マウスをクリックするだけで新たなプログラムの選択・応募が済んでしまうので,昔ながらの手書き・タイプライター応募と比較して,応募者にとって大幅な時間の節約になるが,逆にあまりに簡単なので,それぞれのプログラムへの応募者数の増加をもたらした。

 CVは推薦状と並んでもっとも重要な要素のひとつである。アメリカでは履歴書に決まった形式がないため,読みやすくしかも印象に残るCVを書くために応募者は時間をかける。フェローシップマッチできわめて重要な要素となるのは,希望科における臨床能力と研究能力である。優れた臨床能力の客観的証拠となるのは,初期研修プログラムのレベル,ベストインターン,ベストレジデントあるいはチーフレジデントに選ばれた経歴や後述する教官の推薦状である。研究能力の客観的証拠としては,希望subspecialtyでの研究経験,学位(MD,PhD),学会発表や論文等があげられる。したがって,特に競争率の高いsubspecialtyを希望するレジデントは,医学部在学中あるいは初期研修中などにそのsubspecialtyに即した基礎・臨床研究を行い,フェローシップ応募前までに研究業績を増やしておく。医学部での成績や医師国家試験(USMLE)の点数は,レジデンシーマッチではきわめて重要であるが,フェローシップマッチでは参考程度に取り上げられ,成績を尋ねないプログラムもある。

 エッセーには,どうしてそのsubspecialtyに興味があるのか,どうしてそのプログラムを希望するのか,そしてプログラム修了後にどうしたいのかを簡潔にかつ論理的に記述する。また,これまで自分が行ってきた臨床業務や研究活動を取り上げ,どんな分野に興味があり,自分がどのようにプログラムに貢献できるのかを説明する。これはわが国ではあまりなじみのない習慣であるが,優れた読みやすいエッセーは面接官の助けとなり,自分のスタンスを理解してもらうことに役立つ。逆に杓子定規で丁寧なだけのエッセーからは何も伝わってこないことが多い。実際に面接の場においてアピールしたいことを中心にまとめるのが大切であり,自分の今までの経歴と,現在の状況と,将来の計画が一直線につながっていることが理想的である。

 推薦状は3-4通提出するのが一般的である。レジデンシーのプログラムディレクター(教育担当教官)あるいは部長(内科部長,外科部長など)から1通,自分の希望subspecialtyの病棟指導医から1通,研究指導者から1通など,個人的に親しく一緒に働いた人からもらう。出身校の医学部長からの手紙を要求するプログラムもあり,その内容は大きなウエイトを占める。推薦状もわが国にはあまりなじみのない習慣であるが,熱意のこもった推薦状は自ずと引き立つ。一般的にディレクターや教授職などにある医師からの推薦状は,形式が一定しており,レジデントとの関係,経歴や自職の説明をしてから最後の段落にそのレジデントの評価を述べることが多い。この最後の段落に具体的な本人にまつわるエピソードや熱心な推薦の言葉があれば「強い」推薦状ということになる。ただ,こうした推薦状は「熱意」の個人差もあるので判断が難しいことも多い。有力な候補者の場合は,フェローシッププログラムディレクターが推薦状を書いた人物に電話などで直接コンタクトをとり,候補者の人柄や業績などを口頭で確認する。

 これらの書類が揃ったら,締め切り(12-1月)に間に合うようにフェローシッププログラムディレクターに応募パッケージをまとめて送付する。応募プログラム数はsubspecialtyによっても異なるが,多い人は50か所以上,書類を提出する。

3)インタビュー
 応募パッケージを締め切り前に無事に各プログラムに送付できたら,応募者はインタビューシーズンまでの数か月間は一息つくことができる。一方フェローシップのプログラムディレクターは書類選考のためにこの時期は多忙を極める。例えば循環器内科では,人気のあるプログラムは毎年400-600通の応募パッケージを受け取る。ディレクターは1-2か月ですべての応募パッケージに目を通し,30-60人をインタビューに招待する。この中で最終的にフェローとしてマッチするのは,3-6人である。

