医学界新聞

 

Dream Bookshelf

夢の本棚 5冊目

渡辺尚子


前回よりつづく

統計・確率のしくみ

著:郡山彬,和泉正隆
日本実業出版
1997年
B5判・189ページ
1,365円(税5%込)

 今日は仕事の帰りがけに病院のエレベーターで友人に会った。彼女は昨年他の病棟に異動した同期。「久しぶり!」と元気に声をかけた私と違い,「あら久しぶり……」と,返事はしてくれたものの見るからに憂鬱そう。どうやら病棟の「看護研究メンバー」になってしまった(!?)らしい。

 「アンケートは取ったものの,統計的にどうまとめていけばいいかわからないのよ。統計ソフトでポン!? ダメよ,それじゃ。だって,その結果の意味がわからないと」と,相変わらずまじめな彼女は眉間にしわを寄せたままさっさと私に背を向けて行ってしまった。私のほうがなんだか気落ちした。「そういえば,学生時代に統計やったような・・・」

 一生懸命学んだ知識も使わないと忘れてしまう。とすると,あんなに悩んだ精神的苦痛や費やした時間は何だったのだろう!?そう思いながら眠りについた。

 「また来たね,あなたの書斎に」。いつものように誰かが私に話しかけてきた。これは誰の声なんだろう? いつも思う,どこかで聞いたような声。その時,私の気分と同じように,本のカバーがはがれ茶色い表紙むき出しの本が,私の視界に入ってきた。

 『統計・確率のしくみ』という書名はいかにも難しそうで,おまけによく見ると少し古い。そして,その本を手に取った瞬間,学生時代に聞いた統計の先生の言葉を思い出した。「統計の本はね,知ろう,学ぼうと肩肘張って読んではだめなのよ。わからなくてもとにかくそのまま次に進むの。なにしろ読み終わったという感じをつかめることが大切なの」。しかし結局その後も,統計の本を気軽には読めなかった学生時代の私。

 本をパラパラめくると,基本的に見開き2ページが読みきりになっているようだ。それに文字も大きく絵も多い。もちろんグラフの“絵”もあるが,やわらかいタッチで描かれている。「よし,これも何かの縁!とにかく読んでみよう」と読みはじめることにした。

 最初は,統計の基本的な言葉の理解やグラフの形の意味から入っている。「そうそう,“度数”って,感覚的にはわかるけど,言葉にするとこういう意味だった!」「そうそう“平均”“メディアン”“モード”の違いはこれこれ。一生懸命覚えたっけ」

 簡単な用語の意味さえ忘れていたが,しかし記憶の扉は錆びついてていても,まだ開くものだ。“思い出す”ことができる。

 あきらめることなくページをめくっていった。Σはわかるものの∫,Δ,Ω,の記号が出てきて,意味や計算方法以前に読み方に戸惑うページもあったが,とにかく統計を理解するための事例が「宝くじがあたる期待額」「牛肉パックの重さ」「次のバスが発車する待ち時間」など身近なものなので,何とか理解できる。難しいところはとにかく次のページをめくればいい。

 そうこうしているうちに,なんと最後のページまで読み進めた! それにいつの間にか見出しも「ピロリ菌の検出方法」「病原性大腸菌O-157と抗生物質による治療」,合間合間に入っているコラムも「プラシーボ(偽薬)」についてというように,医療に関する内容に変わっていた。

 裏表紙を閉じた時には,「統計がわかった!」とまではいかないものの「統計の本を最後まで読めた」という達成感を得,そして「統計には騙されないようにしないといけない」という,統計の本質はわかったように思う。

 とにかく,今度会ったら友達にも言ってあげよう,「何のためにその調査をやっているの? 何を知りたくてやり始めたの?原点に戻ると,きっと気持ちは楽になるわよ」って!

次回につづく


渡辺尚子
毎日気怠い暑さに辟易していたが,周りに聞くとそこまで暑くないらしい。血圧を測ったら最高血圧が92mmHgだった。原因がわかり気分は楽になったが怠さは変わらず。少し運動して“心臓を鍛えよう”と思っている今日この頃。