医学界新聞

 

「生活世界」と「科学の世界」の統合

第39回日本作業療法学会開催


 さる6月23-26日,第39回日本作業療法学会が鷲田孝保会長(茨城県立医療大教授)のもと,つくば市のつくば国際会議場,他にて開催された。

 われわれが今,生きて生活している「生活世界」と「科学の世界」を結びつける理論や方法論を探っていく意味で,学会のテーマを『「生活世界」と「科学の世界」の統合-21世紀への眺望』とした今回は,ポスター中心の一般演題が組まれ,自らが司会者にもなり演題発表を行うという新たな試みがなされた。また,各基調講演,教育講演,シンポジウムに加え,つくば市の小学校,中学校と学会場を結んで,作業療法を含めた地域における保健・医療・福祉の身近な問題を討論するテレビ会議として「IT会議:未来を担う子どもたち」を企画するなど,これからの時代を見据えた企画も随所にみられた。


介護予防で活躍が期待される作業療法士

 教育講演「介護予防と作業療法-心理・社会面への介入をめざして」では,近藤克則氏(日本福祉大)が登壇。介護予防の分野において,作業療法士が取り組むべき心理・社会的な介入の重要性と可能性について言及した。

 はじめに,このたび改正された介護保険制度の見直しの目玉のひとつが「介護予防」であることに触れた。その重点分野をみると,うつ,認知症,閉じこもりなど,作業療法士の専門性を活かせる可能性が高いものが多いことからも,これからは介護予防分野での作業療法士の活躍が期待されていることを強調した。

 次に予防医学のノウハウの観点から,認知症の予防を取り上げた。趣味・知的活動の減少や社会的孤立などは健康寿命に悪影響を及ぼすために,趣味や知的・創作的活動の場を提供すること,また社会に参加し,そこで支援を受けるのでなく,逆に支え役になることで介護予防効果があると説明。さらに,小集団で趣味や活動を行う集団的作業療法には,介護予防の効果の可能性があるとした。また,上記に関連して氏が協同で行った趣味・生きがいについての調査結果から,趣味や生きがいは主観的健康感や生活満足度ならびに社会的サポートと関連するとした。趣味や生きがいを豊かにする役割がある作業療法士には,元来の室内での創作的活動にとどまらず,屋外で自然に関与する活動を積極的に考慮するアウトドア派が求められていると述べた。以上のことから,保健偏重でない趣味や社会参加など,心理・社会的側面を含む総合的な予防戦略が必要であることを認識すべきと強調した。

 また,介護予防政策におけるポピュレーション・ストラテジー(註1)の重要性についても言及。今までのハイリスク・ストラテジー(註2)だけでは期待したほどは予防効果が上がらないことからも,ポピュレーションとハイリスクの両方のストラテジーが必要であると説明した。

 まとめとして,うつや認知症など精神科領域の専門知識があり,作業活動と集団とを扱える専門職である作業療法士こそ介護予防分野での活躍が期待されているとし,今後は危険因子の解明やスクリーニングなど介入プログラムの研究と開発を進める必要があるとして講演を締めくくった。

求められる「からだ」のイメージトレーニング

 本学会のメインテーマにもつながる公開シンポジウム「生活世界と科学の世界」では,講師である鷲田清一氏(阪大)と大田仁史氏(茨城県立医療大)が,それぞれの専門領域の立場から上記テーマについて言及した。

 鷲田氏は「からだの現在」と題して,哲学の視点から身体の問題について論じた。冒頭,最近は摂食障害や自傷行為,不安神経症などを抱える人が多く,身体について元気が出る話題がないと述べた。また,身体の内と外をどこで区別するかという普遍的な問いに対し,一般によく言われるように皮膚であると簡単に決めることはできないとし,能動性を持ち,かつ緊張感がないと,ものには触れることができないため,自分以外のものへ向かう構え,世界に向かう構えが必要であるとした。また,身体はいつも物体というイメージとして語られるが,体=bodyという固定観念から離れ,身体のイメージをさまざまに膨らませる必要があるとした。さらに,氏は身体を賢くしておく必要があるとし,身体を「もの」としての身体でなく「運動」,「表現」としての身体とイメージすると,身体の秘密がいろいろと見えてくると述べた。そのイメージトレーニングを育むことによって,身体が動かなくなってきた時にどう対処するかというイメージができあがってくると結論づけた。

共生のための「かばい手」の思想

 大田氏は『「かばい手」の思想-共に生きることへの誠意』と題して,“半端ではない”「超」高齢社会に向けた提言を行った。はじめに,「かばい手」について,相撲の手を例にとりながら説明。これは重なって土俵に倒れこんだ時,上の力士が下になった相手力士を気遣ってかばうために先に土俵に手をついたとしても負けにはならないということであり,これと同じことは,日常生活のどの場面にも当てはめることができるとした。そこから論を展開し,日本が他国に比べ,急速に「高齢化社会」から「高齢社会」に至ったため,あらゆる資源が不足している現状について,もっとも不足したのは老人を大切に思う心であると強調。ただ,そのような「社会的弱者」が存在しなければ,平板に踏み固められてしまった生産者側(強い立場にある人々)の心を耕し豊かにすることは容易でないとし,生産者側だけでは社会は成り立たないと説明した。また自分より弱い存在に気づくことで人は優しくなれるとし,平板な心にならないためには,時にそのような心の振幅を持つ必要があるとした。以上より,「かばい手」はごく当たり前のことであり,ともに生きることへの誠意,ともにいることへのエチケットが必要であるとの言葉で締めくくった。

 その後,2人の講師による意見交換があり,大田氏から鷲田氏に向けて,世の中が弱者に対して冷ややかである一方で,弱者に対してケアで自立せよということが強く言われるようになっている現状に対して,どのように考え,対処すればよいのかという質問がなされた。鷲田氏からは人は何のためにここにいるのかと考えてはだめで,意味に頼ってしまった時点で意味に捨てられてしまうという福祉の思想に言及。役に立とうが立たなかろうがここにいてほしいというのが福祉社会といえるので,ただここにいるだけでいいとなった時にはじめて近代の福祉社会になったといえるという回答がなされ,盛況のうちにシンポジウムは幕を閉じた。


註1:ポピュレーション・ストラテジー:地域や職域などの集団全体を対象とし,疾病リスクの高い人にも低い人にも等しく働きかけることで,集団全体の疾病リスクの減少や疾病の早期発見を試みる方法。

註2:ハイリスク・ストラテジー:集団における疾病リスクの高い個人を対象とし,その人に保健指導や医療を行い,疾病リスクの減少や疾病の早期発見をすることで,集団における罹患数や死亡数を減少させる方法。