医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


新医学教育学入門
教育者中心から学習者中心へ

大西 弘高 著

《評 者》岩田 健太郎(亀田総合病院・総合診療教育部感染症内科)

広い視野と戦略性,真の国際性を兼ね備えた医学教育のために

 「君は,前期48点,後期49点だった。平均50点ない者は不合格にしたんだ。でも,前期30点,後期60点だった者は,努力の跡が見られたから合格にした。まっ,もう1年やってくれ」

 こう言い捨てられ,本書の筆者である大西弘高氏は留年の憂き目にあう。挫折を,それも理不尽な挫折を味わった経験を持つ者なら,これが若い心にどのくらい深い傷跡を残すか容易に想像できるだろう。もちろん,当時は「理不尽な世界」は「大人の世界」であり,「おまえも早く大人になれよ」と諭されるのであるが,これが「まやかし」や「ごまかし」とほぼ同義語であることを知るのに,そう時間はかからない。

 医学生時代に受けた教育の半分以上は退屈なものだった。自分の研究データを誰にともなくつぶやき続ける講師,目標も希薄な実験をマニュアル通りにこなすだけの実習,1時間に100枚以上のスライドをペラペラめくって,「おまえら全然理解できていないな」と豪語する教授。教育者は偉く,学習者は見下げられた存在である。「それはおまえが理解していないせいだ」と言われれば,ぐうの音も出ず,こうして教育者の都合で,大西氏の言葉で表現するなら,「教育者中心」に医学教育はそのレベルの低さのexcuseを与え続けてきた。「ああはなりたくない」。教える立場に立った今,こう考える。私も「学習者中心」にと願う大西氏同様,反面教師の皮肉な恩恵を受けていた。

 一方,現場で教育に没頭する毎日の中で,「教育学」の教科書には縁が遠かった。何冊か,古典といわれるものは読んだし,「専門家」といわれる人たちの話も聞いた。が,どこか嘘臭かったし,自分とは関係のない世界の話,という感じがした。

 米国では,ACGME(accreditation council for graduate medical education)が定めるガイドラインが整備されている。が,形ばかりのシステム整備には,ときに胡散臭さがつきまとう。ビジネスに忙しく,名門大学所属というタイトルだけが大事なパートタイムの教官は,ご機嫌取りに毒にも薬にもならない評価表を埋めることがしばしばだったし,研修医もずるいもので,足りない手技をねつ造してなんとか研修修了したりしていた。形だけ取り繕ってもダメだ,アウトカムを伴わなければ,と強く思った。

 日本は日本で,「教育学の大家」と呼ばれる人が難解な専門用語を乱発するも肝心の彼自身の講義は退屈きわまりなく,その自家撞着に気が付く様子もなく,かなりがっかりしたものだ。どうも教育学とは,われわれとは関係のない偉い人がやっているものだ,という偏見が抜けなかった。

 そこで,本書である。「教育とはかくあるべし」とは言わない。「教育とは何か?」とタイトルがある。「評価はこうやる」ではなく,「評価とは?」である。そこには,基本的なコンセプトや専門用語の解説にとどまらず,「なぜ教えるのか」「なぜ評価するのか」という基本的な筆者の問いを感じる。実践面に大変気を配っており,「本来の評価の意味(94ページ)」を考え,プロダクトの確認,保証を考えている(第16章 評価とは?)。学習者は何を求めているのか?(第10章),診断能力の獲得(第25章)といった,教育者というより,一臨床家として極めて関心の深い命題についても,理念(principle)と実践(practice)をほどよく織り交ぜて解説している。カリキュラムなどの,形式整備だけにとらわれず,「アウトカム」を大事にしているのも,すばらしい。こうした中で,これまで現場の人間が取っつきにくかった「一般目標」「個別目標」「タキソノミー」「教育方略(strategy)」といった用語に慣れ親しむことができる(それにしてもまずい訳語だとは思うけれども。尤度比とか,方略とか,どうもこの分野の訳出者はセンスがない。likelihood,strategyといった言葉は日常会話でもよく用いられるが,「方略」なんて彼女の前で言ったら,ふられるのが落ちであろう)。

 教育者が漠然と行う教育は,ややもすると独善的になりやすい。自らの行動を明確に言語化し,相対化するためにも,本書は大変有用である。

 イリノイ大学医学教育部で研鑽を積まれた筆者であるが,そこで終わらなかったところもすばらしい。大西氏を特徴づけているのは,マレーシアの国際医学大学での経験だと思う。閉鎖的にコクスイ主義に走るのでもなく,米国一辺倒のゆがんだ「コクサイ主義」に陥るのでもなく,大西氏はこう述べる。「アジア各国が互いに協力し,切磋琢磨しながら医学教育について学んでいるのは,医学教育を政策として考えたときに,自分の国の中で実験するのが困難だからという理由が大きいように思えます。特に米国,英国という医学教育に関する二大勢力は互いにかなり異なり,これらのいい部分をうまく取り入れたいという気持ちはアジア各国の医学教育改革に共通していると感じます(158ページ)」。こういった観点から,医学教育における「国際的な連携」を訴えた例は希有である。

