医学界新聞

 

【シリーズ】

この先生に会いたい!!

高階經和氏(社団法人臨床心臓病学教育研究会理事長)に聞く

<聞き手>中山明子さん
(岡山大学医学部6年)


なぜ高階先生に会いたいのか?

 聴診シミュレータ「イチロー」や,『心電図を学ぶ人のために』『やってみようよ!心電図』といった書籍を通して,高階先生にはお世話になってきました。米国でレジデントを経験し日本に帰国され,日米の臨床教育にかかわっていらっしゃることは先生の著書などを通して知っていました。なぜ先生が半世紀以上も教育に情熱を注いでいらっしゃるのか,先生にとって教育とは何なのか,そして日米両国で教育に携わっている先生が学生に求めるものとは何か,直接お話をうかがってみたいと思いました。

(中山明子)


■学んだ人が次の人にそれを伝える。
 そこまでいってはじめて「教育」です。

「臓器語」頼みにならない

中山 私は現在6年で,1年ほどの間ポリクリをやっています。当初は「実習を通して患者さんを診られるようになるぞ!」と意気込んでいたのですが,実際には検査と見学の繰り返しで,このままだと診療スキルが身につかないまま卒業となってしまうのではと不安になります。

高階 私の持論ですが,臨床には「日常語」「身体語」「臓器語」という3つの言語があります。医療者はそのすべてに通じていなければいけないのですが,ともすれば患者さんとの会話や身体診察による情報を軽視し,「臓器語」,つまりは検査頼みになってしまう医師も少なくありません。

 しかし,患者さんの話を聴き,身体に触れて初めて臨床がはじまるという原則は,いつの時代も変わるものではありません。そのことは学生さんでも同じです。むしろ,初めて患者さんに触れる機会だからこそ,それを大切にする必要があると思うのですが,そういった教育は必ずしも日本の大学医学部では行われていません。

最初に「常識的な判断」ありき

中山 3年生の時に海外の医療に触れる機会があり,教育の仕方がまったく違うことに衝撃を受けました。米国では,学生にプライマリから考えさせるような実習を体験させてくれます。

 日本の実習では,「この患者さんの疾患は○○で,△△という治療をしている……」というふうに紹介されるため,学生が自分で何かを考える機会が与えられていないように感じています。

高階 医学部教育の段階から,プライマリを教えることは大切です。病気には風邪,下痢からはじまって実にいろいろなものがあるわけですが,やはり一般的なものへの対応を初めに覚えるべきです。

 医療は最初に「常識的な判断」ありき,です。常識的な判断の次に専門的な判断があるのであって,逆ではありません。難しい病気を判断し,治療するのは,臨床家として長い経験を経てから覚えればいいことです。その意味で,現在の日本の医学教育は,順序を間違えているように感じますね。

身体診察を学んでもらうために

中山 私自身は,病歴や身体診察を大切にしたいし,そういう医師になりたいと思っているのですが,先生に出会うまではなかなかそういうことを教えてもらう機会がありませんでした。

高階 そういうプライマリな診断能力こそがクリニカルスキルですよね。それを身につけられない医学部というのは,おかしいと思います。

 私が心臓病患者シミュレータ「イチロー」を情熱を込めて作ったのも,学生や若い医師に身体診察を教えなければ,という思いがあったからです。

 心音や心電図,身体所見の取り方というのは,言葉やスライドで伝えようとしても,どうしても実感として伝わりにくいものです。そこで,目に見え,音に聞こえ,手に触れられるものをと考え,開発したのが「イチロー」です。

 「イチロー」は私の情熱の結晶だし,日本の医学教育史の1ページだとも思っています。『もう一人の「イチロー」物語』(東洋出版)という本を書いたのも,「イチロー」開発の間に経験したことは,個人の体験にとどめるべきものではなく,日本の医学教育の財産とすべきものだと思ったからです。ぜひとも,若い方々に読んでいただきたいですね。

人間性こそが 「一人前の医師」の原点

中山 「常識的な判断」,というお話がありましたが,最近の学生は「常識がない」と言われることも多いので(笑),もう少し詳しくお願いします。

高階 患者さんの気持ちを察したうえで,科学的に,根拠を持った判断ができる人。それが「一人前の医師」だと思うんですが,そうなるためには,しっかりと社会的な常識を持つ必要があると思うんです。

 医学だけじゃなく,幅広く,いろんな問題に関心を持ち,「世の中には自分の考えと異なる考えを持った人がたくさんいる」ということを知ってほしい。それが患者さんへの「誠意」を産むのだと私は考えています。

中山 「一人前の医師」をめざすうえで一番大切なものは何でしょうか?

