医学界新聞

 

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ヨーロッパ医学教育学会報告記

津田司(三重大学教授)
吉田一郎(久留米大学教授)
鈴木康之(岐阜大学教授)


 2004年のヨーロッパ医学教育学会(AMEE)は英国スコットランドの古都エジンバラで,9月開催された。この学会が世界的規模の国際医学教育学会と認識されていることもあって,今回の参加者は1800人に達し,3-4年前に比較すると,ほぼ倍増という急成長ぶりで,医学教育に対する国際的な関心の高まりがその背景にあるものと考えられた。また今までのAMEEに比較すると今回はプログラムの企画が特に優れており,それが空前の参加者増になったものと考えられた。

 AMEEに一度参加すると,ほとんどの者がリピーターになることは,何よりも,その内容の素晴らしさを証明するものであり,感激と興奮が待ち受けている。巨大なエジンバラ国際会議場が熱気で埋め尽くされた4日間であったが,その中からいくつかのトピックスを報告したい。

指導医養成の手法 OSTE

 AMEEだけでなく,オタワ会議においても毎回,プレカンファレンスワークショップが開催され,多くの参加者を集めている。今回はカリフォルニア大学アーバイン校のMorrison女史とニューヨークのMedical Education DevelopmentのKachur女史によるOSTEsのワークショップについて報告したい。

 OSTEsとはObjective Structured Teaching Examinationsの省略で,Tools for Teacher Development and Assessmentとも言い換えられる。指導医養成と指導医評価のための新しい方法であり,OSCEと多くの類似点を有している。OSCEに比較すると,より教育技法に焦点をあてるものとなっている。

 欧米の多くの医学部では1年に一度はOSTEsのワークショップを開催し,指導医養成や指導医の評価に役立てている。標準化された模擬医学生や模擬研修医を利用し,彼らが模擬患者に医療面接や診察を行ったあと,指導医がどのように指導するかをチェックするものである。

 今回のワークショップではステーションでのシナリオ作成,参加者による実演,評価,フィードバックのデモンストレーションが示され,よい医学生,出来の悪い医学生,よい指導者,悪い指導者についての見本が演じられた。

 OSTEsはOSCE同様に,多くの可能性と発展性を有しており,今後はわが国でも指導医養成の強力な手段となろう。OSTEsはOSCEと異なり,総括的評価に使用されることは少なく,ステーション数もOSCEのようには多くないのが,一般的とされている。1ステーションあたりの時間は4-5分から15分と幅があるが,15分の場合が多い。

 なお,今夏,東京大学医学部で開催される第37回日本医学教育学会の前日のプレカンファレンスワークショップで,米国ボストン大学医学部のラマーニ医師によるわが国で最初のOSTEsワークショップを開催する(申し込み方法はURL=http://jsme37th.umin.jp/まで。有料で先着順)。

McMaster大学のPBLテュートリアル 33年間の歩み

 McMaster大学医学教育センターのGeoff Normanは,「Beyond PBL : Lessons We Have Learned」と題して1時間の講演を行い,McMaster大学のPBL-テュートリアル33年間の歩みを紹介し,今後の方向性について言及した。

 PBLテュートリアルは1969年から開始し,最初の11年間(1969-1980年)は生物医学を学習することを主眼とし,学習資源を限定し,自己評価用クイズを利用して行った。この間の国家試験不合格率は10%で,カナダ全国平均の2倍であった。

 1981-1990年の10年間は,頻度,治療可能性,重傷度を優先した健康問題を扱い,複雑で長いシナリオで多次元の問題を取り上げた。学生は学習目標を持ち,学習資源を探し,学習の仕方を学んだ。またMEDLINEを利用し,根拠に基づいた医療も学習した。この間の国家試験不合格率は15-20%で,全国平均の3-4倍であった。

 1991-2002年の12年間は,課題症例の問題を基に概念を深く学習することにし,そのために客観的評価を行い,知識量に関するフィードバックがかかるようにした。また,専門家のテューターを多く用い,的を絞った短いシナリオを用いた。この間の不合格率は0.5%で,全国平均であった。

 以上から,結論として次の3項目を挙げることができる。(1)PBL-テュートリアル単独では必ずしも十分な量の医学知識(concepts)を獲得できることにはならない。(2)臓器別のPBLを多臓器について実施するのみでは不十分であり,必要な医学知識を学習できるように注意深くPBL-テュートリアルのカリキュラムを組み立てるべきである。(3)単純なシナリオの後には多数の問題を持ったケースに遭遇するようにすべきである。