 2月になると応募者はインタビューの招待状をメールあるいは手紙で受け取る。大抵の応募者はインタビューでアメリカ全国を飛び回ることになるため,インタビュー時期の2-4月に休暇やエレクティブ(当直のない選択科)ローテーションを組んで,インタビューにいつ呼ばれても対応できる状況にしておく必要がある。インタビュー旅行に伴う経費(飛行機,ホテル代)は大多数の場合,自分で支払うことになるが,これは応募するプログラムの数によって10万円から100万円程度の出費となり,薄給のレジデントには無視できない金額である。

 各プログラムは,30-60人の候補者を,一度に5-20人ずつに分けてインタビューに招待する。インタビューは1日かけて行われ,各候補者は一般的に5-10人のインタビュアーと,各30分程度の1対1の面接を行う。その際にはCV,パーソナルステートメントや推薦状に現れない人間的要素について聞かれることが多い。

 通常どのプログラムでも必ずされる質問は,「10年後には何をしていたいか?」「どうしてこのプログラムに応募したのか?」の2つである。この質問の目的は,候補者がそのプログラムをよく理解していて,そのプログラムが候補者のキャリアゴールを達成するために必要不可欠な過程であることを確認することにある。なお,このインタビューの場で臨床知識を問われることはまずない。臨床知識に対する評価は,その候補者の出身医学部,初期研修施設での評価,あるいはUSMLEの点数などでディレクターによりスクリーニングされていると面接官は判断する。

 なお,候補者同士も面接を繰り返すうちに顔見知りになり,情報交換のネットワークができることも多い。このネットワーク内でプログラムの情報交換を「口コミ」で行ったり,また将来同じ分野に進む仲間でもあるので研究の情報を交換したりと,インタビュー中に築くことのできるものは多い。

 候補者はインタビュー終了後,インタビューで会った人全員に礼状(いわゆる“Thank you letter”)を送る。かつて礼状はすべて郵送すべきものであったが,現在ではメールで送ることが多い。礼状には,忙しい中でインタビューをしてくれたことに感謝を表明し,どの程度そのプログラムに興味を持ったかを告げる。

 なお双方にとって,相手側に自分をできる限り上位にランクさせれば,自分側に有利にマッチを進めることができるわけであるが,マッチングのルールとして「あなたを絶対にトップにランクします」といった,コミットメント(約束)を示唆する会話は候補者側にもプログラム側にも禁じられている。

4)ランクリスト入力
 フェローシップマッチのランクリスト入力は,レジデンシーマッチと同様,すべてウェブ上で行う。応募者はインタビューに行ったプログラムの中から,自分の臨床,研究の興味に合ったプログラムを選び,順位付けをするわけであるが,実際にはいくつかの現実的な要素が混在する。マッチングの難点は,自分が相手にどれほど気に入られているか,正直で率直なフィードバックを得られないところにある。応募者は自分が一番だと思うプログラムをトップにランクしても,そのプログラムに蹴られて別のプログラムにマッチしたり,あるいはどのプログラムにもマッチしない可能性もある。プログラムにとっても,本当にマッチしてほしい応募者がマッチしないかもしれない。したがって,ランクリストの締め切り(6月上旬)に近くなると,候補者・プログラム間で非公式なメールや手紙のやり取りが行われる。

 候補者の中には自分が希望するプログラムのディレクターに,自分であるいは推薦者を通じて連絡をとり,少しでもフィードバックを引き出そうとする者もいる。ディレクターはフィードバックを一切断ることもできるし,マッチングのルールの範囲内で,興味の程度を表現することができる。しかし,ディレクターがたとえ「君をトップにランクする」と言っても,その言葉には法的拘束力はないとマッチングのルールに明示されているため,こうした非公式なやりとりは実はあまり意味がなく,最終的に多くの候補者は不安を残したままマッチに突入せざるを得ない。

 逆にプログラム側は,自分が上位にランクした候補者に対して直接連絡をとることがある。中には(マッチングルール違反にもかかわらず)部長が候補者に口頭で事実上のコミットメントを要求するプログラムもある。この場合,一般的な交渉の方法としては,コミットメントを要求するプログラムが自分の第一希望だった場合,その時点でコミットメントを表現してランキングを終えることができる。やや状況が込み入ってくるのはそのプログラムが第一希望でない場合で,こういった場合そのレジデントは時間的猶予をもらい,第一希望のプログラムに連絡をとり状況を伝える。ここで第一希望のプログラムが良心的であれば,できる限りのフィードバックを与えてくれるものである。重要なことは,決して八方美人的な交渉をせず,すべて正直に行うことである。どの専門科であれ,狭い世界なので,一度非倫理的な行動をするとあっという間に話が広がってしまい自分の将来の選択肢を狭めることになる。

