医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


大腸pit pattern診断

工藤 進英 編著

《評 者》多田正大(多田消化器クリニック院長)

大腸腫瘍の内視鏡診断学のピーク

一級品の内視鏡画像
 内視鏡関連の論文,書籍に掲載される内視鏡像は美しくなければならない。科学写真として学術的に優れていることはもちろんであるが,露光条件,ピント,ブレなどの光学写真としての技術面もクリアしていなければ興ざめである。工藤進英 教授の大作『大腸pit pattern診断』を通読して,掲載されたすべての内視鏡像が立派であることに敬服させられた。一枚として無駄な画像がなく,一枚の内視鏡像を観て百の知識を得ることができる。学会や講演会で拝見する工藤教授の内視鏡像は常に一級品であるが,本書の画像も説得力がある。

 竹本忠良 名誉教授は,日本消化器内視鏡学会総会における特別講演のなかで「内視鏡写真はアートである」という言葉を述べられた。内視鏡写真は病変を正確に捉えて,診断上役立つことは当然であるが,術者の思いが込められていなければアートとは言えない。科学写真であるとともに,構図もセンスがあり美しくなければならないという意味を講演された。本書に掲載された内視鏡像はまさに「アート」であり,工藤教授の言いたいことが凝縮されて表現されている。さすがにわが国の大腸内視鏡学をリードする先駆者としての面目躍如で,読んでいて気持ちのよい書籍である。

世界に発信するpit pattern診断
 工藤教授の大腸癌に関する業績は枚挙にいとまがない。pit pattern診断も長年の工藤診断学の1つである。拡大内視鏡を自在に操作して,pit patternを含めた早期大腸癌の診断学,組織発生理論を確立し,「秋田病」であったⅡc型早期大腸癌の存在を世界に発信したことは,工藤教授の最大の功績の1つである。

 秋田赤十字病院時代に「平坦・陥凹型早期大腸癌の内視鏡診断と治療-微小癌の内視鏡像を中心に」(胃と腸24;317-329,1989)の後世に残る論文で第15回村上記念「胃と腸」賞を受賞した。その表彰式で工藤教授は「自分の研究は山麓に辿りついたばかり」と謙遜して受賞の喜びを述べられたのが昨日の出来事のように思い出される。本書の完成で山頂は踏破できたのであろうか。その回答は,執筆者自らが最もよく理解できているであろう。

 それにしても,本書はまさに工藤診断学の集大成とも言える書籍であり,文章の端々に貴重な研究成果が込められた名著である。今日では小さい大腸腫瘍,表面型腫瘍の内視鏡診断にあたって,pit patternを観ずして診断は成り立たないという概念が定着している。拡大内視鏡を用いるか否かは別にして,通常内視鏡観察でもpitに注目しなければ診断が成り立たない。早期大腸癌を診療する内視鏡医,病理医にとっては工藤診断学を理解することは不可欠であり,本書を読破せずして大腸腫瘍の内視鏡診断,組織発生は語れない。また,それだけの価値のある内容が科学的に記述されており,共感を覚える。

若い内視鏡医,病理医へのメッセージ
 序文に込められた早期大腸癌の内視鏡診断に対する工藤教授の篤い思いに感銘すら受ける。若い内視鏡医,病理医は本書を通じて工藤教授のメッセージを受け止め,pit pattern診断をさらに発展させなければならない。

 本書の刊行でpit pattern診断はひとつのピークを極めたであろうが,山頂の向こうにさらに連なる峰々を感じなければならない。解決しなければならない課題は存在するはずである。それを察知できるか否かが,工藤診断学を乗り越えられるか否かの岐路である。

 若い内視鏡医,病理医だけでなく,われわれも今一度,pit pattern診断を顧みて,この方面の討論を活性化させなければならない。本書は,そのための重大なヒントを与えてくれる名著であるので,正座して熟読しなければならない。

B5・頁204 定価12,600円(税5%込)医学書院


胃の病理形態学

滝澤 登一郎 著

《評 者》平山 廉三(慈生会等潤病院)

胃炎・胃潰瘍・胃癌について豊富な写真をもとに解説

 ご神託を下す病理医が,臨床材料をこのように大切に取り扱っているという驚き,および,病理医が自分の脳味噌を截ち割ってみせてくれた荒技,この2点からでも,稀有な書物といえる。

 『胃と腸』に掲載された滝澤氏の慢性胃炎の論文がわれわれを釘付けにしたのは1985年のことだったが,爾来20年の熟成を世に問うたのが,この『胃の病理形態学』であろう。

 秋田杉の樹林に分け入って一瞥したとき,3本の大樹が目に飛び込むなら天下の美林である。この書に掲載された,やや曲のある220余葉の写真のうち,半数以上が目を見張る知見を秘めており,特に119d,132c(表紙カバーにもある),156bなどはいつも机上に据えて楽しむべきもののようである。