 33年間の経験を踏まえて,今後のPBLはConcept-based Curriculumと呼び,以下のようにした。

1)学習すべき概念
 従来は場当たり的に学習する傾向が強かったが,今後は学習すべき概念に順序性を持って学習する仕組みを作る。また,従来は診断しマネジメントするための概念を学習していたが,今後は病態生理も含めた疾患概念全体の学習を重要視する。

2)ユニット構成
 従来は臓器毎に構成していたが,今後は多臓器を混合したユニット構成にする。ユニットの順序は随意にしていたが,今後は固定した順に。課題症例も任意に決めていたが,今後は医学の発展とともに順番を決める。臨床的な優先事項をもとに課題症例を選択していたが,今後は学習すべき概念に基づいた課題症例を選択する。

3)課題症例シナリオ
 標準的フォーマットで記載していたが,今後は多種類のフォーマットで記載。ペーパー提示を,今後は電子媒体や模擬患者を用いて提示。また,診断とマネジメントに力点を置いていたが,今後は概念を中心に学習する。

 Concept-based Curriculumの利点としては,(1)学習した新しい概念をそれまで獲得している知識体系に組み込むことができること,(2)全人的医療を提供できること(多様な問題を系統立てて考えさせることができる。倫理学,疫学など非生物学的側面の概念も組み込むことができる),が考えられる。

360°Assessment

 伝統的に評価といえば教員がするものという観念が支配的であったが,最近では模擬患者がOSCE評価の一部を担うようになり,学生による授業評価が導入されたり,研究分野ではpeer reviewが当然になっている。これを学生(研修医)評価にも取り入れようという試みが360°Assessment(Multi-source feedback)であり,主として研修医評価に試みられ始めている。たとえば研修医Aに対して指導医A,B,C,看護師D,E,F,同僚研修医G,H,I,患者J,K,L,その他の医療スタッフM,N,Oなどのように研修医Aを360度取り囲むように多くの人が評価を行う。今回のAMEEでは5題の一般演題が発表された(英国3題,オランダ,カナダ各1題)。

 評価項目があまり詳細にわたると実施が困難になるので,A4サイズ1枚程度で,内容も個々の知識や技能よりも,医師としての全人的な評価を中心に据えているものが多かった。例えばMaintaining trust/professional relationship with patients,Verbal communication skills,Team working/Working with colleagues,Accessibilityの4項目があり,評価は3段階No concern,You have some concern,You have a major concernのいずれかにチェックを入れ,コメントがあれば記入するという簡単なものである。評価シートにはサインをするが,封をして中央で集計するので,評価される側には誰が評価したかは知らされない。集計結果をもとに特定の指導医がfeedbackを行う。多くの人に評価されるので,極端な偏りが出る心配がなく(例えば特定の研修医と指導医の関係が悪いために評価が下がるなど),かなり妥当な評価が下される。

 このような評価は学習者の態度に対する意識を高める意味で有効と思われるが,主として外的な動機づけによるものであるので,これに連動したprofessionalismの教育によって内的動機づけも促す必要がある。また評価を単なるformative assessmentに利用するのか,何らかの認定・総括評価に利用するのか,議論する必要がある。学生・研修医に押し付けるだけでなく,指導医が率先して360°評価を受けるべきだという発表もあった。どのような教育や評価についても言えることだが,耳に痛い言葉である。

AMEE 2005はオランダで開催

 AMEE2005は8月31日-9月2日,オランダのアムステルダムで開催され,この会期の前後にpre-and post-conference workshopも開催される(URL=http://www.amee.org/)。世界の医学教育の動向や教育理論を学ぶ絶好の機会であり,アジアの国々からも多数の参加者がある。わが国からの参加者が増えることを期待している。


(註)この講演はMcMaster大学医学教育の特殊性を考慮したうえで解釈する必要がある。それは,(1)PBL-Tutorial以外にはまったく講義が行われないため,学生の自己学習時間によって知識量が大きく左右されること,(2)医学教育は3年間で修了し,臨床実習はそのうちの1年間しか行われないので,世界の他の大学のように2年間の臨床実習で知識を増やすことが制限されていること,(3)倫理や疫学,行動科学などは,他大学ではすでにclinical skills courseやpatient-doctor relationshipなどのなかで症例を基にして学習していること,である。