医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


ケースで学ぶ
子どものための精神看護

市川 宏伸 編
鈴木 俊介,高峯 アヤ子,櫻田 信敏,森 哲美 編集協力

《評 者》一瀬 邦弘(都立豊島病院院長)

子どもの精神看護の流れの中で

 東京の世田谷区の住宅地にある都立梅ヶ丘病院は珍しい病院である。

 広い中庭のずっと向こうに大きな桜と欅の木が,正面対になって並んでいて学校のようである。“学校のよう”であるのではなく,実は学校でもある。敷地内に分教室という都立学校の小,中学校のクラスがあって,院内学級と呼ばれている。病院に入院しながら,学校生活を過ごすことにもなる。

 珍しいのは,子どもの精神科専門病院である点である。精神科専門病院は日本では大人用は32-33万床といわれていて世界でも多いほうだが,子ども用は全部あわせても900床に足りず,米国の7分の1とその数は極端に少ない。そうした状況の中で,梅ヶ丘病院は国内ではもちろん最大の病床数で,スタッフも揃っている。

 入院する子どもたちのありようは,社会の歪みを映しだす鏡であると市川院長はいう。戦後の混乱期には“浮浪児”と呼ばれる住むところのない子どもがいて,その中から精神遅滞の子たちが入院の対象となっていた。第1次ベビーブームの子が親となった昭和40年代後半では,自閉症病棟は入院待ちの子どもで溢れた。その後“不登校”が社会的問題となり,家庭内暴力など思春期の問題が話題となった。“不登校”の子どもの多くは,時を経てやがて学歴社会の呪縛から解き放たれると元気に社会に復帰していった。

 ここ数年はいわゆる“軽度の心理的発達障害”が社会問題となっている。少子化の現象の中で,家でも保育園でも学校でも子どもに対する周囲の者たち,つまり祖父母に親たち,保母さんたち,先生たちの注目はますます集中している。かつて中国でも一人っ子政策下で,小児の発達異常の検出力は異常に高まっていた。いま親たちのアイデンティティの不確かさを反映しているのか,こうした問題が増えているようである。そして親たちの過大な期待に応えようとする努力が挫折した時,多くの問題が一挙に噴出する。

 こうしたわけで都立梅ヶ丘病院への期待はますます高まっている。ここから巣立った人材,つまり小児精神科医や小児精神科看護師,児童心理学士への期待も増している。梅ヶ丘病院での看護の症例経験と実践が上梓されなければならない理由でもある。

 本書でもっとも力を注いでいるのが,“ケースで学ぶ子どもによくみられる精神症状”の章である。量的にも全体の56%を占めている。どの精神症状もやさしい症例の紹介,場面の説明,看護の視点,看護のポイントの順に説かれている。

 こうした具体的な精神症状の対応を,空気のような治療的雰囲気をかもしながら“流れの中で”説明してある点が,本書を推奨する最大の理由である。

 心理療法の泰斗である河合隼雄氏が,“赤い自転車を買ってもらったことを転機にして学校に行きだした事例を読んで,うちの子にも赤い自転車を買ってやったのにちっとも学校に行かないと苦情を言われた”と述べていた。本書では“赤い自転車”が,どのような子に,どのようないきさつで,誰によって,どのような口調で,どのように,いくらで買ってもらったかが,くどいようにその“流れの中で”書いてある。

 ここまで,懇切丁寧に一般の状況と,個別の特殊性が説明されているので,“赤いのではなく,青い自転車”でもよいのか悪いのかは自ずと明らかになる。精神科看護の実践についての本では,読者である看護師が,自分の病院の,自分の受け持ちの患者さんに,この本の中身の台詞を応用してもよいかどうか,こうした点がもっとも重要なのである。

 子どもの精神科から離れて,大人の精神科ばかりやってきた評者は,ちょうど長屋の熊さんと同様の門外漢であるが,こうした本書を読んで,昨夜入院してきたあの娘さんはひょっとして元々の発達障害であったのではないかなどと,考えさせられるきっかけとなる本である。一読を推奨したい。

A5・頁320 定価3,360円(税5%込)医学書院


癒し癒されるスピリチュアルケア
医療・福祉・教育に活かす仏教の心

大下 大圓 著

《評 者》種村 健二朗(栃木県立がんセンター緩和医療部長)

ケアの質を深める 仏教的アプローチ

 終末期の患者さんの苦しみは身体的なものだけではない。彼らを心の苦しみから解放するにはどうしたらよいのかと考えあぐねていた20年近い前,ある若い僧侶に出会った。当時すでに医療の現場に宗教家として入り込んでおり,独自にスピリチュアルケアを始めていた彼こそが本書の著者,大下大圓氏である。飛騨高山の名刹千光寺の住職を務めると同時に,現在ではわが国のスピリチュアルケア研究者の代表的なひとりである。欧米では宗教家が医療に参加するのは珍しくないが,日本で仏教の僧侶が医療の現場で活動するのは容易ではない。しかし彼は,苦労を苦労と感じさせないように爽やかに活動してきた。そして,その実践の中から生み出されたのが,このスピリチュアルケアの入門書である。

 人間の終末期の「苦しみ」は,1960年代に心の苦しみと肉体の苦しみとを全体的に統合する全人的苦痛(Total Pain)と捉えられるようになり,その人のそれまでの生き方が「死ぬ」という身体的苦痛という現実に出会って繰り広げられる葛藤であると考えられるようになった。ここでいうその人の生き方とは,生まれ育った社会と文化の中で育まれる心の在り様である。また,死にゆく過程で顕われる苦しみは,本人が所属する文化に根付いた価値観や宗教観によって引き起こされ,同時に同じ文化のなかで癒されてゆくことが多い。ここで注目すべきは,キリスト教の文化は人間を身体と心と魂(body, mind and spirit)の三角形(△)として捉えるが,仏教は心身一如として丸く(○)捉えているということである。そのような仏教文化の中で育った著者は,対象者それぞれの価値観や宗教観を大事にしながらも,仏教を背景としたスピリチュアルケアの実践経験を積み重ね,本書でそれを具体的に示し伝えてくれている。

 スピリチュアルケアの実践をしていて,いわゆるキリスト教的アプローチだけでは対応しにくいという経験をしている看護師は少なくないに違いない。日本文化からのアプローチがまだ模索段階にある今,本書は,仏教的アプローチという1つの実践を見せてくれる。ケアの質を深め,対応に幅を持たせるという意味でも,役立ててほしい書である。

A5・頁288 定価2,520円(税5%込)医学書院