医学界新聞

 

「戦略研究」への期待

上田博三氏(厚労省厚生科学課長)に聞く


――「戦略研究」が始まるということで,厚労省としては,どのような期待を寄せているでしょうか。

上田 厚生労働科学研究では,これまでずいぶん研究費を増やしてきて,その成果を国民に還元することをめざしてきたのですが,より積極的に,その成果(アウトカム)を国民に還元するにはどうしたらよいかと,内部でもいろいろ検討し,審議会でも議論していただきました。そういう中で,やはりアウトカムを明確にして,それをある程度約束していただいた形の研究を開始することが必要であろうと判断しました。

 そのためには,海外の例にもあるのですが,研究を開始する前に,その研究の方法,アウトカムについて,実現性があるものかどうかというfeasibility studyを,ある程度時間をかけて行い,本格的な研究に入るべきではないかという結論に達しました。その全体をまとめて「戦略研究」と呼んでいます。

 最近の健康上の大きな問題としては,糖尿病の問題,それから自殺,あるいはそれにつながるうつの問題がありますから,それらをターゲットにして,明確なアウトカムを設定した研究を今年度から進めることになったということです。

――今後この「戦略研究」の研究領域は,広がっていくのでしょうか。

上田 私どもの研究分野は,大きな柱だけでも4分野18研究事業ありますが,研究費が大型化してきています。その大型化した研究費に見合った成果を出し,それを国民の皆さんに還元しようという視点に立って,それがしっかりした成果を出せるように,これまでの研究類型に加えて,「戦略研究」の類型を導入することになりましたが,今後もその領域を拡大していきたいと考えています。これは,厚生科学審議会の中でも議論して,方向性については専門家の先生方にも認めていただいています。

1日も早く国民に成果を還元

――新たな試みで,これからの成果が楽しみですね。弊紙の読者にメッセージをお願いします。

上田 厚労省として国民に成果を還元するという点で,医療あるいは健康づくり,福祉の面も含めて,国民の皆さんにできるだけ早くその成果を享受してもらうことを考えています。そのためには,国民の視点で研究をしなければならないと思います。一方で,最近のゲノム研究に見られますように,基礎的な領域も大変進んでいます。基礎的研究を,現実の健康や医療で国民の抱えている問題にいかにつないでいくか,これも非常に大事なことだと思います。

 両方とも力を入れなければならないのですが,われわれの立場としては,やはり国民の「こうしてほしい」という声を聞き,その視点から「基礎研究もこういう結果を出してくれたら」ということを,メッセージとして送っていき,全体として基礎的な研究から応用研究,実用研究までが一連のものとして,国全体で動いていくようなしかけをつくっていかなければならないと思います。

 今回は黒川先生に,研究班で,研究のあり方について非常にクリアに整理していただいて,今後の方向性を出していただきました。また,審議会の先生方も,その成果を評価されて,今後の厚生労働科学研究のあり方を明確にしてくださったことは,われわれとしても非常にありがたいことだと思っています。ぜひその理念に沿ってこれを立ち上げ,1日も早く国民の皆様の役に立つようにしたいという思いです。

■「戦略研究」の概要

 「健康フロンティア戦略」は,2005年から2014年までの10年間を実施期間とし,「生活習慣病対策の推進」と「介護予防の推進」を柱として,健康寿命を2年程度伸ばすことを基本目標としている。その中で,「働き盛り層の生活習慣病と心の健康」が重点課題の1つとなっており,戦略研究は,このような背景から創設された。

戦略研究とは

 戦略研究とは,「研究の成果目標および研究方法を定め,選定された機関が実際に研究を行う者や研究に協力する施設等を一般公募」する厚生労働科学研究費補助金制度の研究類型の1つである。

 従来の一般公募型と戦略研究の違いは図に示すとおりである。従来の厚生労働科学研究では,厚生労働行政のニーズから選定した研究課題のみを示し公募してきた。そこでは,研究計画の進捗と達成度を評価することに力点が置かれていた。