 この書物は,教科書のような総花的な記述を退け,胃炎・胃潰瘍・胃癌の3疾患だけを取り上げている。胃炎研究の批判,線状潰瘍成立およびDieulafoy潰瘍発生機序の推察,等々には熱が篭る。襟を正して書いたという胃癌の章では,120を越える顕微鏡的な超微小癌,横這型と低異型度の癌についての話が特に魅力的である。

 滝澤氏は類ない人柄から羨ましいほどの良師群に恵まれ,小池・中村・望月という病理の巨人,三木という天外の異才に囲まれて研鑽を積んだ。しかしこの本では胃炎・胃潰瘍・胃癌に寄せる滝澤氏のヴァージョン(すなわち,大家の教示や古典的な意見をも超えた滝澤独自の異見)のみが述べられていて好ましい。しかもそれらの記述にも疎密があり,その疎密さから各テーマに対する氏の思い入れと思索の深浅が窺えて心地よい。

 本書において,膨大で正確無比の所見は,歯切れのよい達文で述べられている。読者は180ページ余を一気に読み了え,じっくりと再読し,再々読へとすすんだところでこの本にハマッてしまうことになるであろう。

 敢えて難点を挙げれば,図と本文を対応させるには多くのページを繰らなければならないことである。また,私の昔の中途半端な胃筋層についての知見では胃の筋肉もラセンを巻き,「内輪外縦」というよりは「内緩外急」(図)ではないかな,というささやかな疑問が唯ひとつある。

 心の底から,滝澤登一郎氏の『胃の病理形態学』を推薦したい。

B5・頁200 定価15,750円(税5%込)医学書院


もっと! らくらく動作介助マニュアル
寝返りからトランスファーまで[DVD付]

中村 惠子 監修
山本 康稔,佐々木 良 著

《評 者》中俣 修(首都大学東京 健康福祉学部理学療法学科)

創意工夫と熱意に満ちた動作介助の実践書

 不適切な動作介助の方法は,腰痛の原因の1つとされる。そのため医療従事者は,よりよい介助方法を行い自身の身を守ることが必要である。本書は,介助者の腰痛を予防し被介助者にも安全でやさしい動作介助の方法を紹介した『腰痛を防ぐらくらく動作介助マニュアル』(2002年,医学書院)に,その後の実践と工夫の成果が加えられ全面的にリニューアルされたものである。その内容は,「動作介助の意義と原則」「トランスファーの分類」「トランスファーの基礎」「下肢の支持性があるタイプへのトランスファー」「下肢の支持性がないタイプへのトランスファー」「寝返り」「起き上がり」「立ち上がり」「エビデンスへの取り組み」「まとめ」の10章で構成されている。

 前書と比較した本書の特徴としては,(1)介助者の腰痛の原因の1つとされるトランスファーの介助技術がより重視され,汎用性の高い介助方法が厳選され紹介されている,(2)付録DVDの映像および説明が充実し,介助技術の実際がよりわかりやすくなった,(3)本介助技術における介助者および被介助者の動きの特性を科学的に検証している,以上の3点があげられる。

 中でも,トランスファーの介助技術については,要介助となる原因を分類することで選択する介助方法との関係がわかりやすくなっており,DVDには実際の介助方法をさまざまな角度から捉えた映像と説明,動作解析装置による分析結果などが収録されているため,「介助者が動作の軸の中心となる方法から,被介助者が動作の軸の中心となる方法へ」と本書で提唱する介助技術の理論と実際を理解できるようになっている。さらには,病院での実際の使用映像が加わり,介助者および被介助者の身体の動き・スピード・動作のタイミングなど視覚的に捉えやすくなるよう工夫されている。

 本書は,よりよい介助技術の開発と科学性の追究をめざす著者をはじめとした動作介助研究会の創意工夫と熱意に満ちた内容になっている。本書の内容と自身の介助方法とを比較することで,自身にも介助される方にもやさしい介助方法を考えるきっかけになると考える。

B5・頁204 定価3,780円(税5%込)医学書院


外科臨床と病理よりみた
小膵癌アトラス

山口 幸二,田中 雅夫 著

《評 者》白鳥 敬子(東女医大教授・消化器内科学)

膵癌早期発見をめざした第一人者による書

 膵癌で死亡する患者数は年間2万人,男女とも癌死亡率の第5位を占めるようになった。近年,胃癌や大腸癌の死亡率がかなり低下してきているのに比べ,膵癌だけは罹患率と死亡率がいまだに同じであり,膵癌が治癒していないことがわかる。膵癌全国登録調査(日本膵臓学会)によれば,膵癌切除例の5年生存率は約13%に過ぎないが,2cm以内の小膵癌で切除されれば約30%に向上する。しかし,小膵癌は全膵癌症例の6%(87例;1999年度全国調査)に過ぎず,極めて少ないのが現実である。したがって,膵癌の治療成績をあげる近道は,小膵癌をいかに早く発見するかにかかっているといっても過言ではない。

