医学界新聞

 

名郷直樹の研修センター長日記

21R

私はうそつきですといううそつきはうそつきか?

名郷直樹   地域医療振興協会 地域医療研修センター長
横須賀市立うわまち病院
伊東市立伊東市民病院
東京北社会保険病院臨床研修センター長


前回2638号

□月△×日

 来年度の新しい研修医の採用試験が終了した。今年度の研修もまだ始まったばかりの今,もう次の募集が終了。いったいどうなってんだ。そのうえたいして応募もないんじゃないかと心配していたのだが,新しい医師臨床研修制度の追い風を受けてか,見学者の半分近くが実際に出願し,予想以上に多くの志願者が応募した。これまたどうなってんだ。40人もの面接を終えて,たくさんの応募にまずは感謝。その反面,誰を選んでよいのやら,そんな気持ちもあって,驚きと,喜びと,戸惑いと,ごちゃ混ぜの妙な気分で,受験者の順位付け,そんなとてつもない仕事をしなくてはならない。これはまともにやったらノイローゼになる。でもふざけてやるわけにもいかず,ノイローゼになるしかないなと覚悟を決める。

 面接ではみんないいこと言うんだな。この病院が第一志望です。将来はへき地の現場でがんばります。臓器に特化しない人間全体を診れる医師になりたいと思います。地域にとけこむことのできる医師になりたいんです。でもそう簡単に信じるわけにはいかない。自分自身の大学入試の面接試験を思い出す。学費免除が一番の魅力で,別にへき地医療なんて考えたこともないくせに,へき地医療をやりたくてこの大学を受験しましたなんて,面接の時に大きな声で答えていた時のこと。もちろんまったくのうそというわけでもない。面接の現場では,自分自身も本当にへき地に行く気になっていた。その気になってそう答えていた,多分。でもそれは一時のはやり病のようなもの。はやり病は数週間で無事に治癒,それが普通に起こることだ。しかしその後運よく合格し,へき地医科大学の1年生。そして実際入学してみてはっきりとわかったこと。寮の部屋に寝転がって,ああ俺のやりたいことは,これだった。へき地医療なんかじゃない,そうはっきりと自覚した。今ここでこうしてふるさとを遠く離れて,一人暮らしをすること,とりあえず今までとさよならすること。それ以外にしたいことなんて,何もなかった。ただ一人暮らしがしたかっただけなんだ。

 面接は型どおり。まずは自己紹介と志望の動機はなんですか。続いて,あなたは将来どんな医師になりたいのですか,もしへき地医療の現場に出たとしたらどんな仕事をしたいか,なるべく具体的に聞かせてください。あとは受験者の話したことをネタにいろいろ質問して終了。

 自分自身が気をつけたことはただひとつ。質問を簡潔にして,受験者がなるべく多くを話せるように,ひたすら促し,共感的な態度で臨むこと。診療所での外来のように。ただやってることは,患者の診断でなく,受験者の診断。しかし大部分はぜんぜん診断がつかない。開かれた質問の使い過ぎだろうか。もう少し閉じた質問で診断を絞るべきだったのだろうか。私自身の大学入試の面接試験の時のように,うそ八百の解釈モデルやドアノブコメントを引き出したに過ぎないのではないか。私自身の面接技法もまだまだ子供だましだ。

 自分自身について語ることは難しい。自分自身について語られたことを他人が評価するのはもっと難しい。私にはこんないいところがあります。こんなところがちょっと苦手です。こんないいところがあり,こんな苦手なことのある,この人をどう評価するのか。人にはいろいろな面があって,それだけでも難しい。そのうえ自分自身について語る時にはどうしてもうそが混じる。

 うそつきのクレタ人の話というのがある。ひょっとしたらクレタ人でなく,何か別の人だったかもしれないが,細かいことはいい。うそつきの日本人だって同じだ。あるクレタ人が言う。

 「クレタ人はうそつきです」

 うそつきのクレタ人である私が,うそつきというのだから,このうそつきというのはうそだ。そうするとクレタ人はうそつきでないということになる。そうすると今度はうそつきというのがうそになって・・・自分自身について語ろうとすると,みんなうそつきクレタ人状態だ。

 私はばかで利口で,真面目で不真面目で,へき地に行きたくて行きたくなくて,どっちかさっぱりわかりません。私はどうしたらいいのでしょう。面接でこんなふうに言われたらとっても面白い。そうはっきりと,はっきりしていないことを言ってくれれば,そんなあなたにへき地医療はぴったりです。そうはっきりと答えよう。そんな人は,多分利口で,真面目で,へき地へ行きたいのだ。間違いない。でもそういう私はクレタ人かもしれないが。

 問題は言葉ではないのだ。うそ八百を込みにしたすべてが問題なのだ。でも言葉で聞くしかない。言葉で答えるしかない。言葉をやり取りするしかない。そうだとすればやはり問題は言葉なのだ。そんな言葉ばかりにこだわるようなことをいうと,態度が重要だ。むしろ態度はうそつかない。言葉でなく態度で判断すればいいのだ,そんな反論があるかもしれない。でもそれだって同じだ。態度こそ,いいような悪いような,さっぱり判断がつかない。問題は態度ではない。でも態度で受け取るしかない。それは言葉と同じものだ。

 どっちにしても最後は順位付け,言葉とか態度とかでなくて,1から始まる数字で決めなくてはならない。みんな合格させて一緒に働きたい。本音はそうだ。でもそんなわけにはいかない・・・なんて言っていたら,ほとんどの受験者が第一志望なんて言っていたのがほんとはうそで,誰もマッチしなかったりして。ゲゲッ!


名郷直樹
1986年自治医大卒。88年愛知県作手村で僻地診療所医療に従事。92年母校に戻り疫学研究。
95年作手村に復帰し診療所長。僻地でのEBM実践で知られ著書多数。2003年より現職。

本連載はフィクションであり,実在する人物,団体,施設とは関係がありません。