 一方,戦略研究は,研究課題のみならず,想定成果(アウトカム)と研究方法(プロトコール)を事前に設定し,選定された研究実施団体から公募する。そこでは,想定成果に対する成果の達成度が,研究の成否を判断する基準となる。このため,戦略研究は「成果契約型研究」とも言われている。

これまでの経緯

 厚労省の科学技術に関する重要事項を審議する科学技術部会では,第20回部会(2004年6月)から戦略研究の創設を審議し,2005年度からの戦略研究として「糖尿病予防対策研究」と「自殺関連うつ対策研究」を始めることになった。そのため,2004年度厚生労働科学特別研究(主任研究者:黒川清氏,分担研究者:辻一郎氏,福原俊一氏,山田信博氏)において,戦略研究の骨格をまとめた。また,自殺関連うつ対策研究については,黒川氏の研究班と連絡・調整をしながら別の特別研究(主任研究者:樋口輝彦氏)で検討が行われた。

 研究班の成果に基づいて科学技術部会で了承された課題は表のとおりである。糖尿病予防対策研究では「耐糖能異常から糖尿病型への移行率を半減」「糖尿病患者の治療の中断率を半減」「糖尿病合併症の進展を30%抑制」がアウトカムとして設定されている。また,自殺関連うつ対策研究では「地域での自殺率の20%減少」「うつによる自殺未遂者再発率の30%減少」がアウトカムとされている。

(厚生科学審議会科学技術部会資料より)
 戦略研究課題の概要
  成果(アウトカム) 研究方法
1.糖尿病
 予防対策
 戦略研究
1-1 耐糖能異常から糖尿病型への移行率を半減 ・地域・職域健診要指導者で30-64歳の耐糖能異常4500名
・対面型個別指導群,非対面型(IT)個別指導群,集団指導(対照)群に無作為割付。
・生活習慣(食事・身体活動中心)介入
1-2 糖尿病患者の治療の中断率を半減 ・都市部(人口10-20万人程度)に在住し,かかりつけ医で治療する2型糖尿病患者
・糖尿病診療達成目標を地区医師会全体で共有し,目標達成のための支援としての「患者指導コメディカル派遣・IT診療支援群」「対照群」に割付
1-3 糖尿病合併症の進展を30%抑制 ・HbA1c≧7.0% 2型糖尿病,収縮期血圧≧140または拡張期≧90mmHgかつ脂質代謝異常のある40-69歳の3000名
・強化治療群,通常治療群に無作為割付
・生活習慣(減量,食事,運動,禁煙),血圧,脂質,血糖への介入
2.自殺関連
 うつ対策
 戦略研究
2-1 地域での自殺率の20%減少 ・人口規模が合計約15万人の複数地域を無作為割付
・地域教育,かかりつけ医への啓発等複合的な関わり
・両地区間の発生頻度を比較
2-2 うつによる自殺未遂者再発率の30%減少 ・救急部門に搬送されたうつによる自殺未遂者約1000名
・ケースマネジメント等の複数の介入
・うつの再発率等を比較

 予算は,糖尿病予防対策研究が年間8億6000万円,自殺関連うつ対策研究が年間2億円で,研究期間は5年間である。従来の厚生労働科学研究と比較して大規模な研究であることが理解できる。

今後の予定

 今後は,「厚生労働科学技術部会および厚労省」と「研究実施団体」で,並行して戦略研究が進められることになる。

 前者は,研究実施に関する機関間・省庁間の調整や科学技術政策評価等を行う。さらに,2006年度以降に開始する新たな戦略研究課題の選定作業に入る予定である。

 後者の研究実施団体は,今後,研究参加者の公募,研究計画(プロトコール)の改定・公開,運営委員会や評価委員会の運営,研究参加者の審査・採否決定を行う。また研究の実施に際して,研究倫理委員会の運営,研究費の執行・監査,進捗管理委員会の運営,研究の実施支援,研究データ管理,研究成果評価,研究成果公開等の事務を行う予定となっている。