高階 自分がなぜ医者になろうと思ったのかという,動機でしょう。偏差値主義の悪口を言うわけではありませんが,いかに頭が良くても,患者さんの気持ちを察したり,ご家族の気持ちを気遣うといった人間性がなければ,医師としてはダメだということです。

 私は,小学校の5年の時に父が脳溢血で半身不随となった時の経験が,いまだに医師としての自分を支える動機になっています。自由に動けない父を介護する母の姿や,父を介護した経験から,「医者になろう」という気持ちも強く持てるようになりましたし,患者さんへの思いやりも自然に育ったのではないかと思います。結局,父は私が大学を卒業する寸前に亡くなったのですが,そのことも現在の自分を作ってくれていると思いますね。

患者の見極め

中山 では,そうした動機をしっかり持ったうえで,私たちのような医学生や研修医が,実習や研修の中で気をつけるべきことは何でしょうか?

高階 やはり,先ほどもお話しした「常識で判断ができる訓練」を続けることが一番大切です。そのうえで,実習と初期研修ということを考えるなら,緊急場面の対応でしょうね。心肺蘇生をはじめとした救急対応は,すべての研修医が具体的なスキルとして最初に学ぶべきことだと思います。

中山 救急対応を学ぶうえで,先生が重視されていることはありますか?

高階 それは,患者さんの見極めですね。例えば,患者さんのタイプを「緊急入院」「要入院」「外来」の3つに分けて考えてみてください。

 緊急入院においては,患者と医師の関係は「大人と幼児」です。意識不明や混濁状態で「日常語」がほとんど,あるいはまったく通じず,「身体語」と「臓器語」で何とかしなければいけない状況です。

 要入院というのは,例えば糖尿病で入院する必要があるとか,胃潰瘍で早期の手術が必要だといった場合ですね。この場合,医師と患者は「大人と子ども」の関係になります。緊急入院とは違ってコミュニケーションは取れる。しかし治療については説得が必要という場合です。

 それが外来通院になると,「日常語」を介した大人と大人の会話になる。ここを履き違えるといろんな問題が生じます。外来に通院している人に対して子どもを諭すような物言いをする人っていますよね。外来ではお互いに社会人としての対応をしなくてはいけない。それがTPOというものです。

 救急の現場でこれらを見極めるのは,経験を積まないとなかなか難しい。しかし,研修の初期にこういった判断力を学んでほしいと思います。

中山 この3つ,全然違いますね。

高階 大事なポイントなんですよ。多くの医師はそこまで意識していないと思いますが,これを間違えると医療事故や訴訟につながりかねません。

 緊急の場合は,基本的には医師・医療者が絶対です。しかし,たとえ救急に運び込まれた患者さんであっても,実際に診て大丈夫だったら,その瞬間からは社会人として接しなければいけない。その見極めが大事なのです。

中山 救急=幼児の状態で運ばれてくる,と思いこんではいけないということですね。

教育と臨床は医学の両輪

中山 大学の授業全般が,患者さんよりも病気に焦点をあてているように感じています。「3つの言語」ということで言うと,「臓器語」に偏っていて,特に先生の講義のように身体診察や,先ほどの救急での見極めのお話のような,臨床的な知識を学べる授業にはなかなか出会えません。

高階 日本では,研究,臨床,教育の順番で優先度が高いんですね。でも本来大学の医学部では,臨床と教育こそが,ほとんど同じくらい優先度が高く,医学の両輪となるべきものなんですよ。研究は,臨床を経験した人が,その臨床経験の中から問題意識を持ってやるべきものではないでしょうか。

