医学界新聞

 

看護のアジェンダ
 看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第7回〉
ホーソン工場の実験

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

 臨床ナースがやって来て語る看護管理者像を聞くにつれ,やるせなさを覚える。

 例えば,ある看護部長はスタッフを電話で「すぐ来てちょうだい」と呼びつける。本人の意思の確認もなく,「(外部の)委員会の委員に推薦しておいたから,そのつもりで」と言う。また,ある病院のプリセプターは,新人(といってもいろいろなレベルがある)のレディネスなどおかまいなく教えまくり,「それは違うのではないですか」と新人が言おうものなら10倍もの弁明と,挙句の果ては,「ここではこうなっているのです」と“強権発動”する。こうした対応に,最初は理不尽だからと抵抗していても,だんだんと物言わぬ人になってしまうと彼女たちは語る。ナースたちの「美徳的沈黙」はこうした体験のくり返しの結果かもしれない。

ホーソン工場での 驚くべき実験結果

 そこで,今や古典的な研究として引用される「ホーソン工場の実験」を,まるでこの有名な実験を知らないかのようにふるまう看護管理者とともに,反すうしたい。

 ホーソン工場では,照明を明るくすれば生産があがると考え,いろいろな照明度の下で作業するグループと通常の照明度の下で作業するグループで実験した。すると照明度が増すにつれて実験群の生産は予想通りあがったが,意外にも照明度の変化のなかったコントロール群の生産もあがったのである。

 そこで,ホーソン工場ではE・メイヨーらに依頼し,技術的・物理的条件や人間行動上の問題を調べることとなった。そして研究者は規則的休憩,軽食提供,労働時間の短縮などの労働条件改善を導入した。しかし生産量は何をやっても改善した。この結果に驚いた研究者たちは,女子従業員たちを実験開始時の状態に戻してみることにした。この急激な変更によって生産が急落すると予想されたが,彼女たちの生産量はそれまでの最高を記録するに至った。なぜか。

 解明の糸口は人間的側面にあった。つまり彼女たちが実験関係者の注目を浴びることによって,自分たちは重要な存在なのだと意識したことにあった。彼女たちはばらばらな個人の集団ではなく,気持ちの通い合った団結する作業メンバーとなったのである。こうした人間関係が,一体感や達成感を引き出し,長い間満たされなかった欲求を満たすことで,以前にも増して懸命に能率よく仕事に従事したのであった。

生産性に影響する主要因は 労働条件でなく人間関係

 ハーバードの研究チームはさらに各部から選ばれた2万人を超える従業員に面接した。この面接は,お決まりの質問では求める情報が得られないとわかり,被面接者たちは自分が重要だと感じたことを自由に話すこととなった。この面接は次のような価値があった。

 第一に,面接は意見を言う機会を与えたことになり,それ自体が治療効果を持っていた。多くの意見や提案が取り上げられ実施に移されると,従業員は個人としても集団としても,マネジメントにおいて自分たちが重要視されていると思い始めた。つまり会社の運営や会社の将来に参画することになったのである。

 第二に,このホーソン工場の実験は,人間関係を研究し理解する必要があることをマネジメントに教えた。つまり,組織の生産性に影響を及ぼす主要な要因は,賃金や労働条件ではなく職場の人間関係であるということであった。これらの発見は,仕事の計画,組織,統制に労働者を参画させ,彼らの積極的協力を確保するようマネジメントを促した。メイヨーが実験結果を論文に発表したのは1933年であった。今から72年前のことである。

次回につづく


(註)米ホーソン工場の実験の記述は,『行動科学の展開 新版』(P・ハーシィ,K・H・ブランチャード,D・E・ジョンソン著,山本成二,山本あづさ訳,64-66頁,生産性出版,2000.)を参照した。