 医学教育そのものにも「方略」strategy,は必要であるが,医学教育組織改革にも戦略性strategyは欠かせない。広い視野と戦略性,真の国際性を兼ね備えた医学教育環境の充実のため,大西氏のますますのご活躍をお祈りするとともに,本書を強く推薦する次第である。

A5・頁176 定価2,310円(税5%込)医学書院


標準微生物学
第9版

山西 弘一 監修
平松 啓一,中込 治 編集

《評 者》谷口 孝喜(藤田保衛大教授・ウイルス/寄生虫学講座)

感染症の変遷に伴い大幅改訂
教科書にとどまらない内容

 感染症は社会・生活環境の変化に対応し,刻々と変遷している。エイズウイルス,鳥インフルエンザウイルス,SARSコロナウイルス,プリオン,MRSAなどを代表として,新興感染症の病因としての微生物が注目を浴びているのはその好例である。また,高齢者人口の拡大に加え,臓器移植,抗癌剤,免疫抑制剤の使用の増加など医療の高度化に伴う免疫能低下者(易感染者)の増大による院内感染,日和見感染が跋扈する。性行動の多様化,輸入食品の増加に伴う感染症の変貌がある。さらに,癌の10―15%はウイルス感染によるとも言われている。かくして,21世紀における医学の中で,感染症分野の重要度はきわめて高い。かつての「感染症の時代は終わった」との誤った見通しは,今や,皮肉にも「21世紀型感染症が始まる」に変化したと言っても過言ではない。

 こうした背景のもと,『標準微生物学』は1981年の初版以来,まさに感染症の変遷に遅れることなく,3年ごとに改版を重ねてきた。そして,今回の第9版はかなり大幅な改訂である。内容が最新になったのはもちろんのこと,各章の内容のバランスが是正され,表,図,写真が多用され,カラー刷りが大幅に増大した。特に,ウイルスは視覚に訴えることの重要性を感じる。培養細胞より出芽しているインフルエンザウイルスの走査型電顕像はなんとも説得力があり,感銘を受ける。何と言っても,第8章の「感染症の疫学」そして第9章の「感染症と病原微生物」は,上述した感染症の変遷そしてその背景を学ぶうえで,そして,各論の微生物の全体像を見渡し理解するうえで,このうえのない有益な力作である。

 略語一覧そして和文,英文別の索引は,心のこもった作業が結実し充実している。さらに,ワンポイントチェック問題集は,旧版の「学習のためのチェックポイント」と比べより具体的な質問形式で,複雑な微生物学を理解するうえで大いに役立つ。かつて気になった誤植もなく,完璧に校正されている。これだけきめの細かい懇切丁寧な編集がほどこされた教科書もなかなかないのではないだろうか。理念を持った編集と,それに答えた著者の熱情が感じとれる。

 『標準微生物学』はこれまでも,全体に,詳しすぎることなく,簡潔すぎることなく,程よい内容の濃さで記述されている。これ一冊で細菌,ウイルス,マイコプラズマ,クラミジア,リケッチア,真菌までカバーしており,次いで,標準シリーズの『標準感染症学』に移行すれば,感染症の基礎から臨床へ,無理なく学習を進めることができるであろう。本書は,医学生のための教科書として有用であることは言うまでもなく,医師,医学研究者にも十分に役立つ魅力ある書物である。

B5・頁696 定価7,350円(税5%込)医学書院


標準脳神経外科学
第10版

山浦 晶,田中 隆一,児玉 南海雄 編集

《評 者》端 和夫(太平洋脳神経外科コンサルティング)

最新の知見も盛り込まれた知的興味をかきたてる教科書

 もう25年以上も前,私が大阪市立大学で学生講義を担当していた時も,竹内一夫先生の『標準脳神経外科学』は学生に推薦する教科書であった。その理由は,本のサイズや「標準」というタイトルから想像されるのとは少し違って,内容と記述が本格的であったことによる。当時でも,今,巷に出回っている粗末で矮小な,国家試験に合格するためだけのエッセンス本があったが,この本にはそれらと次元の異なる格調があり,著者が脳神経外科の臨床に必要と思われる知識が,なんの衒いもなく正々堂々と,詳しく書かれていたからである。当時若造の私は竹内先生を知る由もなかったが,その後,いく度か先生のお話を聞く機会があった。その結果,今から思えばやはりこの本には竹内先生の学問に対する誠実でしかも厳密なお人柄が表れていたと思う。当時の学生たち,中でも優秀な学生はこの『標準脳神経外科学』で脳神経外科を勉強し,そのことが卒業後,脳神経外科を専攻することに影響した人も少なくないのではなかろうか。