 プログラムがフェロー候補者をランクする際に,先に述べた臨床能力と研究能力の他に,プログラムとの「フィット」が重要な選択要素になる。これには,人間的要素と,研究興味の要素がある。人間的フィットとしては,同僚としてよい関係が保てることが重要である。日本と異なり,アメリカには医局という枠組みが存在しないため,一般に医師はよりよい職場を求めて次から次へと施設を異動していく。しかし,自由に職場を選択することができるかわりに,基本的に自分以外に誰も職の面倒を見てくれないわけである。アカデミックな施設は,優秀な医師を確保するために魅力的な環境を提供することに力を入れる。実際のところ,フェローシップをした施設にスタッフとして残るケースが多いので,フェローを選ぶスタッフは,将来の同僚を選ぶつもりで応募者を見るケースがほとんどである。

 研究興味のフィットとは,候補者の研究興味がプログラムのそれと一致することを意味する。アメリカのアカデミアにおいて重要なのは,1番に研究費,2番に研究スペース,そして最後にサイエンスが来る。教育施設における各専門科(ディビジョン)の客観的評価は,ディビジョンが集める研究費によって決められるといっても過言ではない。研究費が集まれば,施設が潤う。US News等の病院ランキングでも,研究費は重要な要素になる。研究費が少なければ,ディビジョンチーフ(専門科長)は解雇されることもある。さながら企業の営業成績の如くである。

 したがって,各ディビジョンにとって,優秀なフェローを雇って研究に貢献してもらい,研究費を更新したり,新たな研究費を申請したりするインセンティブが大きい。こうした研究費の大半は国立衛生研究所(NIH)がスポンサーであるため,各プログラムにおける臨床フェローの選択も,NIHが研究費を全国の施設に流通させるという国家的政策の一部として機能している。

5)マッチ結果発表
 フェローシップマッチの結果は,ウェブ上で6月末の正午に発表される。マッチしたプログラムからはお祝いの言葉が届き,レジデントたちはこれまでの努力を振り返り,ようやく希望に満ちた将来像を描くことができる。プログラムはその後マッチした候補者に契約書を送り,候補者はそれにサインして,正式な契約関係を結ぶ。

 内科の場合,マッチ結果が発表されてからフェローシップに進むまで1年もの長い時間がある。この長所は,レジデントは1年間かけてゆったりとsubspecialtyの準備,州医師免許の申請,引越しの準備等を行うことができる点であり,短所は初期研修のかなり早い時期にsubspecialtyを決めなくてはならないことと,その後1年間のレジデントのモチベーションの低下である。

おわりに

 これまで述べてきたアメリカの後期研修マッチングの仕組みは,医局という組織が存在せず,それぞれの医師が各自で超専門医への道を模索しなくてはならない個人主義の国ならではの制度である。わが国ではなじまない部分も多いが,真摯に志の高い医師を選び育てようという熱意は,レジデントとプログラム双方によい意味での緊張感を与えているように思える。今後わが国では後期研修の制度化を通じ,超専門医の教育にも焦点が当てられていくものと思われるが,こうしたアメリカの臨床フェローの選考過程が少しでも参考になれば幸いである。


足利洋志氏
1996年東大卒。東大病院内科研修医を経て,97年よりBeth Israel Medical Center, Albert Einstein College of Medicineにて内科レジデントおよびチーフレジデント。2001年よりUniversity of California, San DiegoにてLe Ducq Foundation Research FellowおよびAmerican Heart Association Postdoctoral Fellow。04年よりNational Institutes of HealthにてPostdoctoral Fellow。06年よりJohns Hopkins Universityにて循環器内科フェローの予定。

香坂俊氏
1997年慶大卒。横須賀米海軍病院インターン,国立国際医療センター内科研修医を経て,99年よりSt Luke's-Roosevelt Hospital Center, Columbia University College of Physicians and Surgeonsにて内科レジデントおよびチーフレジデント。2003年よりTexas Heart Institute, Baylor College of Medicineにて循環器内科フェロー,05年より同チーフフェロー。