 本書は,長年,膵疾患の研究,外科診療に取り組んでこられた九大臨床・腫瘍外科,山口幸二先生と田中雅夫先生が共著で出版された。小膵癌だけに焦点をあてたtextbookは今までになく,本書が初めてと思われる。例数が限られる中,小膵癌35症例を集積されアトラスとして一挙にまとめられたことに心から敬意を表したい。折しも昨年来,日本膵臓学会主導で田中雅夫先生を委員長として「エビデンスに基づいた膵癌診療ガイドライン」が作成されつつある。山口先生も事務局幹事として取りまとめ役をされており,膵癌診療のエキスパートだからこそ書けた『小膵癌アトラス』であるといえる。また,本書の特徴として英文による写真説明と症例解説が付記され,外国人も読者の対象としている。国際的にも広く活躍されている著者ならではの企画であろう。

 本書では,小膵癌の豊富な経験例の中から選ばれた35例について,病歴,検査成績,各種画像,そして切除標本の写真,シェーマ,病理までを簡潔にまとめている。各章のネーミングにも工夫がされており,「糖尿病と小膵癌」,「膵炎と小膵癌」,「背部痛と小膵癌」,「黄疸と小膵癌」などのように,日常診療でみられる疾患や症状が小膵癌の発見につながることを読者に伝えたいという著者の気持ちがよく表れている。提示された症例から,小膵癌発見の最前線に立っているのは高次医療施設の膵臓専門医よりも,むしろ地域医療,プライマリ診療,一般内科に携わる医師たちであることがわかる。その意味で,本書は広く消化器領域以外の先生方にも推薦したい一冊である。内容は疾患解説→症例提示→問題点の順に構成され,消化器医でなくとも大変わかりやすい。

 小膵癌の発見は容易ではないように思われているが,提示された症例を読むと膵癌検出のきっかけの多くが腹部超音波検査であることがわかる。腫瘍マーカーなどは正常値がほとんどである。日常診療で疑わしい患者さんを腹部超音波検査へ早く導くことが,小膵癌の最初の検出になるのかもしれない。小膵癌の知識と認識を少しでも広げることが,早期発見率の上昇と膵癌全体の治療成績を向上させることにつながるのであり,本書の果たす大きな役割に期待したい。

A4・頁184 定価15,750円(税5%込)医学書院


内科クラークシップガイド

上床 周,奥田 俊洋 監訳

《評 者》松村 理司(洛和会音羽病院院長)

クラークシップに役立つわかりやすい実用書

 新医師臨床研修制度の展開に呼応して,総合診療部の教育上の必要性が痛感され出している。各診療科を回る前に,「総合診療部かどこか」で知識・技能・態度をもっともっと磨いてきてほしいという切実な声が,臨床現場であがっている。つまり,日本の卒前教育は,忙しい地域医療の現場での新人研修医に対する臨床的要求に満足に応えていない。米国の水準からは,かなり見劣りがする。

 その大きな理由の1つに,医学部後半にクリニカル・クラークシップやサブ・インターンシップがきっちりと築かれていないことがあげられる。これらを構築する要件の第1は,屋根瓦方式の臨床・研修体制である。指導医・チーフレジデント・3年次研修医・2年次研修医・1年次研修医の下に,クリニカル・クラークとして医学生が位置するのである。ちょっと先輩のおにいさん・おねえさんからも,しこたま学ぼうとする構図である。要件の第2は,指導層の陣容である。そして,要件の第3が,良書の存在ということになる。

 シアトルのワシントン大学医学部やカリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部といった米国西海岸の優良医学校の教官たちの手による原著の翻訳が本書である。通読させていただいたが,実用的でとてもためになる。総じてこなれた文章で読みやすい。処方薬の日米の差にも敏感な対応がなされている。クリニカル・クラークとしての医学生に役立つことは疑いない。

 同時に,ほとんどが専門医である指導医が,自らの知識の間口を広げるのにも資すると思われる。おにいさん・おねえさん格の研修医にも,知識の整理になる。

 古く1890年代にジョンズ・ホプキンス大学医学部においてウィリアム・オスラーが開発した方法,すなわち,「医学生を教室あるいは階段教室から連れ出し,病院の外来に入れよ,病棟に入れよ」が,クリニカル・クラークシップの源流である。一方,その頃の日本の状況は,1901年の東京大学医学部教授のエルウィン・ベルツの次のような警告でうかがい知れる。

 「医学教育の体制に関しましては,私は日頃からその実際的な臨床の面を,日本にとって特に重要であり,必要であるとして強調するよう努めて参りましたが,これは理論的・学問的の面に重きをおく人々から,しばしば非難の的となったところであります。…病人が医師を呼ぶのは,医師がうんと勉強をして,うんと知識があるからではなく,その知識を病人に役立つよう応用してもらうためです」

 本書の訳者は,東京大学保健センターの気鋭の先生方である。効率的な医学教育の実現を100年間も待ち続けたベルツの安堵の声が,東大のどこからか聞こえてきそうである。