医学界新聞

 

Dream Bookshelf

夢の本棚 4冊目

渡辺尚子


前回よりつづく

医療におけるヒューマンエラー

著:河野龍太郎
医学書院
2004年
B5判・184ページ
2940円(税5%込)

 とてもびっくりした。恐かった。患者さんに影響がなくて本当によかった。今日,病院でインシデント記録を書いてきた。スタッフの目が「何でもっと注意しなかったの!」「先輩がいてくれなかったら大変だったのよ!」と私を攻めているようで辛かった。もちろん誰もそんなこといわないし,自分の気のせいだとはわかっているけれど。仕事を終え病院を出る時は身体がとても重く,夕食ものどを通らなかった。明日も日勤でとても憂鬱……そんな気持ちでベッドに入った。

 「また来たね,あなたの書斎に」。いつものように誰かが私に話しかけてきた。その声も今日は少し暗く感じる。私は本棚から1冊の本がその表紙をのぞかせているのにも気がつかず,ただボーッと書斎に立っていた。すると“パタン”と音がして,目の前に本が落ちていた。

 怠い身体で拾い上げてみると『医療におけるヒューマンエラー』というB5サイズの本。それにしてもインシデント記録を書いたあとに「ヒューマンエラー」とは,心の傷に塩を塗られた感じでさらに落ち込む。疲労で立っていられずいつもの椅子に座ってとにかくその本を開いてみると,すぐに著者の紹介があった。「元航空管制官?この本が医療に関係あるのだろうか」疑問に思いながらページをめくっていくとまず初めに,ある病院の「手術患者取り違え事故」について詳しく書かれている。「へ~,こんな状況の中で事故が起きたのだ」と,取り違えた医療者にも同情できるところがあると思ったり,患者さんも麻酔でボーッとしているところに言われても確かに,と思うところがあったり。しかし一番驚いたのはその事故は予測可能であったということだった。このようにその時の状況を細かく分析してみると,起こるべくして起きたものと理解できた。

 著者の経歴もあり,飛行機に関するものや電力会社におけるヒューマンエラーについて,身近なことでは私も乗るオートマチック車のシフトレバーD(ドライブ)とR(リバース)の操作ミスによる事故がなぜ起きるかなど,とてもわかりやすく書いてある。それがまた医療に置き換えて考えることもでき,ヒューマンエラー発生のメカニズムをとても客観的に理解することができた。「そうか,こういう理由や環境で起きるのだ」と。「なるほどね」,いつの間にかそうつぶやきながら夢中になって読んでいた。

 なぜこんなに興味を持って読めるのか,それは読んでいるとヒューマンエラーについてミスをした本人が悪いと追及された気持ちになるのではなく,もっと根本的なことを丁寧に考えていくことの必要性がとてもよく理解できるからだと思う。すべてを自分のせいだと抱え自己嫌悪に陥るのではなく,どういう状況で起きたのかを客観的に冷静に,そしていろいろな人の目で振り返り分析することで,誰もが事故を起こさない環境を作ることにつながるのだとわかった。「人間ほどいい加減なものはない」と書いてあるが,そういうスタンスで分析していくことが大切なのだと思った。

 後半では,病院におけるヒューマンエラー,インシデントの分析方法が,ある事例を通して詳しく説明されている。なんか推理みたいでますますおもしろくなっていた。

 朝日に顔を照らされ目が覚めた。好天にも後押しされて,今日の日勤も頑張ろうという気持ちになっていた。「よし!慣れきってしまった仕事1つひとつに対してもう少し謙虚になろう。本に書いてあるあの言葉“そもそも”“だいたい”“もともと”を口癖にね。」

次回につづく


渡辺尚子
職業,看護師。最近なぜかアメリカンドックに凝っていて,仕事帰りにコンビニを巡り食べ歩きをしている。一人で食べている人を見かけたら,それは私……かもしれません。