医学界新聞

 

レジデントサバイバル 愛される研修医になるために〔最終回〕

CHAPTER 14
番外編(その2)

本田宜久(麻生飯塚病院呼吸器内科)


【前回からのつづき】

 昨年の1月から始まった連載も大詰め,筆者の事例の蓄積も終わりに近づいている。これまでの連載で紹介していないが重要だろうと思うことを列記した。

EBMとコミュニケーション

 連載のおかげで,時々コミュニケーションについての相談を受ける。その場面を紹介したい。

研修医A「便秘と思うけど,あと一歩不安が拭い去れない時,夜中に,指導医にどうやって相談すればいいのですか?」

本田「どうして夜中になってしまったの?」

研修医A「採血結果を待っていたら,11時半になってしまったんです」

本田「それは,問題の定式化ができているかどうかだと思うよ。EBMのSTEP1だよ。便秘と思うが,別の疾患があるかもしれない患者(Patient)の,ある検査結果がこうだった場合(Exposure)と,そうではなかった場合(Compare)では,Aさんの行動はどう変わるか(Outcome)を想定できていれば,検査をしようかなと思った10時ごろには相談できているはず。逆に定式化できずに採血しても,悩みが増えるだけ」

研修医A「なるほど!」

コメント

 「何のために検査をするのか」を常に意識するということは,初期研修において教育されるべき項目であるが,コミュニケーションの問題としても,非常に大切である。以前の連載(CHAPTER4)でコンサルテーションの目的を明確にする大切さを述べたが,その方法論として,「EBMのSTEP1:問題の定式化」を意識すると一石二鳥である。EBMの達人たちによると,「日常生活の疑問はすべてSTEP1(PECO)で表現できる」そうだ。

 研修医が悩むのは,夜中になる前から徐々に問題が発覚していて,「まあ大丈夫だろう」と途中まで思っていた場合に多いようだ。「あれっ?」と思い出した時間に,問題を定式化し,結果を場合分けで想定できれば,コンサルトはスムーズである。

 「『できる人』の話し方」(PHP出版)第1章にはOBT(Outcome Based Thinking)が紹介されている。医師は社会常識から外れているといわれて久しい。しかし,EBMが浸透しつつある昨今の医療環境からすれば,OBTに関しては社会人と同等もしくはそれ以上に体得することは十分可能だろうし,命を預かる仕事人として,一般水準を優に超えていたいものだ。

推奨文献
名郷直樹:EBM実践ワークブック,南江堂,1999.

その他の事例

 急変が心配で病棟から離れられない。「問題の想定または定式化ができないために,自分の行動をあらかじめ設定できない」ことから生じる。結果,院内から出られず,帰れず,眠れず,休めず,ストレスを解消できず,気分が鬱々としてくる悪循環が始まる。

仕事能力と心のゆとり

 午後からしようと思っていた処置が,急患が入って,夕方になってしまった。看護師からは「なんで,こんな時間から,こんなことするんですか!」と言われ,反射的にこちらも怒り心頭。病棟で患者家族にまる聞こえの言い争いが始まってしまった。

研修医「なんで,手伝ってくれないんですか!」

看護師「こんな時間にいきなり来ても,誰も手伝えませんよ!」

研修医「そもそも,この病棟はおかしいんですよ!」

看護師「そんなこと,いきなり言われても困ります!」

コメント

 この争いからは,いくつかの反省点がある。
1)そもそも病棟で大喧嘩してはいけない。
2)急患が入って処置が遅れてしまうことを,事前に伝えることはできなかったか?
3)午後から処置と思っていたが,本当に午前中にはできなかったのか?
4)過去のことにさかのぼって不満をあげだすと収拾がつかない。
5)negative feedbackをする前に,日常的に病棟へのpositive feedbackができていたか? 看護師との関係作りができていたか?

 いずれも大切だが,ここでは3)をとりあげたい。あとでやろうと思っていたことが,急な仕事でできなかったり,遅れたりすることは,医療現場では日常茶飯事である。仕事が遅れれば,イライラが募り,不満がたまり,他人を責めたい気持ちが湧いてくる。だからこそ,空いている時間を期待して仕事を先延ばしにする習慣を断ち切りたい。無駄な時間は仕事そのものの中に隠されているのではないか? 少しでも仕事が効率化すれば,対人関係を調和させてくれるだろう。

 その秘訣は仕事が得意な人に連載をお願いしたいところだが,筆者が痛感するところのみを述べる。調べてみると,仕事を早く終わらせるために「優先順位をつける」と書いてある本と,「優先順位をつけない」と書いてある本がある。一見矛盾しているが,実は以下のような法則がある。「仕事を早めるために順位をつけていればOK。しかし,優先順位をつけたようで,実はやりたくない仕事を後回しにしているだけではないか?」この真相は自分以外に誰にもわからない。CHAPTER9で自己の感情の発見の大切さを述べたが,仕事を早めるためにも,自己の本心を客観視することは大事なようだ。

 上記は筆者も痛感する課題である。原稿を書きながら,退院サマリーや診断書等の病院の仕事の締め切りが差し迫る中,病棟急変でさらに時間がなくなり,予定していた空き時間がなくなることで,苛立ちを制御できない自分をしばしば自覚した。「なんでコミュニケーションの連載をしながら,自分は苛立っているんだ・ 本末転倒ではないか!」と……。

推奨文献
ケリー・グリーソン:なぜか「仕事がうまくいく人」の習慣,PHP出版,2001年.