 その『標準脳神経外科学』が,今度で10回目の改訂版として完成した。値段は昔と違うかもしれないが,本の厚さはあまり変わっていない。やはり丁度よいサイズである。

 内容はどうかと,幾つかのチャプターを読んでみた。すると,さすがに山浦晶,田中隆一,児玉南海雄という,公平な視点を持った勉強家として名高い3教授が編集責任者だけのことはあって,厚さは変わらないのに,それぞれについて高度で豊富な内容が盛り込まれ,しかも現在の脳神経外科が扱うすべての領域が網羅されている。

 どうしてこんなことができたのか,というのが最初の印象であった。活字が小さくなったわけでもなく,図が少なくなったわけでもない,図はむしろ多くなったように見える。つまり内容の取捨選択が思い切って行われたらしい。

 それにしても,盛り込まれている内容のレベルの高さと豊富さには驚かされる。厳選された,しかも詳細な記述は,おそらく何度も改訂が繰り返された長い歴史を持つ教科書のみで可能なのであろう。勿論,最新の事項も記載されている。例えば脳梗塞の部分では,まだ保険適用になっていないt―PA静脈内投与や頸動脈ステントなども書かれているし,未破裂脳動脈瘤のところでは,1998年の国際共同研究の結果に批判があることまで書かれている。トピックとしての囲み記事ではあるが,脳腫瘍では稀突起膠腫oligodendrogliomaの遺伝子異常のあり方によって化学療法の感受性が非常に異なることが書かれている。

 このような最先端情報の紹介は,実用性一点張りのエッセンス本には望むべくもない。しかし,それらは学生の脳神経外科に対する知的興味をかきたてることであろう。よい教科書というのは,必ずこのような性質を持っているものではなかろうか。

 また,脳神経外科の歴史上の楽しいエピソードなども息抜きとして配され,おまけに巻末には臨床実習の手引きという項があり,そこだけ読んでも実地の脳神経外科医としては通用するような気がする。さらに,国家試験の模擬問題や,医学教育モデル・コア・カリキュラムの抜粋までついていて,至れり尽くせりである。

 学生はもとより,すでに脳神経外科医になった人がもう一度読んで,改めて脳神経外科学を概観してみてはと思う教科書である。

B5・頁512 定価7,350円(税5%込)医学書院


リハビリテーションシークレット

Bryan J. O'Young,Mark A. Young,Steven A. Stiens 編著
道免 和久,藤谷 順子 監訳

《評 者》土肥 信之(広島県立保健福祉大教授・リハビリテーション医学)

明日からの臨床に役立つリハビリテーション医学のバイブル

 リハビリテーションに関する本も最近多くなったが,この『リハビリテーションシークレット』は実にユニークで中身の濃い本である。

 この本の最大の特色はQ&A方式となっていることである。リハビリテーションの臨床に関連する16の分野を97の項目に分け,項目ごとに多くのQ&Aが述べられており,合計で2573問に達している。

 例えば各臓器系のリハビリテーション分野の中に「呼吸リハビリテーション」という項目があり,その中に基礎臨床の基本から応用まで37のQ&Aが載せられている。面白いのはQuestionには,臨床現場でふと疑問に思うようなことや臨床上の“こつ”なども巧みに配置されており,明日からの臨床にすぐに役立つ内容にあふれていることである。この点はいわゆる系統的な本では修得しがたいであろう。

 この本はどこからでも読み始めることができる。すなわちちょっとした時間に適当なところを開きQ&Aに目を通すという数分間の時間で完結する知識が手に入るし,普段疑問に思っていることが解決するかもしれない。そういう手軽さがある反面,内容のレベルは高い。Questionの前にはA(研修医およびコメディカル向け),B(リハビリテーション専門医をめざす医師向け),C(専門医向け)とレベルに応じて印がついている。多くはAまたはBであり,ストレスなく専門を深めることができる。ただし小生にとってもBぐらいになるとかなり内容も高度であなどれない。その点ではリハビリテーションの専門医師が読んでも役に立つし,リハビリテーション現場で働いている,もしくはリハビリテーションに興味のある医師,医療コメディカルにも役に立つであろう。

 この本の原著は米国の著名な多くのリハビリテーション専門医と専門スタッフにより書かれたものである。序文で小生の恩師でもあるニューヨーク大学のリハビリテーション統括者のLee教授が,リハビリテーション医学―すなわち決してケアすることを止めない専門医学―の,真のバイブルであると述べておられる。それを兵庫医科大学の新進気鋭のリハビリテーション医学教授である道免先生らが中心になり日本語版として出版されたものである。よい本を出版されたと感謝したい。

 本書は大きさも手ごろであり,リハビリテーション医学の知識を磨き専門性を高めるために,そしていつでもどこでも学べる本としてぜひ推薦したい本である。

B5変・頁840 定価7,560円(税5%込)MEDSi