 自分の研究の話ばかりを授業で話しつづける先生がいまだに少なくないのも,やはり研究だけが評価されるという日本の土壌があるからでしょう。

中山 アメリカでは当たり前のように教育者が評価されるということをお聞きしました。

高階 私がアメリカ心臓病学会やアメリカ心臓協会のフェローになったのも,日本における教育業績を評価してくれたからです。アメリカ人は,はっきりと研究よりも教育が大事だと思っていますよ。

 「American medicine is the teaching medicine」。これがアメリカのすばらしいところです。教えるのが好きで,情熱を持っている人がたくさんいます。私は自分の体力と気力が続く以上は,ずっと学生さんを教えるという気持ちを持ち続けたいと思っていますが,日本でももっと多くの人に,教育に関心を持ってほしいですね。

臨床教育は人で決まる!

中山 先生は今も,学生の教育に熱心に取り組まれています。先生の教育へのモチベーションは,どこから産まれてくるのですか?

高階 インターンの陸軍病院で出会ったジェームス先生や,アメリカでお会いしたジェームス先生の恩師であるバージ先生といった,すばらしい方々の影響は大きいですね。医師として,教育者として,熱心に取り組む彼らとの出会いが,私の教育へのモチベーションを支えているのだと思います。

 本当の教育というのは,ただ単に自分の専門的な知見を語る,ということではないんです。自分が理解したことを,相手にわかる言葉で語る。そして,学んだ人が次の人にそれを伝える。そこまでいってはじめて「教育」です。その毎日の繰り返し,蓄積が50数年,今日まで続いているのです。

中山 次の人に伝えて初めて教育,というのは感動しました。私たちも,今,先生から教わった内容をもとに大学で勉強会をやっています。皆でがんばって,先生のおっしゃる「一人前の医者」をめざしていきたいと思います。


高階經和氏
(社)臨床心臓病学教育研究会理事長。神戸医科大学(現・神戸大学医学部)卒業後,米国陸軍病院インターン研修を経て,チューレン大学医学部で臨床心臓病学を学ぶ。62年の帰国後,淀川キリスト教病院勤務,神戸大学医学部を経て85年より現職。心臓病患者シミュレータ「イチロー」を開発し,臨床心臓病学教育に新しい分野を開いた。2004年には念願の国際医療教育センター「アジア・ハート・ハウス」を大阪に設立。後進の指導に取り組んでいる。主著『心電図を学ぶ人のために』『心電図道場』(ともに医学書院),『もう一人の「イチロー」物語』(東洋出版)ほか多数。

聞き手=中山明子さん
岡山大学医学部6年。岡山出身。水泳部に所属。趣味は海外旅行。3年生時に米国で家庭医療と出会い,その守備範囲の広さと医師患者関係の深さに感銘を受ける。その後,患者教育,緩和医療などに興味を持ち学んでいる。2004年岡山大学を中心としたプライマリケアを学ぶためのサークル,OCSIA(オシア:岡山臨床スキルアップ研究会)〔http://www.ocsia.umin.jp/〕を設立。SPとの医療面接や身体診察勉強会などを通じ,患者に正面から向き合える家庭医を目指し努力している。現在は医学教育に興味を持っている。

●第3回医学書院スキルアップセミナー「心電図道場」のご案内

講師:高階經和先生((社)臨床心臓病学教育研究会理事長)
日時:(1)2005年9月11日(日),(2)2005年9月18日(日)両日とも10時~17時(予定)
 *同一の内容で2回,実施致します。ご都合のよい日程を選んでお申し込みください。
会場:日本青年館3階『国際ホール』(東京都新宿区)
受講料:8,000円(昼食代,消費税を含みます)
使用テキスト:『心電図道場』(高階經和著,医学書院,2,730円(税5%込))
 あらかじめお買い求めの上,会場にお持ちください(当日販売もいたします)。
申し込み:受講ご希望の方は,下記までご連絡の上,お申込みください。
 (株)医薬広告社「医学書院スキルアップセミナー」係
 Tel. 03-3814-1971/Fax. 03-3814-8915
 問い合わせ:(株)医学書院PR部
 Tel. 03-3817-5696