CAUTION

レジデントサバイバルという本論からは少しずれるが,なぜ,研修医が病棟への不満を確信的に言ったのかについて言及したい。それは,指導医が溜め込んでいた病棟への不満をこの研修医に漏らしたからである。指導医は自分のためにも研修医のためにも,他部署への不満や批判を研修医へ安易に語ってはならない。立場上,研修医は指導医の愚痴を相槌を打って聴いてくれることが多いが,本来,研修医に愚痴を聞く責務はなく,その愚痴は建設的な結果にもならない。「指導医の○○先生も,この病棟はおかしいって言ってましたよ・」ともめたところで,研修医はローテーションが終われば去っていく。指導医はその言葉の責任を取らざるを得ない。身から出た錆びとはいえ,「研修医よ,こんなところで俺の名前を出すな。とほほ」と後悔したのが筆者であることは言うまでもない。

スタッフを呼ぶ決意を 崩さない

 ある金曜日の病棟。うっ血性心不全で入院中の患者のレントゲン写真で,右肺野に異常陰影が出現した。呼吸器内科受診を依頼したつもりだったが伝わらず。受診できないままに,19時を迎えてしまった。するとたまたま,疲れ果てながら業務をこなしていた呼吸器内科医に遭遇した。研修医は,遅い時間に不安そうに尋ねた。

研修医「あの,先生,今よろしいですか?今日受診を予定していた患者さんがいるんですけど,なぜか指示が伝わらなくて。ちょっと診ていただきたいんです」

呼吸器内科医「この時間にか? そりゃないだろ。しかも,俺は今からこれもあれもやらなきゃいけないのに」

研修医「すみません。じゃ,また月曜日にでも」

呼吸器内科医「こら。ちょっとブツブツ言われたからって,簡単に引くな。患者のためだろ! 礼儀正しくても,患者のためにならなきゃ,意味がないぞ」

コメント

 CHAPTER3のCAUTIONで触れたことだが,大切なので改めて強調したい。スタッフの判断が必要だと思った時には,必ずスタッフを診療に参加させることが,研修医の大切な仕事である。「指導医に怒られるのではないか」という不安は,怒りに弱い自分を作り出し,スムーズなコミュニケーションを妨げる。少々ブツブツ言われても,めげてはいけない。

 臆病な自分を排除し,なぜ今,指導医を呼ばなければならないのかを明確化し,成功のイメージを持とう。観察したところによると,スタッフの協力を得られやすい研修医はたいてい,協力を得られるイメージが心中にできているようだ。

 明確化するための手段は,これまでの連載で述べてきたとおりだが,明確化できない時には,度胸があれば十分である。「どうしていいかわかりません」と,はっきりと言えばよい。自分の患者管理能力が破綻しているわけだから,全身で謝りつつコンサルトし,指導医の持つ管理能力を少しずつ体得していくしかない。

 それに,指導医を呼ぶことなど,落ち着いて考えればたいした度胸はいらない簡単なことである。

 研修医のいないところで,指導医が「ごめん,遅くなる」と家庭にこっそり連絡を入れていることを想像してあげてもよいかもしれない。これも相手の大変さを気遣う能力のひとつである。

スタッフを呼ぶ決意を崩さない
スタッフの判断が必要だと思った時には必ず診療に参加させる。すべては患者のため。指導医に怒られることを恐れてはいけない。

おわりに

 これまで連載を読んでいただき,本当にありがとうございました。本連載の原点は,「なぜ,話した内容は同じでも,受け手が不機嫌だったり,上機嫌だったりするのだろうか?」という思いを,研修医時代に,本当にたくさん,悲しくなるほど経験したことです。相手の気持ちを変えることはできないので,「自分で工夫できることは何か?」と考えた,自分なりの考察結果です。みなさまのご感想,ご意見をお待ちしております。

 初期研修は短期間のローテーションが中心。無駄なコミュニケーションの失敗を避ければ,教えてもらう内容も充実するし,なにより,楽しく研修できると思います。

 たとえ対人関係で失敗したとしても,研修医なら大丈夫。そこから学びを得て,その教訓を多くの方(もちろん私にも)教えてくれるよう期待しています。みなさんが,すばらしい研修をされることを,お祈り申し上げます。

 最後に,これまで私を育んでくださった本当に多くの方々と,仏神に心より感謝申し上げるとともに,今後の一層の精進をお誓いして,筆をおかせていただきます。


本田宜久
1973年生まれ。長崎大卒。麻生飯塚病院での研修医時代より院内でのコミュニケーションに興味を持ち,以来事例を集めている。
yhondah2@aih-net.com